No.057 “ランナーズ・ハイ”と脳内物質エンドルフィン

前回は「動じない」幸せホルモンエンドルフィンについて解説しました(*1)。エンドルフィン (Endorphin) は脳内で産生されるモルヒネ様物質で“脳内麻薬”、“内因性オピオイド”とも呼ばれています。この物質は“多幸感”や“高揚感”といった精神状態にも関連していると言われています。


“多幸感 (Euphoria)”を説明するときに分かりやすい例の一つが“ランナーズ・ハイ (Runner's High)”という現象です。これはマラソンランナーなど長距離を走っている状態で、通常なら“走り続ける”という肉体を酷使した状況では“走行中は苦痛に耐え続けている”と思われるかもしれません。しかし、ある条件に達すると“肉体的な苦痛を感じなくなる”、“体が軽く感じる”、“走るのが快感に感じる”、“走るのを止めたくないと感じる”、というように精神状態が変容します。


もしかしたら同じ様な感覚を経験したことがある人もいるかもしれません。私も学生時代は部活動の練習で長距離走を毎日やっていたことがありますが、ある時に体が軽くなり、ずっと走り続けていたいような感覚になることを経験しました。今回はこのランナーズ・ハイエンドルフィンの関係を調べた研究に迫りたいと思います。

20240223article057fig01.jpg

今回紹介する研究は「The runner's high: opioidergic mechanisms in the human brain (ランナーズ・ハイ: 人間の脳のオピオイド作動性メカニズム, *2)」というタイトルで2008年に公表されたドイツからの研究です。


研究参加者
研究対象となったのは平均年齢36.9歳(33〜40歳)の10人の男性マラソンランナーで、いずれも薬物の使用などない健康な成人で「ランナーズ・ハイの経験がある人」が選ばれました。研究参加者は安全に研究が遂行できるように日頃からのトレーニングを行っていることが条件とされ、実際に週平均8.6時間のトレーニング、8人がフルマラソン経験者、残り2人もハーフマラソン経験者でした。


・検査方法
検査は脳内物質エンドルフィンを調べるためのPET検査(*3, *4)と精神状態を調べるアンケート(*5)が行われました。
検査方法はランナーズ・ハイの状態を分かりやすく比較するために最初に「24時間以上スポーツしていない安静状態」で脳のPETスキャンと心理アンケートを行います。そして約4週間後に「20km程度のランニング練習を終えて30分後」に脳のPETスキャンと心理アンケートを行いました。もちろん参加者はこの時だけランニングするのではなく、日頃からランニングを行っており、最初の測定時の時だけランニング練習をしない状態で検査を受けました。

・脳PETスキャン測定原理
エンドルフィン(β-Endorphin)は細胞表面にあるμ(ミュー)-オピオイド受容体(μ-Opioid receptor)と結合することで効果を発揮します。この研究ではエンドルフィンと同じようにオピオイド受容体と結合する [18F]FDPN (tracer 6-O-(2-[18F]fluoroethyl)-6-O-desmethyldiprenorphine)という物質が標識物質(トレーサー)として使用されました(Figure 2A)。

20240223article057fig02.jpg

この[18F]FDPNというトレーサーは脳細胞の表面にあるオピオイド受容体と結合してPETスキャンで映るような信号を発します (*3, *4)。脳内物質のエンドルフィンが少ないとき (Figure 2B)、細胞表面には空席のオピオイド受容体がたくさんあるため、このトレーサーが受容体に多く結合してPETスキャンで信号が強くなります。

反対に脳内物質のエンドルフィンが多くなると (Figure 2C)、オピオイド受容体の多くがエンドルフィンと結合するため、[18F]FDPNは少ししか結合できずPET信号は弱くなります。この検査では“PET信号が弱くなった場所=エンドルフィンが多く結合している”ということが示されます。


・精神状態の調査
感情や気分は客観的評価が難しいのでこれまでのようにVAS (visual analogue scale)の一種でVAMS (visual analogue mood scale)という“0〜10の間の任意の位置で点数を示すスケール”で評価されました (Figure 3)。評価項目は“悲しさ(sadness)”, “緊張 (tension)”, “恐怖 (fear)”, “怒り (anger)”, “混乱 (confusion)”, “疲れ (fatigue)”, “幸福 (happiness)”, “活力 (energy)”, “多幸感 (euphoria)”という8項目が設定され、こちらも安静時とランニング後30分の時点で参加者によって回答されました。
20240223article057fig03.jpg


・結果:運動前後の気分の変化
まず研究参加者のランナー達が実際にランナーズ・ハイを起こすのか、またそれ以外の感情の動きが無いのか、という点について解析されました。安静時の気分とランニング30分後の気分を比較したグラフがFigure 4になります。

調査された8項目の中で有意差があったのが“幸福度 (happiness)”と“多幸感 (euphoria)”の2つでした(FIgure 4赤枠)。幸福度 (happiness)は元々高かったですが、ランニングの後にさらに増加しています。そして多幸感 (euphoria)についてはグラフを見ても2倍程に大きく増加していることが分かります。幸福度 (happiness)については「幸せ/満たされている」という日頃から感じている気分と思われますが、多幸感 (euphoria)については「込み上げる至福/笑い/陶酔感」のように普段の幸せを超えた溢れ出るような感覚と考えられます(*6)。

20240223article057fig04.jpg

そしてグラフを見ても分かるように、“恐怖 (fear)”、“混乱 (confusion)”、“悲しさ (sadness)”といった負の感情は有意ではありませんが減少していることがわかります。また、20km程も走った後ですが“疲れ (fatigue)”はほとんど増えてないか、むしろ減少しているように見えます。やはり“ランナーズ・ハイでは疲れも感じない”というのは本当のようですね。


・結果:脳内エンドルフィンの変化
Figure 5上段に[18F]FDPN PETスキャンの画像の一部を示します。この画像は「安静時とランニング後のPET画像を比較して信号が減少した部分(つまりエンドルフィンが作用した部位:Figure 2参照)」が赤く強調されています。これを見ると脳の様々な部位でエンドルフィンと受容体が分布していることが分かります。特に眼窩前頭皮質 (がんかぜんとうひしつ、OFC: orbitofrontal cortex)、前帯状皮質 (ぜんたいじょうひしつ、ACC: anterior cingulate cortex)、島皮質 (とうひしつ、INS: insula)という領域で顕著でした。
20240223article057fig05.jpg


そしてFigure 5下段の画像は「[18F]FDPN PET信号と多幸感スコアの逆相関が見られた部位」を可視化したものです。これらの場所で“多幸感 (euphoria)”のスコアとPET信号の減少 (エンドルフィンの活性) が相関していることが示されました (Figure 6)。これらの脳の部位が多幸感に直接関与しているかどうかはまだ断定できませんが、今後の研究の発展につながると考えられます。

20240223article057fig06.jpg

・この研究のまとめ
 - ランナーズ・ハイという現象は客観的に見て存在する
 - マラソンランナーではランニング後に多幸感が有意に増加する
 - ランナーズ・ハイでは疲労感はむしろ減少傾向であった
 - エンドルフィンは脳の広範な部位に作用していた
 - 多幸感とエンドルフィン活性が相関する部位がみられた
これらの結果を総合的に見て、「持続的な運動と多幸感(ランナーズ・ハイ)と脳内エンドルフィンには密接な関係がある」ということが言えそうです。


・注意喚起:“急なオーバーワークに注意”
ここまで読むと、すぐに運動したくなる、明日からやってみよう、と考える人もいるかと思います。ただし、焦らずによく準備をしてから始めるべきだということが以下に紹介する研究で分かると思います。

不用意にマラソンを行うリスクについて知っておくべき研究があります:「Myocardial injury and ventricular dysfunction related to training levels among nonelite participants in the Boston marathon(ボストンマラソンの非エリート参加者のトレーニングレベルに関連した心筋損傷と心室機能不全, *8)」。この研究では「フルマラソン参加者における、普段のトレーニング量と心筋へのダメージの関連」を調べています。

20240223article057fig07.jpg

Figure 7のグラフでは横軸に練習量、縦軸に心筋損傷のバイオマーカーである心筋トロポニンT (cTnT)の量を示していますが、赤枠で囲んだ“トレーニング量が最も少ないグループ”が心筋損傷の程度が飛び抜けて高いことがグラフからも分かります。このデータや他の研究からも「普段十分にトレーニングをしない人がフルマラソン完走など過酷な運動を行うと心臓リスクが高い」ということが示されているので注意しましょう (*7, *8, *9)。


・但し適切な運動習慣は健康に良い
ただ、以前から言われているように「運動習慣は健康・長寿をもたらす」ということは間違いありません。Figure 8は適度なエクササイズが“心臓死亡率・全死亡率”にどのような影響をもたらすかという表です(*10, *11)。

20240223article057fig08.jpg

これを見ると「適切な運動習慣を取り入れることによって全死亡率が27%減少する」「運動習慣で心臓死亡リスクが31%減少する」ということが示されています。しかもこの結果はコクラン・ライブラリーという医学界では“最上級のエビデンス”と認識されているデータベースから得られたのでほぼ間違いないデータと言えます(*12, *13)。



・適切な運動法
これまでの研究をまとめると持続的な運動は良い効果をもたらしますが、やり方を間違えるとかえって逆効果になるということです。良い効果を得るには適切な方法で運動に取り組む必要がありそうです。

20240223article057fig09.jpg

運動時の注意点まとめ
 ・急に始めない
 ・健康診断などで自分の状態を把握しておく
 ・適切な装備/服装で始める
 ・ストレッチを入念に行う
 ・急に全力を出さない
 ・まずは軽い準備運動から始める
 ・急に過激な運動をしない
 ・無理せず適度な範囲で運動を行う
 ・筋肉痛が起こることを計算に入れる
 ・突発的に始めたり止めたりしない
 ・軽い負荷でも継続する方が良い
 ・水分/栄養補給/適切な休息を摂る
これらが守られていれば健康長寿につながる適切な運動ができると思います。


今回は“ランナーズ・ハイとエンドルフィン”についての研究を紹介しました。「無理のない範囲で持続的な運動を行う」ことによって「脳内エンドルフィン放出が増加する」ことが分かりました。そして「脳内エンドルフィンの増加」が「多幸感、高揚感を増進させる」ことに関与してそうです。さらに「疲労感や恐怖感といった苦痛も感じにくくなる」といったデータも示されていました。

20240223article057fig10.jpg

幸せホルモン:エンドルフィン”は長時間走る肉体的負荷や疲労さえも「幸福感・多幸感」に変えてしまう魔法のホルモンのようです。このエンドルフィンを増やす一つの方法がマラソンのような“適度な負荷の持続的な運動”であることが分かりました。エンドルフィンを増やすことによって「幸福感を高め、苦痛や疲労を感じず、感情的に安定した」精神変化ももたらされるようです。この肉体と脳内物質エンドルフィンの関係をよく理解し、上手にホルモンを増やすことによって心と身体のバランスを健全に整えていきましょう。肉体と感情に支配されずに、逆に自分の意志が感情と肉体をコントロールしていくと心と身体の良い状態が維持され、どんな目標でも達成できそうですね。


引用:
https://note.com/newlifemagazine/n/n4ab203a16960
*2. Boecker H, Sprenger T, Spilker ME, et al. (2008). The runner's high: opioidergic mechanisms in the human brain. Cerebral cortex, 18(11), 2523-2531.
*3. ポジトロン断層法 - Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ポジトロン断層法
*4. PET-MRI, Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/PET-MRI
*5. Stern RA, Arruda JE, Hooper CR, et al. (1997). Visual analogue mood scales to measure internal mood state in neurologically impaired patients: Description and initial validity evidence. Aphasiology, 11, 59-71.
*6. 多幸感 – Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/多幸感
*7. Scharhag J, Herrmann M, Urhausen A, et al. Independent elevations of N-terminal pro-brain natriuretic peptide and cardiac troponins in endurance athletes after prolonged strenuous exercise. Am Heart J 2005;150:1128 – 1134.
*8. Neilan TG, Januzzi JL, Lee-Lewandrowski E, et al. Myocardial injury and ventricular dysfunction related to training levels among nonelite participants in the Boston marathon. Circulation 2006; 114:2325 – 2333.
*9. Schmermund, A., Voigtländer, T., & Nowak, B. (2008). The risk of marathon runners–live it up, run fast, die young?. European heart journal, 29(15), 1800-1802.
*10. Thompson PD, Buchner D, Pina IL, et al; American Heart Association Council on Clinical Cardiology Subcommittee on Exercise, Rehabilitation, and Prevention; American Heart Association Council on Nutrition, Physical Activity, and Metabolism Subcommittee on Physical Activity. Exercise and physical activity in the prevention and treatment of atherosclerotic cardiovascular disease: a statement from the Council on Clinical Cardiology (Subcommittee on Exercise, Rehabilitation, and Prevention) and the Council on Nutrition, Physical Activity, and Metabolism (Subcommittee on Physical Activity). Circulation 2003;107:3109 – 3116.
*11. Jolliffe JA, Rees K, Taylor RS, et al. Exercise-based rehabilitation for coronary heart disease. Cochrane Database Syst Rev. 2001;(1):CD001800.
*12. Cochrane. https://www.cochrane.org/ja/evidence
*13. コクラン(Cochrane)– Wikipedia.https://ja.wikipedia.org/wiki/コクラン_(組織)

画像引用: 
*a. Image by rauschenberger. https://pixabay.com/ja/photos/日没-スポーツ-ジョギング-3982753/
*b. Image by pikisuperstar. https://www.freepik.com/free-vector/hexagonal-futuristic-net-background_5765863.htm#from_view=detail_alsolike
*c. Image by kjpargeter. https://www.freepik.com/free-photo/glowing-abstract-virus-cell_6038275.htm#query=cell%20receptor%20cg&position=6&from_view=search&track=ais&uuid=813f2898-6c00-43a6-a022-78c3b3e7e62a
*d. Image by Phylum. https://pixabay.com/ja/illustrations/生成されたai-心臓-人間の体-8490212/
*e. Image by Dejan Kristevski. https://www.pexels.com/ja-jp/photo/1582161/
*f. Image by Ashford Marx. https://www.pexels.com/ja-jp/photo/8552345/
*g. Image by nensuria. https://www.freepik.com/free-photo/group-women-running-park_1623622.htm

※引用文献の内容に関する著作権は該当論文の著者または発行者に帰属します。
※当コンテンツに関する著作権は著者に帰属します。当コンテンツの一部または全部を無断で転載・二次利用することを禁止します。
※著者は執筆内容において利益相反関係にある企業等はありません。

No.056 「動じない」幸せホルモン:“エンドルフィン”

今回は久しぶりに脳内ホルモンの話題を扱います。エンドルフィンとは人の脳内で分泌されるモルヒネのような作用をもつ物質であり“内因性オピオイド”とも呼ばれています(*1)。ホルモンの働きとしては“苦痛を和らげる”、“多幸感をもたらす”、“気分を落ち着かせる”、“集中力を高める”などといった効果があり、俗に言う”幸せホルモン”の一つとしても認識されています。


もう一つは「ストレス適応ホルモン」として知られる副腎ホルモン“コルチゾール”というものがあります (*2)。今回紹介する研究ではこのコルチゾールとエンドルフィンが同時に解析されました。今回はこのエンドルフィンとコルチゾールがどのような影響を与えるのか、またこれらの意外な関係性も明らかになった研究を解説していきます。


20240210article056fig01.jpg


今回紹介する研究は「HIGH SELF-ESTEEM, HARDINESS AND AFFECTIVE STABILITY ARE ASSOCIATED WITH HIGHER BASAL PITUITARY-ADRENAL HORMONE LEVELS (高い自尊心、たくましさ、感情の安定性は、下垂体副腎基底ホルモンレベルの上昇と関連する. *3)」というタイトルで1995年に発表された研究論文です。


この研究では「18〜19歳の健常な若い男子学生37人」を対象として行われ、アンケートによる心理分析採血による2種類の血中ホルモン測定検査が行われました。


・コルチゾール
採血で測定したホルモンは2種類あり、一つはコルチゾール (Cortisol, *2)という副腎皮質ホルモンです。言い方を変えると“ステロイドホルモン”と呼ばれる物質です。“ステロイド”という名前に賛否いろいろな意見を持つ人も多いと思いますが、炎症を抑える作用が強く医薬品としても幅広い疾患に用いられています。
このホルモンの性質は“ストレスホルモン”とも呼ばれていて、外的または内的なストレスに反応して分泌され、体をストレスに適応させようとする働きがあります。Figure 2右のようにストレスに反応して視床下部(Hypothalamus)−脳下垂体(Pituitary gland)−副腎(Adrenal gland)の順にホルモンが分泌される系はHPA軸と呼ばれています (*4)。結果として血糖値の上昇、脂肪の分解、末梢血管収縮、血圧上昇といった生体防御反応を引き起こします。

しかし慢性的にストレスにさらされるとコルチゾールの過剰分泌から高血糖、メタボリックシンドローム、不眠、胃十二指腸潰瘍、免疫力低下、不安・抑うつ等の精神症状が出る場合もあります。このような特徴から「不可欠なホルモンだけどもバランスを失うと両刃の剣になる」という性質のホルモンです。「朝起きてやる気を出す」というのもこのホルモンの重要な作用の一つであり、コルチゾールは活動し始める朝方に血中レベルが高くなるため、すべての被験者は午前の決まった時間に採血されました。

20240210article056fig02.jpg


・エンドルフィン
人体で生理活性を示すのは主にβ–エンドルフィン(beta-Endorphin)と呼ばれ、コルチゾール放出ホルモン(ACTH)と同じ脳下垂体から分泌されます (Figure 2)。内因性オピオイドという一種の“脳内麻薬様物質”として知られており、これが放出されると幸福感や快楽を得られたり、モルヒネの10倍以上強力な鎮痛効果を持つことも知られています。この研究ではコルチゾールとβ–エンドルフィンの2つの血中ホルモンレベルが測定されました。


・アンケート調査による心理分析
研究参加者らは「自尊心:Self-Esteem」、「たくましさ・頑強さ:Hardiness」、「感情の安定性:Affective Stability」の3つの心理的性質について専用アンケートで評価されました。


I) 自尊心:Self-Esteem
参加者らは自尊心の評価指標としてローゼンバーグ自尊心スケール (Rosenberg Self-Esteem Scale, Figure 3, *5)に回答しました。
調査票はの質問は以下のようなものが挙げられます。
1. 全体的に私は自分自身に満足している
 [強くそう思う(4) そう思う(3) そう思わない(2) 全く思わない(1)]
2. 時々、自分はまったくダメだと思うことがある
3. 私は自分には多くの良い点があると感じている
4. 私は他のほとんどの人たちと同じように物事を行うことができる
等(計10問)
回答に応じたスコアを合計していきますが、いくつかの設問(2/5/6/8/9)はスコアを反転して加算していきます。スコアが高い方が「自尊心が高い」傾向を示します。

20240210article056fig03.jpg


II) たくましさ・頑強さ:Hardiness
この性質を評価するのに以下のような「Hardiness スケール」というアンケート項目が用いられました(*6)。
1. 人生のほとんどは意味のあることである
 [全くそう思わない(0) あまりそう思わない(1) そう思う(2) 完全にそう思う(3)]
2. 一生懸命働くことで、ほぼ必ず目標を達成できる
*3. 普段の活動を変えるのは好きではない
*4.自分の人生にはなんだか意味が無いような気がする
5. 日常生活の変化は私にとって興味深い
6. 私の人生がどうなるかは私自身の行動次第である
(例文は15問バージョン、実際使用されたものは全30問バージョン。「*」がついた設問はスコアを反転する)
こちらも全ての回答のスコアを合計し、スコアが高いほど「頑強さが高い=耐性が強い」ということを表しています。

20240210article056fig04.jpg


III) 感情の安定性:Affective Stability
感情の安定性は「軽躁症状性格スケール (Hypomanic Personality Scale: HPS, *7)」によって評価されました。内容は以下のような質問票で構成されています。
1. 私は自分自身をほとんど平均的な人間だと考えている
2. 他の人の前でピエロを演じるのは緊張する
3. 私はよく「ハイパー」になりすぎて、友人に冗談で何か薬を飲んでいるのかと尋ねられる
4. ナイトクラブのコメディアンになれると思う
5. 時々、アイデアや洞察があまりにも早く思い浮かぶので、すべてを表現することができない
等々(回答は「はい = True」「いいえ = False」の2択。計48問。)
こちらは「どの項目をどちらに回答したか」で「躁病グループのデータベースと同じ回答で1点加算」されます。
例題ではQ1(はい→普通(0)、いいえ→軽躁(1))、Q2(はい→0、いいえ→1)、Q3(はい→1、いいえ→0)、Q4(はい→1、いいえ→0)、Q5(はい→1、いいえ→0)という配点になっています。
合計点数が高いほど「躁病の傾向が強く」、低いほど「躁病傾向が低い=安定性が高い」と評価されます。

20240210article056fig05.jpg

反対にスコアの低い群に「うつ病傾向の人」が混入するリスクがありますが、この研究に参加する事前アンケートで「病的なうつ病気質の人」は除外されています。
これらのコルチゾール測定、エンドルフィン測定、各種アンケートは初回と約2週間後の計2回行われましたが、「初回の方がストレスの影響が大きい結果が出る」ということが分かったため「安定した2回目のデータを集計」したとのことです。

20240210article056fig09.jpg


・結果:自尊心(Self-Esteem)とホルモンレベルの関係
この結果はFigure 6表の左側のようになりました。「自尊心が高いグループ」は表の赤い下線の部分が統計学的に有意差が出ています。自尊心の高いグループでは「たくましさ・頑強さ(Hardiness)」も有意に高いという結果が出ました(p<0.01: p値は小さいほど統計学的に有意)。

ホルモンレベルで見ると「自尊心が高いグループはコルチゾールレベルが有意に高い(p<0.05)」という結果が出ています。一方でβ–エンドルフィンレベルは差がありませんでした。


20240210article056fig06.jpg


・感情的安定性(Affective Stability)とホルモンレベルの関係
感情的安定性の評価はHPS(軽躁症状性格スケール)で振り分けられ、Figure 6表の右側に示され、有意差がある部分は緑の下線で印をつけています。「非常に安定しているグループ (Affective Stability = High)」 はHPSが平均6.6点と低いのに対して「普通のグループ (Typical)」はHPSが17.9点という差が出ています (p<0.0001)。

ホルモンレベルで見るとコルチゾールのレベルがこちらも高く、25.5 対 17.4 「安定したグループでコルチゾールレベルが有意に高い (p<0.05)」という結果が出ました。
また、こちらではエンドルフィンレベルも50.6 対 30.1と差が大きく、「感情的に安定したグループではエンドルフィンレベルが有意に高い (p<0.0001)」という結果が出ました。

・「自尊心が高い」性格とコルチゾール
「自尊心が高い」と言っても様々なケースが考えられます。
例として挙げると「常に気負っているタイプ」では「自分は他人より上でなければならない」「自分はやらねばならない」「常に結果を残さなければならない」というタイプも「自尊心が高いグループ」に入ると思います。
別な例としては「誇り高い、気高いタイプ」もいます。「周囲がどうであろうと自分らしく」「周りに流されず気高い誇り」「揺るがない信念」このようなタイプも「自尊心が高いグループ」に入ります。
また別の例として「プライドだけが高いタイプ」もいます。「実力が無いのにプライドだけ高い」「自分を大きく見せたい」「他人を見下したい、舐められたくない」というタイプも「自尊心が高いグループ」に入ります。

まだ他にもあるかもしれませんが「自尊心が高い」とは様々なスペクトルを含んだ集団であると考えられ、それぞれに「ストレスの程度」は変わってくると思われます。

コルチゾールは先に述べたように「ストレスホルモン」であり、ストレスや障壁を感じた時に分泌されるホルモンの一種です (*2)。「やる気を起こして何か行動する」のに必要不可欠なホルモンであり、うまく付き合っていくと「障壁に立ち向かい、壁を越えていく」のを助けてくれるでしょう。このような性質が「自尊心の高いグループ」においてコルチゾールレベルが高い理由と考えられます。


・「感情的安定性(Affective Stability)」とエンドルフィン
感情的安定性が高いグループはコルチゾールも高いレベル(p<0.05)でしたが、それよりも統計学的に非常に強い有意差が見られたのがエンドルフィンレベル (p<0.0001)でした。この基準となっているのが軽躁症状性格スケール(HPS)であり、「ペラペラ喋るタイプ」「大口を叩く(ビッグマウス)タイプ」「病的な自己優越感」「何にでも口を挟むタイプ」といった「せわしない/軽躁的な性格」は「感情的安定性の高いグループ」には含まれていないと思われます。


この結果を見るとエンドルフィンレベルが高い人達は「感情安定性が高い」と言えます。性格としては「周囲のことに一喜一憂しない」「感情が動かされない」「慌てたり取り乱したりしない」「常にマイペースを保つ」「何が起きても動じない」といった性質を持つ人達であると言えます。

例えば「営業成績が上位のセールスマン」であったとしても「さらに上昇志向タイプ」「近いライバルを意識するタイプ」「順位が落ちることに怯えるタイプ」「順位とか気にしないタイプ」などいろいろありますが、この中で感情が最も揺らがないのは最初か最後のタイプであり、こういうタイプがエンドルフィンが高そうと考えられます。


・コルチゾールとβ–エンドルフィンの高い相関
今回の研究でコルチゾールの血中濃度の高さとエンドルフィンのレベルの関係性が解析されましたが、その結果これら2つのホルモンは「非常に強い相関 (p<0.0001)」が見られた、つまりコルチゾールが高いとエンドルフィンも高い傾向にあるということが分かりました。

Figure 1に示されているようにコルチゾールは副腎から分泌されますが“コルチゾールを分泌させるホルモン”であるACTHというホルモンはエンドルフィンと同じ脳下垂体 (Pituitary gland) から分泌されます。ここに何か関連がありそうです。


・コルチゾール放出ホルモン (ACTH) とエンドルフィンは材料が同じ
Figure 7に示すようにβ–エンドルフィンはその前の材料(前駆体:ぜんくたい)がPOMC(プロオピオメラノコルチン, *9) から造られます。実はこのPOMCという物質はコルチゾールを分泌させるACTHの前駆体でもあります。

20240210article056fig07.jpg


つまり、エンドルフィンとコルチゾールは同じ材料で産生量が調節されていたことになるので、今回の研究でエンドルフィンとコルチゾールの相関関係が示されても偶然ではないことが分かります。


・コルチゾールのネガティブフィードバック
人体のホルモンバランスは必ずと言っていいほど「増加=アクセル」と「減少=ブレーキ」の調節システムによって制御されています。冒頭で述べたようにストレスを感じるとHPA軸(視床下部–下垂体–副腎系)が活性化されて「コルチゾール放出が促進」されます。これによって「血中コルチゾールレベルが上昇」して、「ストレスに対応する変化(血糖上昇、血圧上昇、脂肪タンパク質代謝の変化など)」が起こります。
しかし、そのままではコルチゾールが上がり続けてしまうので、今度は上昇したコルチゾールが自身を下げようとACTH (コルチゾール放出ホルモン) の産生を抑える負の調節(ネガティブフィードバック)が働きます (*4)。この調節がうまく機能しているときはホルモンバランスも良いのですが、これが乱れると健康に影響が出てきます。


・コルチゾールとエンドルフィンのバランスが崩れるとき
慢性的ストレス状態」:この状態では慢性的なストレスに曝されることで常にコルチゾールが高い状態になります。HPA軸が活性されながらコルチゾールによるブレーキもかかっている状態でホルモンバランスが常に緊張状態と言えます。さらに下垂体にブレーキがかかっているためエンドルフィンの分泌も抑えられます。

実はコルチゾールが産生過剰状態になると産生ホルモンのACTHだけではなくβ−エンドルフィンの産生も阻害してしまうことが判っています (*10)。つまり、エンドルフィン産生低下によって「感情的な安定性」「平穏な心」というのも失われてしまうということです。

副腎不全状態」:さらにストレス状態が持続して副腎が疲弊してしまうとコルチゾールが低下してしまいます(*11)。コルチゾールは「朝起きて活動を促す」「やる気を起こす」ホルモンなのでこれが欠乏すると「何もできなくなってしまう」という状況になる場合があります。


・コルチゾールとエンドルフィンが協調して働くとき
コルチゾールは前述の通り「ストレスに立ち向かう」ホルモンです。障壁に立ち向かい、厳しい環境に耐え、困難な状況を打開する、には不可欠なホルモンです。「高い自尊心」を維持しながら「たくましさ・頑強さ」を備えて前進する、目標を達成する、何かを成し遂げるには適したホルモンと言えます (Figure 8左)。

一方でストレスの中に生きていると「心のゆとり」を失い「不安・焦り・いら立ち・怒り・空回り」等々、といったネガティブな感情に囚われがちです。そのようなストレス環境であったとしてもエンドルフィンレベルが高い人は「周囲を気に留めない」「ストレスを意に介さない」「常に満たされている」「物事に動じない」状態でいられると考えられます (Figure 8右)。どんな状況でも「感情に振り回されない」性質というのが幸せホルモンと呼ばれる所以かもしれません。

20240210article056fig08.jpg

もちろんこの2つのホルモンだけではありませんが、このストレス適応ホルモンのコルチゾールと幸せホルモンのエンドルフィンがうまく強調して働くなら、どのような厳しい環境でも落ち着いた自信で乗り越えていけそうですね。


・注意点と補足
コルチゾールは「生存するために必要不可欠なホルモン」である一方で「副作用的な働き」も多く見られる「両刃の剣」のような性質があります。同じ作用の医薬品である「ステロイド剤」には賛否様々な見方があることが知られています。もし治療で必要と言われた場合はネット情報だけで先入観を持たずによく主治医と相談してください。この記事はステロイドホルモンやステロイド治療の是非を論じるものではありません。




今回は幸せホルモンの一つ“エンドルフィン”の作用を解説しました。エンドルフィンは「落ち着いた気分」「常に満たされている感覚」「揺るがない自信」といった性質に関連した脳内物質のようです。そしてエンドルフィンは「ストレス適応ホルモン」と呼ばれるコルチゾールの分泌とも関連が深いことが示されました。「適度な(ちょうど良い)ストレス」はコルチゾールの規則的な分泌によって「自尊心/忍耐強さ」や「行動力/実現力」を高めると同時にエンドルフィン分泌も促進することによって「充実感/安定感」も得ることができると言えそうです。

今後の記事では“エンドルフィンの更なる効果”や、“どのようにしたらエンドルフィンレベルを高められるのか”といった点にも注目して研究を紹介していきたいと思います。もちろん、この記事のテーマは瞑想ですので当然ながら関連した研究も出てきますので楽しみにしていてください。


引用:
*1. Erickson Bonifácio de Assis, Carolina Dias de Carvalho, Clarice Martins & Suellen Andrade (2021) Beta-Endorphin as a Biomarker in the Treatment of Chronic Pain with Non-Invasive Brain Stimulation: A Systematic Scoping Review, Journal of Pain Research, 2191-2200, DOI: 10.2147/JPR.S301447
*2. コルチゾール– Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/コルチゾール
*3. Zorrilla EP, DeRubeis RJ, Redei E. High self-esteem, hardiness and affective stability are associated with higher basal pituitary-adrenal hormone levels. Psychoneuroendocrinology, 20(6), 591-601. 1995
*4. 視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)- Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/視床下部-下垂体-副腎系
*5. Rosenberg M (1965) Society and the Adolescent Self-image. Princeton University Press, Princeton, NJ.
*6. Bartone PT, Ursano RJ, Wright KM, Ingraham LH (1989) The impact of a military air disaster on the health of assistance workers: a prospective study. J Nerv Ment Dis 177(6):317-328.
*7. Eckblad M, Chapman LJ (1986) Development and validation of a scale for hypomanic personality. J Abnorm Psycho1 95(3):21&222.
*8. Hartwig AC. Peripheral beta-endorphin and pain modulation. Anesthesia progress, 38(3), 75. 1991
*9. Proopiomelanocortin- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Proopiomelanocortin
*10. Boscaro M, Paoletta A, Giacomazzi P et al. Inhibition of pituitary β-endorphin by ACTH and glucocorticoids. Neuroendocrinology, 51(5), 561-564. 1990
*11. Papadopoulos, AS, Cleare AJ. Hypothalamic–pituitary–adrenal axis dysfunction in chronic fatigue syndrome. Nature Reviews Endocrinology, 8(1), 22-32. 2012

画像引用:
*a. https://www.pngall.com/wp-content/uploads/2018/04/Body-PNG-Clipart.png
*b. Image by kjpargeter. https://www.freepik.com/free-photo/human-brain_943893.htm#page=3&query=brain&position=39&from_view=search&track=sph&uuid=658aa9d2-33d3-4743-a7e0-b5ea0776e971
*c. https://all-free-download.com/?a=G&g=DL&id=6841528

※引用文献の内容に関する著作権は該当論文の著者または発行者に帰属します。 
※当コンテンツに関する著作権は著者に帰属します。当コンテンツの一部または全部を無断で転載・二次利用することを禁止します。
※著者は執筆内容において利益相反関係にある企業等はありません。

プロフィール

T@N

Author:T@N
 
こちらは
瞑想を通じて医学・健康
科学・量子力学・宇宙論
形而上学(けいじじょうがく)
こういったことを取り扱っています。
エビデンスを示しながら
”科学的”なことから
”非科学的”なことまで
真面目に探究する研究室です。


サムネールCredit: https://www.vecteezy.com, nuchyleephoto
ヘッダーCredit: https://pixabay.com,galaxy-starry-sky-stars

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR