No.059 無限の恩恵:太陽のエネルギーシステム

今回は最も身近な天体「太陽」に注目していきます。太陽は誰もが毎日目にしている最も身近な天体で、人類が誕生するよりも前から地球に無限の光と熱エネルギーを与え続けてきました。地球に生物が存在できるのも太陽の光があることが大前提と言えます。地球は「奇跡の惑星」とも呼ばれていますが、太陽も実はただの「燃えている星」ではなく非常に精密に調整された奇跡の星と言えます。今回は一歩進んだ太陽の仕組みついて解説していきます。

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・太陽の基本スペック(Speculation, *1, *2, *3)
表面温度:約5800度K (ケルビン)(=約5500℃)
半径:約70万 km (キロメートル)(地球の約109倍)
体積:約141京(1.41x10^18) km^3 (立方キロメートル)(地球の約130万倍)
質量:約1.99x10^30 kg (キログラム)(地球の約33万倍)
平均密度:約1.4 g/cm^2(地球の0.26倍)
光度:約3.86x10^26 W (ワット)
こちらが大まかな太陽の基本情報です。ご存知の方も多いと思います。

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・太陽の断面図
一般的にはあまり知られていませんが、太陽の内側も地球の内部と同様にいくつかの層に分かれています。Figure 3に描かれているように中心には太陽核(Core)があり、その外側には放射層(Radiative zone)、その外側には対流層(Convective zone)、そして表面の我々が見える部分が光球(Photosphere)と呼ばれています。


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太陽核(Core)は中心部から太陽の半径の20%程までの領域を占め、その外側の放射層(Radiative zone)は中心から半径の20%〜70%ほどの領域を構成し、その外側にある対流層(Convective zone)は中心から半径の70%〜100%までの領域を構成します。太陽の表面を構成する光球(Photosphere)は厚さは太陽半径の0.1%もありませんが、それでも300〜600kmの厚さを持つ構造です。



・太陽の内部の温度
太陽表面の温度は約6000度というのはよく知られていますが、内部の温度はどのくらいになるでしょうか。太陽の中心から表面までの温度のグラフがFigure 4に示されていますが、太陽中心部の温度は1500万度以上で表面の1000倍以上高温になります (*4)。そしてグラフを見るとわかるように、10000度以下なのは太陽の表面のみで内部はほとんどが10万度以上の高温になっています。

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・太陽内部の状態=第4の状態「プラズマ」
私たちが住む地球の環境は通常1気圧 [1 atm]、室温20度程度 [約300 K]というのが自然な状態です。地球上の一般的な物質の状態は「固体 (Solid)」、「液体 (Liquid)」、「気体 (Gaseous body)」の3つの状態のいずれかに当てはまります。これに対して太陽の内部は温度10000度以上、気圧も10000 atm以上の環境です。このような高温状態では原子の運動が激しすぎて原子核と電子がバラバラになってしまいます (Figure 5)

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このような状態は固体/液体/気体のどれにも当てはまらない第4の状態「プラズマ (Plasma)」と呼ばれます。非常に高温の状態や一定の条件下では物質はプラズマ状態となり光を放ちます。身の回りでは炎の内部や蛍光灯でその現象が見られ、自然現象ではオーロラがプラズマ発光現象として知られています。


・太陽はどのようにしてエネルギーを生み出しているのか?
太陽は核融合によってエネルギーを産生しているということはよく知られていると思いますが、その主な反応は陽子ー陽子連鎖反応(Proton-proton chain reaction, *5)と呼ばれています。実際にはFigure 6Aに示すように陽子(1H: 水素原子核:proton)と陽子が核融合を起こして重水素(2H: 1個の陽子と1個の中性子が結合した水素、Deuterium)が生成されます。このとき同時に1.442 MeV(メガ電子ボルト)のエネルギー(光子:photon)とニュートリノが放出されます。

さらに重水素(2H)は陽子と核融合してヘリウム-3(3He:通常のヘリウム4より中性子が一つ少ない)を生成し、5.494 MeVのエネルギーが放出されます(Figure 6A中段)。そしてヘリウム-3が2つ反応するとヘリウム原子核(4He)と2個の陽子(1H)が生成され、同時に12.86 MeVのエネルギーが放出されます。


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このようにして4つの陽子から1つのヘリウム原子核が生成される核融合反応によってエネルギーが生み出されていきます。この反応が我々人類が太陽から得ているエネルギーの中心部分です。他にもエネルギーを産生する反応が多く存在しますが、ここでは主となる反応以外は省略しています。

・太陽は大爆発しないのか?
太陽が「核反応」でエネルギーを産生していると聞くと、「反応が一気に加速して大爆発を起こさないのか?」と考える人もいるかもしれません。そこで太陽の核反応のサイクルについて説明します。

Figure 6Bが太陽の核反応のサイクルです。図の上部のように「核融合が起こりエネルギーが産生される」とします。すると次のステップとして「温度の上昇/圧力の上昇」が起こります。それによって「太陽内部の体積膨張(Volume Expansion, Figure 6B bottom)」が起こります。そうすると膨張によって「温度の低下/圧力の低下」が起こります。すると「温度の低下」によって「核反応が抑えられる」という「負の調節(Negative Feedback)」が働きます。

このサイクルをまとめると「核反応が進むと膨張によって温度が下がり核反応が抑えられる」、「核反応が抑えられると膨張が少なく温度低下が抑えられ、核反応が進みやすくなる」という具合に「核反応が進みすぎると抑制も大きくなり、核反応が少ないと抑制が少なくなる(反応が進む)」という絶妙な調節機構が働いています。ですので“太陽は核反応制御システムによって安全に維持されている(安全機構1)”と言うことができます。


・太陽は燃え尽きてしまわないのか?
太陽が放出するエネルギー(382x10^24 J/s)は1秒間にガソリン 5000兆リットル以上に相当します。「それほどのエネルギーを毎秒放出していなら太陽のエネルギーが枯渇してしまうのでは?」と心配になる人もいるかもしれません。それについても解説していきます。

太陽の核反応率(Nuclear reaction rate)は実はそれほど高くない、と言えます。Figure 7Aに重水素(2H: Deuterium)や3重水素(3H: Tritium)の反応率と温度の関係のグラフを示しています。このグラフでは横軸(上辺)に温度が示されていますが、太陽中心部の温度は1500万K以上の高温といえどもこのグラフでは左端の低い部分に該当します。


グラフでは太陽の核融合で出てくる重水素や3重水素などの反応率が示されていますが、縦軸の「反応断面積 (cross-section)」を見ると“10^-32 (10のマイナス32乗)”を下回り、反応率は非常に低いということが分かります。実際は陽子(H: 水素原子核)が反応する割合は太陽中心部でも“毎秒10^18個に1個”ほどの割合になります。

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太陽の中心部は1570万度K、圧力は2400億気圧という高温・高圧の環境なのになぜそれほど核反応率が低いのか、という点を説明します。Figure 7Bが陽子(水素原子核)が近づいた時の様子です。太陽内部の原子は“プラズマ状態 (*6)”であるため電子と原子核はバラバラで原子核もむき出しの状態で存在しています。そうすると陽子はプラスの電荷を持っているため、ある程度の距離に近づくと「電磁気力によって反発する力」が働くためぶつかることができません。“物質に作用する基本的な力”について詳しく知りたい方は過去の記事(*7)を参照してください。

以上のような核反応率から計算すると太陽の寿命はおよそ100億年と推定されています。誕生から約46億年とされていますが、枯渇する心配は全くなさそうです。このようにしてみると、「太陽は核融合の点から見ると反応率の低い温度帯で活動している」「太陽は低い反応率で高効率にエネルギーを産生している」「太陽は安全・省エネルギーの核融合炉」と言うこともできそうです。


・太陽核のエネルギーは強すぎて地球に害はないのか?
核融合反応の中心である太陽核(Solar core)では常に膨大なエネルギーが産生され続けています。ここで産生されるエネルギーはFigure 6Aにあるように1〜10MeV(10,000,000電子ボルト)の高エネルギーです。太陽光の中でエネルギーの強い紫外線(UV)のエネルギーが1〜10 eVほどなので中心部の光のエネルギーは100万倍以上強いことが分かります。もしこの強さの光が地球上に降り注いだら数日のうちに生命が絶滅するほどの強さです。この問題はどうなっているのでしょうか。

まず“プラズマ状態”ではFigure 5左のようにエネルギー(光:photon)は原子核や電子と干渉するためまっすぐに飛ぶことができません。中心部で発せられた光子(photon)が太陽半径の70万kmを横切って太陽の外側に出ようとする時、単純に直進した場合は約2秒で表面に到達することができます。しかし、実際はさまざまな粒子とぶつかり合ってランダムに方向が変わるのでFigure 8左のように表面にいつ到達できるかわかりません。

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ランダムに跳ね返るのでいつまで経っても表面に到達できない光子も存在すると考えられます。これをシミュレーションして、太陽中心部で発生した光子が太陽表面に到達するのに必要な時間を計算したものがFigure 8右のグラフになります (*8)。グラフの左端(太陽中心)からグラフ右端(太陽の外縁)に至るまでの時間が縦軸に示されています。これによると中心部の光が表面に到達するまでの時間は約20万年(!)かかると計算されています。これによって「太陽中心部の非常に強いエネルギーが直接表面に到達することはまずない」と言えます。


そして、もう一つの壁は太陽表面の「光球 (Photosphere)」という層が障壁になります。この層は先述のように温度は約6000Kと内部に比べると非常に低い温度に抑えられています (Figure 8左)。そして太陽の半径からすると0.1%にも満たないですが、厚さ300〜600kmもあり内部から来た高エネルギーの光子を遮るには十分な厚さです。このような機構によって「中心部の強力なエネルギーが外部に放出することを防ぎ」「地球に生命が存在できる適度な温度と光を提供する」ことが可能となっています。


・太陽の特徴まとめ
 ・表面は約6000度Kだが、中心部は1500万度K以上
 ・直径は地球の約100倍、質量は約33万倍
 ・主な反応は陽子ー陽子連鎖による核融合
 ・1つの核融合から1M(10^6)eV以上の高効率エネルギー生成
 ・核融合は「負の調節」によって安定(安全機構1)
 ・核融合的には「低温稼働」で安定(安全機構2)
 ・核反応率は非常に低い確率(省エネルギー機構)
 ・プラズマ状態で高エネルギーが直接外部に出て行かない(安全機構3)
 ・表面のPhotosphere層によってさらに強放射線を遮断(安全機構4)
 ・太陽の寿命は約100億年(超持続型燃料炉)

改めて太陽がエネルギーを生み出している仕組みを知ると、ただ燃えているだけでなく「核融合による高効率なエネルギー生成機構」「大爆発を起こさない安全機構」「100億年持続可能な省エネルギー機構」「地球の生命に安全な出力調節機構」が極めて緻密にバランスを保っていることが分かりました。



・人類の文明や文化における太陽の影響
これまでさまざまな文明が発見されてきましたがどの文明においても太陽が壁画や遺跡に描かれています。自然が中心であった古代文明において太陽の影響は今以上に大きかったと言えます。人工物が少なかった当時は目印となるものとして太陽の方角や太陽の高度などが場所や暦を決める重要な基準であったことが過去の資料からも分かります。そして太陽は占星術や他の占術においても重要な意味を持っていることは言うまでもありません。

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・太陽が人類にもたらしたもの
文明的な影響以前に、太陽が無ければ赤外線が地球に届かず熱がありません。マイナス200度以下の極寒の星で生命が誕生していなかったでしょう。また、光も無いため昼も夜もない暗闇の惑星であっただろうと考えられます。それを言うと、そもそも太陽の重力が無ければ地球の材料となる物質が集まらず地球という惑星すら誕生していなかったことになります。それらを考慮すると、温度・光・大地・大気・あらゆる生命全てが太陽の存在のもとに維持されていることに気付きます。

・太陽の役割
これまで非常に科学的な視点で太陽の構造/核融合反応/安定して持続する仕組みなどを詳細に見てきました。太陽は宇宙誕生から星や銀河が形成される過程において純粋な自然現象で形成された恒星の一つです。純粋に宇宙物理学や量子力学の法則に従って形成された自然の天体です。しかしながら、核反応の安定性や恒常性、出力の制御、生命体に対する安全機構が偶然とは考えにくいほど緻密に制御されています。


科学的ではない視点から考えると、「太陽は生命体が生存できる環境を維持するために存在するのではないか?」と思えるくらい精巧な調和が取れています。もちろん、上のグラフで示したように「陽子同士の核反応」「光の性質」「気圧と熱の関係」等々全ては自然界の法則に従っています。しかし、「なぜその温度で核融合が起こるのか」「なぜ数千度で原子構造が保てなくなるのか」「なぜ電磁気力は重力より強いのか」「なぜ光に質量が無いか」「なぜ電子は陽子より小さいか」という点はこれ以上解明できない部分があります。

なぜなら「そういう自然界の法則になっているから」という部分はそれ以上解明しようがありません。では「その法則は誰が決めたのか?」「そのように宇宙を創造したのは誰なのか?」「この宇宙を創造した者がいるとしたら太陽を創りたかったのか、それとも人間を創りたかったのか?」という疑問が出てくるかもしれません。その疑問は科学の領域では扱えません。なぜなら「物質によって物質を解明する学問が形のあるものの学問、すなわち形而下学=科学」であるため形ができる前のことは扱えないからです。宇宙ができる前、すなわち「形ができる前、形のない領域」を扱う学問である形而上学(けいじじょうがく)の領域になります。

科学を基盤とした考え方では「まず最初に太陽ができて偶然地球が形成され奇跡的に生命が誕生して人類が繁栄した」というのが通説かもしれません。しかし、形而上学的な視点では「まず宇宙という土台を創り、太陽を創り、地球という舞台を用意して、最終目的の人間を創った」という見方もできるかもしれません。そして奇跡的な地球や人類の誕生も「シナリオ通り」なのかもしれませんね。

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いずれにしても太陽はあらゆる神話に登場し神格化されている存在です。寿命があるとはいえ、人類の時間から見ると永遠と言えるほど永く地球を見守り続け、無限と言えるほど膨大なエネルギーという恩恵を与え続けてきました。「常に心に太陽を持て」というのは18世紀のアメリカの著名人ベンジャミン=フランクリン (Benjamin Franklin, *9)の言葉で「困難を予期するな。決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな。常に心に太陽をもて。」ということを伝えています。瞑想においても常に心の中に太陽や神格化された存在達を想い描いているならば一切の悩みは燃やし尽くされ、前向きな気持ちを燃やし続けられるかもしれませんね。


引用:
*1. The Sun-factsheet. NASA. https://nssdc.gsfc.nasa.gov/planetary/factsheet/sunfact.html
*2. Eddy, J. A. (1979). A new sun: the solar results from SKYLAB (Vol. 402). Scientific and Technical Information Office, National Aeronautics and Space Administration.
*3. 太陽–Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/太陽
*4. NASA. https://solarscience.msfc.nasa.gov/interior.shtml
*5. Proton–proton chain - Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Proton–proton_chain
*6. プラズマ- Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/プラズマ
*7. 宇宙の創造・維持に不可欠な“4つの力”
https://note.com/newlifemagazine/n/n90c2cc2fab80
*8. Mitalas R, Sills KR. "On the photon diffusion time scale for the sun"
http://adsabs.harvard.edu/full/1992ApJ...401..759M
*9. ベンジャミン=フランクリン-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ベンジャミン・フランクリン

画像引用: 
*a. Image by Amy Chandra. https://www.pexels.com/photo/boat-on-ocean-789152/
*b. Image by Kelvinsong. https://en.wikipedia.org/wiki/File:Sun_poster.svg
*c. Image by Tosaka. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:太陽内部の放射層と対流層.PNG
*d. https://solarscience.msfc.nasa.gov/images/cutaway.jpg
*e. https://solarscience.msfc.nasa.gov/images/Dalsgaard1_T_vs_r.jpg
*f. Image by Sarang. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/85/Fusion_in_the_Sun.svg
*g. Moser, K. Gaussian Processes for Emission Tomography at ASDEX Upgrade Gauss Prozesse zur Emissions-Tomographie an ASDEX Upgrade.
*h. https://ma91c1an.files.wordpress.com/2015/04/shamash-2.jpg
*i. Image by rawpixel.com. https://www.freepik.com/free-vector/vectorized-sun-with-face-design-element_25255895.htm#fromView=search&page=1&position=18&uuid=741e3015-2879-4032-9565-4da716c2d09f
*j. https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Mengs,_Helios_als_Personifikation_des_Mittages.jpg
*k. https://www.wikidata.org/wiki/Q239847#/media/File:Mahavairocana.jpg
*l. https://en.wikipedia.org/wiki/Solar_deity#/media/File:Ra_Enthroned_in_the_Tomb_of_Roy.jpg
*m. https://www.windows2universe.org/mythology/tonatiuh.html#google_vignette
*n. Image by Bruno Scramgnon. https://www.pexels.com/photo/silhouette-photo-of-a-mountain-585759/
*o. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b4/The_Sun_by_the_Atmospheric_Imaging_Assembly_of_NASA%27s_Solar_Dynamics_Observatory_-_20100819.jpg

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No.058 “思い込み”で脳内麻薬が分泌される:「想いは現象化する」

前々回、前回と脳内麻薬と呼ばれる幸せホルモン“エンドルフィン”について解説してきました(*1, *2)。エンドルフィン (Endorphin) は脳内で産生されるモルヒネ様物質“脳内麻薬”、“内因性オピオイド”とも呼ばれています。これまでの記事では“感情の安定”や“多幸感”といった精神状態への影響に焦点を当ててきました (*1, *2)。

しかし、“モルヒネ”と聞いて鎮痛剤をイメージした人もいると思います。実際にその通りでエンドルフィンは脳内モルヒネとも呼ばれ強い鎮痛作用を持っていることも知られています(*3)。医療現場ではモルヒネなどのオピオイド性鎮痛剤は最強クラスの鎮痛剤として使用されています。実はモルヒネのような強力な鎮痛物質が私たちの脳からも分泌されています。


今回の標題の“思い込み”について、よく知られている現象に“プラセボ/プラシーボ効果 (Placebo effect)”というものがあります(*4)。“何の効果もないはずの薬によって実際に効果を感じてしまう”という有名な現象です。プラシボ効果を痛みに応用すれば「痛くないはず」と思えば本当に「痛くなくなる」という現象がみられるはずです。今回はその現象が「本当にただの気のせい」なのか、それとも「思い込みでも実際の感覚や脳内ホルモンバランスが本当に変化するのか」という点を解説していきます。

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今回紹介する研究は“Activation of the Opioidergic Descending Pain Control System Underlies Placebo Analgesia(プラセボ鎮痛の基盤にあるオピオイド性下行性疼痛制御システムの活性化)(*5)”というドイツの研究論文です。

・研究の概要
この研究の内容を端的に説明すると、「実際は鎮痛効果のないクリームを“よく効く鎮痛剤”と被験者に信じ込ませ、一定の痛み刺激を与えたときに本当に痛みの感覚は少なくなるのか?またその時に脳内にはどのような変化が起こっているのか?脳内物質エンドルフィンは関係しているのか?」ということを検証した研究です。


Figure 2に全体の流れを示します。まず研究者から参加者に対して次のように説明があります「よく効く塗り薬と成分のない比較対照塗り薬の研究です(実はどちらも鎮痛効果がない塗り薬)」(Figure 2A)。その日は皮膚への塗り薬を塗って、そこに熱疼痛刺激を与え「偽薬の鎮痛作用を疑似体験してプラセボ効果を持たせる」という処置や検査を行います。

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そして次の日に同じように何度か「偽薬の効果を疑似体験」してもらいます。その後参加者は生理食塩水(Salineグループ)とエンドルフィンの効果を打ち消すナロキソンを注射するグループ (Naloxoneグループ)にランダムに振り分けられます(Figure 2B)。

そして注射したナロキソン(エンドルフィン拮抗薬)が効いた頃に再度、塗り薬と熱疼痛刺激を与え、脳機能MRI (functional MRI)や疼痛評価アンケートを行ないます(Figure 2C)。実際はこのFigure 2Cの部分が本番でこのデータが解析に用いられました。


・どのように“効果がある”と信じ込ませるか
この研究の肝心な部分は“いかに参加者に偽薬がよく効く鎮痛剤だと思い込ませるか”と言えます。医師の説明で「これはよく効く鎮痛剤なんです」と言われただけで完全に信じられる人はあまりいません。そこでFigure 3のような操作(Manipulation)が行われました。

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Figure 3の手の図は塗り薬を塗った場所を示していて、赤い場所が“効果のない塗り薬(Control: コントロール)”緑の場所が“よく効く鎮痛剤(Placebo: 実はコントロールと同じで成分無し)”が塗られています。塗り薬を塗った部位に熱疼痛刺激(Heat pain stimulation)が与えられます。あらかじめ参加者に検査をして「最大の痛みのX%」という与える疼痛レベルの目安は決められました。


Figure 3左側のManipulationの手順では“偽薬に対して鎮痛効果があると信じさせる”のが目的なので、コントロールを塗った場所に対しては「80%の熱痛刺激」を与えます。そしてプラセボ薬を塗った方に対しては「同じ強さですと言いながら実は40%の熱痛刺激」を与えます。なので、参加者からすると「プラセボ薬を塗った方が実際に痛みが少なく感じる」ということで「プラセボ薬で痛みが減るという思い込み」を持たせることができます。


・本番の痛みテストの条件
実際の熱疼痛試験の時はFigure 3右側のように「コントロール薬を塗った場所にも、プラセボ薬を塗った場所にも同じ60%の熱痛刺激」が与えられました。なので、本来なら「どちらの痛みも等しく感じる」はずです。しかし研究参加者においてプラセボ効果が現れた場合は同じ痛みが違うように感じるかもしれません。痛みはこれまで紹介されているようにVAS (visual analogue scale)という、直線の0〜100%の任意の場所に印をつけるという方法で行われました。

熱痛刺激は約20秒間続き、また数十秒の間隔を空けて15回ほど繰り返され、バイアスが出ないように参加者によってコントロールとプラセボの熱痛刺激の順番を変えたり刺激の部位を少し変えるなどの対策がなされました。


・参加者の振り分け(Randomization)
研究参加者はManipulation(刷り込み:Figure 2A)によってプラセボ薬の効果を疑似体験した後、生理食塩水(Saline: 効果無し)グループとナロキソン(Naloxone: エンドルフィンの効果を打ち消す)グループにランダムに振り分けられました。参加者も研究担当者もその人がどちらに振り分けられたかは分からない二重盲検試験で行われました。

生理食塩水のグループは何の影響もないので、純粋にプラセボ効果(思い込みによる鎮痛効果の有無)を調べることができます。ナロキソングループはエンドルフィンなどの脳内オピオイドの効果がこの薬によって打ち消されます。つまり、鎮痛効果にエンドルフィンの影響があればナロキソングループに変化が起こりますし、ナロキソンで影響が全く無ければ鎮痛効果にエンドルフィンは関与していないということが示唆されます。

もちろん、この研究はその性質上、被験者に一部の事実を伏せた状態で行われますが研究倫理審査委員会を経てナロキソンの副作用なども同意を得た上で行われています。そして、以前も説明したように、「無作為割り付け二重盲検試験(Double-blinded Randomized Controlled Study)」というのは非常に客観性が高くエビデンスレベルの高い研究であることが知られています。


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・結果:プラセボ効果の有無
最初に48人の男性が参加登録されましたが除外基準によって最終的に40人のデータが解析されました。まず熱痛刺激のプラセボ効果の結果をFigure 4Aのグラフに示します(*5)。Figure 4Aのグラフは縦軸が「痛みのスケール」で、白いバーが「コントロール薬を塗った場所の痛み」、黒いバーが「プラセボ薬(鎮痛剤と説明された偽薬)を塗った場所の痛み」を表しています。

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Figure 4Aの左側「Saline group」が生理食塩水を注射されたグループなのでプラセボ効果の影響だけが検証できます。これを見ると、この熱痛テストの時は全く同じ刺激(60%熱痛刺激)であったにも関わらず、コントロール薬(黒いグラフ)よりもプラセボ薬(白いグラフ)の方が明らかに痛みが少ないと感じていることが示されています(23%減少、p<0.001:p値が小さいほど統計学的に有意)。この結果は「被験者らにプラセボ効果が明確に認められた」ということを示しています。


Figure 4Aの右側「ナロキソングループ」を見てみるとこちらもコントロール薬に比べてプラセボ薬で痛みを少なく感じています(10%減少、p<0.001)。ただし生理食塩水グループに比較すると痛みを抑えるプラセボ効果は少なくなっています。この「生理食塩水とナロキソングループの差」も統計学的に有意(p<0.01)でしたので「ナロキソンによって鎮痛効果が減弱した」ことが分かります。この結果は「エンドルフィンがプラセボ鎮痛作用に関与している」ということを強く示唆しています。


・脳の活性部位の変化
次にFigure 4Bのグラフを見てみます。このグラフはBOLD(Blood-Oxygen-Level-Dependent: 血中酸素濃度依存型)反応(*6)と呼ばれるもので、非常に手短に言うと“脳の血流の変化した部分を数値化できる”というものです(詳しく知りたい人は引用文献参照)。これを見るとFigure 4B左側の「生理食塩水グループ」ではプラセボ効果とともに脳の一部に血流変化が起こっていることがグラフに示されています。


対照的にFigure 4B右側の「ナロキソングループ」ではグラフが逆転しています。つまり、「プラセボ効果で活性していた脳の一部がナロキソンの投与によって抑えられた」ということであり、この結果も「プラセボ鎮痛効果においてエンドルフィンが脳内で作用している」ことを裏付ける結果と言えます。


引き続き、脳の活性化を示すBOLD反応においてナロキソンで反応が大きく変化した脳の部位をFigure 5に示します(*5)。

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Figure 5左の表上段はfunctional MRIにおいてBOLD信号を測定し、「プラセボ鎮痛効果が発現している状態で生理食塩水グループ(Saline group)で変化があった部位」をまとめたものです。右端を見るといずれもp<0.004で有意に変化があったことを示しています。ここに出ている部位は背外側前頭前皮質 (はいがいそくぜんとうぜんひしつ、DLPFC: dorsolateral prefrontal cortex)、吻側前帯状皮質膝下部 (ふんそくぜんたいじょうひしつしつかぶ、subgenual rACC: rostral anterior cingulate cortex)、吻側前帯状皮質膝前部(ふんそくぜんたいじょうひしつしつぜんぶ、pregenual rACC)と呼ばれ、医師もほとんど知らない部位なのでFigure 5右に大体の位置を示しています。


これらの3箇所についてさらに詳しく解析したグラフがFigure 6です。Figure 6A/B/Cの左側が生理食塩水グループ(ナロキソン無し)のグラフです。いずれのグラフを見てもプラセボ部刺激時とコントロール刺激時とで脳の各部位の活性が反転するほど明確な違いが出ていることが分かります。

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これに対してナロキソン投与時(各グラフの右側)を見ると、プラセボ部刺激時とコントロール部刺激時でその差がぐっと縮まっていることが分かります。この3箇所の部位はナロキソンの影響が顕著であり、エンドルフィンが強く働いていたことが示唆されます。


・さらに一歩踏み込んだ解析
これまでの研究で脳脊髄神経において下行性疼痛抑制系(Descendant Pain Modulatory System, *7, *8)という機構があることが知られています。この機能は人体が痛みを感じるとその痛み刺激を抑えるように脳から末梢神経に対して信号が出されます。これによって“痛み刺激”などが脳に伝わるのを防ぎ、“ストレスから防護する”機構と言われています。これにはセロトニン、ドーパミンなどといった物質も関与していることが知られています。


図解で見るとFigure 7左図のように大脳皮質(Cortex)−視床下部(Hypothalamus)−脳幹(Brain stem, 中脳: Midbrain 〜延髄: Medulla)−脊髄(Spinal cord)というように上から下向きにホルモン分泌や神経信号が伝わっていきます。今回の研究ではこの下行性疼痛抑制系の中の視床下部(ししょうかぶ:HT, hypothalamus)、水道周囲灰白質(すいどうしゅういかいはくしつ:PAG, periaqueductal gray)、吻側延髄腹内側部(ふんそくえんずいふくないそくぶ:RVM, rostral ventromedial medulla)の3箇所のBOLD信号を解析しました。

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解析の結果、視床下部(HT: Figure 7赤)も水道周囲灰白質(PAG: Figure 7青)も吻側延髄腹内側部(RVM: Figure 7緑)もプラセボによる疼痛抑制時に有意に活性化していることが分かりました。そして、ナロキソンが投与された時にこの3箇所はいずれも有意に変化していたことが分かりました(HT: p<0.002, PAG: p<0.002, RVM: p<0.001, Figure 7)。
この結果が意味するのは「重要な疼痛制御システムである下行性疼痛抑制系にエンドルフィンが強く関係していた」ということと、「プラセボ効果のような思い込みでも脳内ではさまざまな部位で脳内物質が伝達されていた」ということが証明されたと言うことです。



・今回の研究結果のまとめ
 ・全く同じ痛み刺激に対してプラセボ効果で痛みが減った
 ・プラセボ効果は実際に感覚レベルで痛みを変化させる
 ・プラセボ効果が出ている時は脳も様々な部位が活性化する
 ・プラセボ効果の鎮痛はナロキソンで減弱する
  =プラセボ効果の鎮痛にエンドルフィンが関与している
 ・プラセボ鎮痛作用では下行性疼痛抑制系が活性化していた
 ・下行性疼痛抑制系でもエンドルフィンの関与が示唆された
これらのことが今回の研究結果で高いエビデンスレベルで証明されたということになります。


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今回の結果はいかがだったでしょうか。
幸せホルモン”エンドルフィン”は鎮痛効果を持っていることも示されました。脳内麻薬と呼ばれるだけあってその鎮痛効果はモルヒネの20倍以上とも言われています(*9)。苦痛を大きく軽減させることが最新科学でも証明されました。そしてその活性経路は大脳だけではなく、視床下部や中脳、延髄といった領域に広範に関与していることが示されました。非常に複雑で全てが解明されているわけではありませんが、エンドルフィンの性質を知ってうまく分泌を促すことでストレスや苦痛を大きく減らせるかもしれません。

そして、「思い込み」というのは侮ってはいけないようです。「思い込む、信じる」というだけで「意識によって脳が変化し、状況に対応して体を変化させる」という現象が起こっているようです。被験者ももしプラセボ薬であることを知ってしまったら「効くわけがない」という思いが効果を打ち消してしまったかもしれません。「一片の疑いもなく信じる」ということは「高度な精神集中」と同等の効果があるのかもしれません

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滅却心頭火自涼(心頭滅却すれば火も自ずから涼し)」という言葉は、あらゆる心を滅することによって燃えさかる火さえも涼しく感じる、というような意味で広く知られています。戦国時代の高僧と言われた快川紹喜(かいせんじょうき)の言葉として知られています(*10)。この言葉を言った時快川国師の目には炎が映っていたかもしれませんが、それよりも強い意志でもって熱さをものともしなかったかもしれません。瞑想を極限まで極めれば同師のようにどんなに過酷な環境であろうと何も変わらず涼しい顔で乗り越えることができるのかもしれませんね。瞑想を鍛錬することで脳を変化させ、肉体を変化させ、現実も変化させていきましょう。


引用:
https://note.com/newlifemagazine/n/n4ab203a16960
https://note.com/newlifemagazine/n/n64e4510dff97
*3. エンドルフィン–Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/エンドルフィン
*4. 偽薬–Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/偽薬
*5. Eippert F, Bingel U, Schoell ED, et al. (2009). Activation of the opioidergic descending pain control system underlies placebo analgesia. Neuron, 63(4), 533-543.
*6. 機能的磁気共鳴画像法–脳科学辞典.
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/機能的磁気共鳴画像法
*7. Zortea M, Ramalho L, Alves RL, et al. (2019). Transcranial direct current stimulation to improve the dysfunction of descending pain modulatory system related to opioids in chronic non-cancer pain: an integrative review of neurobiology and meta-analysis. Frontiers in neuroscience, 13, 1218.
*8. 鎮痛のメカニズム–疼痛ケアネットワーク・ワーキンググループ
http://www.totucare.com/senmon_content3-4.html
*9. Hartwig AC. Peripheral beta-endorphin and pain modulation. Anesthesia progress, 38(3), 75. 1991
*10. 快川国師−恵林寺の歴史. https://erinji.jp/history/快川国師
画像引用:
*a. Image by freepik. https://www.freepik.com/free-vector/doctor-talking-patient_2126514.htm
*b. Image by macrovector. https://www.freepik.com/free-vector/colored-flat-medical-mri-composition-mri-room-hospital-treatment-vector-illustration_7200882.htm
*c. Image by storyset. https://www.freepik.com/free-vector/hand-holding-pen-concept-illustration_22874413.htm
*d. Image by pch.vector. https://www.freepik.com/free-vector/doctor-measuring-blood-pressure-male-patient-female-physician-sitting-table-clinic-hospital-checking-arterial-pressure-sick-man-flat-vector-illustration-cardiology-health-concept_26921680.htm
*e. Image by freepik. https://www.freepik.com/free-vector/illustration-doctor-injecting-vaccine-patient-clinic_12644017.htm
*f. https://www.pngitem.com/middle/hmJixxb_brain-wire-frame-models-hd-png-download/
*g. 青不動 青蓮院蔵. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Blue_Fudō.jpg
*h. Image by vector_corp. https://www.freepik.com/free-ai-image/tranquil-sunset-meditation-background_90676258.htm

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