No.049 有るはずのない物質:“反物質”

今回は前回までのアロマセラピーの話とは変わって、原子や素粒子の話です。科学的な自然界の法則を理解しつつ、非科学的な(形而上学的な)摂理と照合してこの世界をより深く理解していきましょう


皆さんもよくご存知の通り、物質は原子(Atom)から成っています。その原子はFigure 1に示すように原子核(Nucleus)とその周囲の電子(Electron)から成っています。そして原子核はプラスの電荷(Charge)を持つ陽子(Proton)と電荷を持たない(0 charge)中性子(Neutron)で構成されています。
これらの違いは電荷だけではなく「重さ」も違います。電子の重さを1とすると、陽子や中性子は約1840と、「電子は非常に軽い」または「陽子や中性子は電子に対して非常に重い」という特徴の違いがあります。

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そしてこの原子は様々な種類があり、これらが結合して分子(Molecule)を形成しています。Figure 2に示すように、分かりやすいH2O=水やブドウ糖、アミノ酸も原子でできた分子です。同様にタンパク質も脂肪も骨も全て原子から出来ています。つまり、我々の肉体も含めて地球上にあるあらゆる物質は原子、つまり「電子」と「陽子」と「中性子」からできている、と言うことができます。

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逆に「それ以外のものがあるのだろうか?」という疑問が生じるかもしれません。今回はそのような“予想外の物質”の発見に関する話を紹介します。



時は1930年頃に遡り、カリフォルニア工科大学にカール=アンダーソン(Carl D Anderson)という研究者がいて、彼は宇宙線(Cosmic-ray)の研究をしていました(*1)。宇宙線の研究というのは宇宙、つまり大気圏より上空から地球に降り注ぐ電磁波などを観測してそこに含まれる粒子やそのエネルギーの性質、大きさなどを分析するという研究です。

しかし私たちが外を歩いていても宇宙線を見ることがないのは、宇宙線が無いわけではありません。これらは常に地球上に降り注いでいますが見えない理由としては「高エネルギーの電磁波である」または「原子や素粒子レベルの大きさである」からです。もちろん、これは科学が発達した21世紀からしたら当たり前ですが、当時はそのような基本情報は知られていないですし、「他にも未知の物質があるかもしれない」という探究心から研究が行われていました。


それでは「見えない宇宙線や未知の物質」をどのように観測するかと言うと、“霧箱(きりばこ: cloud chamber)”の手法を用います(*3)。霧箱とは、内部を水蒸気で飽和した観測容器のことで、「宇宙線や放射線など高エネルギーの電磁波や物質が通過すると水がイオン化して雲が発生し、軌跡が肉眼で見える」という原理です。

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Figure 3が見本の一例ですが、左側はアルファ線という威力の強い放射線軌跡が“太くはっきりと”出ています。これによって“本来は目に見えないアルファ線という高エネルギー物質の存在”を可視化することができます。Figure 3右側はベータ線(電子線)の軌跡で見えにくいですが細くこまかい線がたくさん出ています。このようにその電磁波のエネルギー、電荷の大きさ、電離密度、などによって線の太さや長さに違いが出てきます。これを観察することで未知のエネルギーや物質の性質を分析することができます。

そして実際にアンダーソン博士が用いたウィルソン・チャンバーという霧箱の構造がFigure 4左側の図に描かれたような構造をしています。この中で霧箱の部分は中央の「Chamber」と書かれた部分で、直径16.5cm、深さ4cmという小さなものです。では周りの大部分は何かというと「ソレノイド(Solenoid)」というコイルを何重にも巻きつけた電磁石の構造から成ります。

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先程、霧箱本体のチャンバー部分は直径16.5cm×深さ4cmと言いましたが装置全体はFigure 4右側(*2)のようにかがんだ男性(アンダーソン博士)と同じくらいの大きなものになります。なぜこのような大きな装置になったかというと“チャンバーに磁界を付与するため”です。

ここで中学生の理科を思い出しましょう。「フレミングの左手の法則」というものがありました。忘れていた人もFigure 5を見れば大丈夫です。左手を出して中指が電流(I)、人差し指が磁界(B)、親指が力(F)でしたね。Figure 5中央図のように磁界があると、“その粒子の軌跡が曲がるかどうか/どちらに曲がるか、によって電荷がプラスかマイナスか0か”ということが分かります。またFigure 5右図のように磁界があると、“その軌跡の曲率によってエネルギーの強さ、または粒子が重いか軽いか”が分かります。
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このようにして実際のチャンバーで撮影された画像がFigure 6のようになります(*1)。この写真で白っぽい軌跡のような線が見えますが、これが“高エネルギーの粒子が通過して発生したイオンを捉えた写真”ということになります。太くぼやけて見える線は発生したイオンが拡散しているためで、“早い時期に通過した粒子”を表し、細く見える線はイオンがまだ拡散していないので“太い線よりも後に発生した粒子の軌跡ということを表しています。ただし、1枚の画像は0.025秒(1/40秒)の間の画像なので一瞬の間の出来事です。例えば、この写真の右(Figure 6右)の丸い軌跡は回転の向きや曲率から、4.8メガボルト(million volt)のエネルギーを持つ電子ということが分かります。

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この実験で分かったことは、プラスの電荷の粒子とマイナスの電荷の粒子を検出することができましたが、“プラスの電荷を持つ粒子が陽子の特徴と異なっていること”が次第にはっきりしてきました。Figure 7に示すのが磁界中の粒子の曲率とエネルギー損失(左)またはエネルギー(右)の関係です。既知の粒子で磁界の影響を受ける(電荷を持つ)ものは電子か陽子だけです。これら電子と陽子は電荷の大きさ同じくらいですが重さが約2000倍も違うので、磁界の中での曲率やエネルギー損失が大きく異なってきます(Figure 7)。そして“プラスの電荷を持つ粒子”は既知の粒子では陽子だけのはずですが、“観測されたプラスの電荷を持つ粒子”はこの陽子の質量とどうしても計算が合いません

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ここでアンダーソン博士はさらなる実験として、「鉛板を通過させる実験」を行いました。鉛板は放射線を遮蔽(しゃへい)する際にも用いられるもので“放射線や高エネルギー粒子を通しにくい性質”を持っています。宇宙線で地上に到達するものはエネルギーが高い(エネルギーの低いものは大気圏でカットされる)ので、それらを弱めるためには木やプラスチックではダメで鉛板が用いられました。

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この実験で得られるのがFigure 8のような画像です。Figure 8左は中央の水平な鉛板を一つの粒子が貫通していて、Figure 8右は2枚の鉛板を一つの粒子が貫通しているのが分かります。これによって“鉛板を通過する前後でどのくらいのエネルギーを失ったか”、また“エネルギー損失から粒子の質量やエネルギーの大きさが推測できる(Figure 7左)”ということが分析できます。


のような実験の中で得られた写真の1枚がFigure 9です(*4)。これを説明すると、まず見てわかるように中央に水平な厚さ6mmの鉛板があります。その中央部を一つの粒子が貫通した軌跡が鮮明に捉えられています。注意深く見ると鉛板の上と下で粒子の軌跡の曲率が異なっていて、下方の軌跡が直線的で上方の軌跡が曲率が大きいことが分かります。この曲率の違いから鉛板を通過する前後のエネルギーの差(エネルギー損失)を計算することができます。

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この画像から考えられる可能性を挙げると以下のようになります。

仮説1)この粒子は陽子である。
この場合、磁界の向きから陽子が下から上に鉛板を貫通してエネルギーを失ったと考えられます。しかし、6mmの鉛板を通過する際のエネルギー損失が陽子の特徴と合致しません。よってこの仮説は否定的と考えられました。

仮説2)この粒子は電子である。
この場合は、磁界の方向から電子が上から下に鉛板を貫通したことになります。しかし、曲率から考えると“貫通した後の方がエネルギーが高い(貫通して減速ではなく加速している)”ことになってしまいます。この仮説も物理法則からすると考えにくいです。

仮説3)この粒子はプラスの電荷を持つ電子である。
この場合、磁界の向きからプラスの荷電粒子が下から上に鉛板を貫通したことになります。そうすると、鉛板を通過する際に一定のエネルギーを失って減速したことで曲率の違いを説明することができます。また実際のエネルギー損失(63 million volt → 23 million volt)の大きさも電子の質量によく合致します。今までにない新たな粒子ということになりますが、この仮説が最も有力でした。


この粒子は今まで見つかってない新たな粒子ということになりますが、最終的に査読する科学者達にもこれは“プラスの電荷を持つ電子”という説が受け入れられ、1933年にその名の通り“The Positive Electron (*4)”というタイトルの研究論文として公表されました。そしてこれらは陽電子(ポジトロン:positron)として知られることになりました。これが初めて発見された反粒子/反物質です。このカール=アンダーソン博士はこの反物質(陽電子)の発見によって1936年にノーベル物理学賞を受賞しています(*6)。


反粒子/反物質 (antimatter) とは“電荷が反対で同じ質量の粒子”を表します(*5)。反物質の性質は物質と接触すると消滅します。実際に“電子”とその反粒子である“陽電子”が接触した場合、エネルギーを放出して消滅してしまいます。このため、もし陽電子が存在していても何かの物質と接触した瞬間に消えてしまいます。
ですから、反粒子や反物質は基本的には「この地球上に有るはずのない物質」と言えます。このため、この反物質が見つかったことは非常に高く評価されノーベル賞を受賞するに至りました。

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このことを形而上学的な観点からみると、「全てのものには対になるものが存在する」「全てのものには極性(polarity)がある」「全てのものには反対のペアが存在する」「正反対のもの同士は本質は同じ性質である」「全てと思っているものは実際は片方の側面でしかない」という法則が裏付けられたにほかなりません。この形而上学的な法則からすると「この反物質が存在することを何千年も前から説いていた」ことになり、「この世界はそのようにデザイン/設計されている」ということを示唆しています。そのような意味ではこの“反物質の発見”は人類にとって大きな進化の一歩であったかもしれません。


今回の研究で発見されたのは“陽電子(反電子)”ですが、もちろん“反陽子(antiproton)”も発見されています(*7)。その他のものにも反対の性質を持つペアの物質が発見されています。ただし、“電子と陽電子”、“陽子と反陽子”、“物質と反物質”これらはいずれも“物質”には違いありません。先に述べた「形而上学的な法則」からすると“物質”には“反物質”というペアが存在すると同時に、“物質ではないもの”も対応するものとして存在するはずです。このことを理解するのも宇宙の法則を理解するために必要不可欠でしょう。

そしてこの“反物質”には「その存在に意味があるのか」「何の目的があって存在している(または存在していない)のか」という疑問にぶつかります。しかし、その答えも人類の進化とともにいずれ明らかになるでしょう。この記事でもいずれ扱うことになると思います。


ところで最後に一つの疑問を提示しますが、Figure 9の画像ですがこの“陽電子”は“下から上に”飛んできています。宇宙線は上空から、つまり上から下に降り注いでいます。それなのになぜ陽電子は下から飛んできたのでしょうか。この現象の意味についてもまた解説したいと思います。


引用:
*1. Anderson CD. Cosmic-Ray Positive and Negative Electrons. Phys. Rev. 44, 406-416, 1933.
*2. Cowan E, “The Picture That Was Not Reversed”, Engineering and Science 46:2, 6-28, 1982.
*3. Clound chamber- Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Cloud_chamber
*4. Anderson CD. The Positive Electron. Phys. Rev. 43, 491-494, 1933.
*5. 反物質−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/反物質
*6. The Nobel Prize in Physics 1936.
https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1936/summary/
*7. CHAMBERLAIN, Owen, et al. Observation of antiprotons. Physical Review, 1955, 100.3: 947.

画像引用 
*a. https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ファイル:Blausen_0615_Lithium_Atom.png
*b. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/archive/1/1c/20200110203511%21Water_molecule_3D.svg
*c. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/05/Glucose.PNG
*d. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c9/Selenocysteine_skeletal_3D.svg
*e. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/76/Particle_Tracks_in_AWAN_Expansion_Cloud_Chamber.jpg
*f. https://flasheducation.co.in/question-answer/state-flemings-left-hand-rule

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No.048 アロマ(香り)と科学と形而上学

今までの記事はアロマセラピーやアロマヒーリングについて抗不安効果(*1, *2)、抗ストレス効果やリラクゼーション効果におけるエビデンス(*3, *4, *5)、そして自律神経の調整や脳波を短時間で切り替える効果(*6, *7)が示されていることを紹介してきました。
ここで、まずはアロマ(Aroma: 香り、芳香)がどのように作用するかを科学的な視点からみていきます。

人間の顔から頭部にかけての断面図をFigure 1に示します。鼻の穴から吸入した空気はその奥の鼻腔へと送られます。そして、鼻腔の上部には嗅神経(きゅうしんけい:Olfactory nerves)が張り巡らされており、そこで匂いを発する物質が感知されます(*8)。

この嗅神経(Olfactory nerves)は鼻腔の上部にある篩板(しばん:Cribriform plate)を越えて頭蓋の中につながっています。嗅神経は頭蓋内(前頭葉の下面)にある嗅球(きゅうきゅう:Olfactory bulb)という脳神経につながっています。

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そしてFigure 2に示すように、嗅球(Olfactory bulb)から神経繊維でつながっているのは梨状皮質(りじょうひしつ:Pyriform/Piriform cortex)嗅結節(きゅうけっせつ:Olfactory tubercle)扁桃体(へんとうたい:Amygdala)嗅内野(きゅうないや:Entorhinal cortex)へと神経刺激が伝達されます(Figure 2右側の青い部分, *9)。

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梨状皮質/嗅結節/扁桃体/内嗅野へと伝えられた刺激は眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ:Orbitofrontal cortex)視床(ししょう:Thalamus)視床下部(ししょうかぶ:Hypothalamus)へ伝達され、脳の高次機能を司る領域で処理されます。そして一部は記憶を司る海馬体(かいばたい:Hippocampal formation)へと投射され、記憶や体験とも関連づけられます。

一般の読者にとっては初めて聞く脳内器官が多く、場所が想像しにくいと思いますがこれらを3次元的に見るとFigure 3のように表されます(画像引用*b)。鼻腔の嗅神経で感じた匂い刺激は嗅球(Olfactory bulb)を通り、梨状皮質(Piriform cortex)扁桃体(Amygdala)内嗅野(Entorhinal cortex)を経て、一部は海馬体(Hippocampal formation)へ、そして視床(Thalamus)を経て眼窩前頭皮質(Orbitofrontal cortex)というルートを通ります。

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そして、“匂い”を感じる嗅覚のシステムは“記憶”を司る海馬体と密接なつながりがあります。Figure 4に海馬体を中心としたネットワークを示していますが、図にあるように中心の海馬体と嗅内野(Entorhinal cortex)に直接的なつながりがあり、近くにある嗅周皮質(きゅうしゅうひしつ:Perirhinal cortex)も嗅内野や海馬と直接つながっています (*10)。
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これらは“匂い”を知覚すると“記憶”のネットワークと連動することを意味しています。なので、例えば「カレー」の匂いを嗅ぐとカレーライスの匂いだけではなく「食べた記憶」「味の記憶」「食べた後の消化反応」が記憶として想起されるので、「唾液が分泌される」「胃が動き始める」「お腹が鳴る」「空腹感を感じる」といった一連の自律神経反応を引き起こすことにつながります。

また、これらの嗅内野や海馬体などへ伝達された匂いの刺激は大脳皮質の連合野(Association area)へと伝えられます。これらはまだ詳細な部分までは分かっていませんが、その刺激が「心地よい」か「不快か」、「好き」か「好きじゃない」かなど、情報を統合した上でより高次の思考処理を行なっていると考えられています。


例として、目隠しをして「コケ」や「土」の匂いを嗅いだ場合、多くの人は「木が茂った森の中」や「コケの生えているような木陰に囲まれた場所」をイメージすると思います。ここまでは「匂い」「知覚」「分析」「記憶」といったステップを経ることは多くの人で共通していると考えられます。

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しかし、「苔や土の匂い」を嗅いで「木陰を散策・森林浴」を想像して「心地よい・癒される」と感じる人もいれば、「土は汚い・野生動物やヘビ」などを想像して「嫌い・心地良くない」と感じる人もいるでしょう。このような一次的な知覚情報だけではなくそれに伴う記憶や個人の嗜好などを統合して気分と結びつけているのが大脳の眼窩前頭皮質や連合野と考えられます。


しかし、科学的に言えることはここまでで、それ以上のことは分かっていません。上に挙げられた“匂い”の神経伝達経路は、「解剖学的に嗅神経が脳のどの部位につながっているか」あるいは、「匂いを感じた際に脳機能画像でどの部位が活性化しているのか」という情報までです。

Figure 6に示すように、科学の発達によって脳細胞を顕微鏡的に観察することも可能ですし、分子生物学的に分子レベルで物質の代謝メカニズムを解析することも可能です。そして生きた人間でも脳波を測定したり、リアルタイムで脳の活性化部位を視覚化するfunctional MRIという技術も用いることが可能です。もちろんまだ他にも最先端の科学技術を用いた計測機器は数多く存在します。

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しかし、現時点においてこれまで紹介してきたエビデンスでは“気分”や“感情”を評価する方法は「自己申告によるスコア採点」が大部分を占めています。例えば、“匂い”や“香り”によって起こり得る気分の変化にはどのようなものがあるかというと、“心地よい: pleasant”、“幸福な:well being”、“うんざり:disgusted”、“ワクワクする:excited”、“腹立たしい:angry”、“ロマンチックな:romantic”、“落ち着いた:relaxed”等々、様々な気分や感情が挙げられます。


ただ、これらは非常に漠然としており曖昧なものであるため“科学的な検証が困難”な領域でもあります。そんな中で“匂いや香りによって引き起こされる気分や感情の変化”を分類した研究も出てきました。スイス・ジュネーヴ大学のChrea氏による研究が「Mapping the semantic space for the subjective experience of emotional responses to odors.(匂いに対する感情的反応の主観的経験の意味空間マッピング *11)」というもので、タイトル通り匂いから誘発される感情を分類した研究です。この研究が2009年なのでこのような漠然とした科学で捉えにくい領域の研究は科学技術的な領域に比べて遅れている印象があります。

これによるとFigure 7に示すように大きな分類として「Happiness and Well-being(幸せ/幸福感)」、「Awe/Sensuality(畏敬/官能)」、「Disgust/Irritation(嫌悪/苛立ち)」、「Soothing/Peacefulness(癒し/安らぎ)」、「Energizing/Cooling(活力/落ち着き)」、「Sensory/Pleasure(感覚/喜び)」といったグループ分けがされ、その中に様々な感情が細分類化されています。
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これらの“気分”や“感情”はその大きさや量に関しては、これまで紹介してきた学術論文でどのように評価されてきたかと言うと、Figure 8に示すようにビジュアル・アナログ・スケール(VAS: Visual Analog Scale)というものやこれに準じた評価尺度が主流です。

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この評価方法は、被験者の人に「あなたが感じた気分のスコアを0から10の間で表現してください」という極めてシンプルな方法です。この評価方法を見て読者の方々はどう感じますか?科学的だと思いますか?
科学研究では「客観性」や「再現性」が重要視されます。Figure 9下段のように「血圧」は「血圧測定器」を用いれば正確に計測することが可能であり、「脳波」も「脳波計」を用いることで客観的なデータが得られます。

これに対して“気分や感情(Mood and Emotion)”の評価はまず「客観的」か「主観的」かというと完全に「主観的」な手段です。そして「観測可能か」という点においては、「その人がどの程度幸福感や怒りを感じているか」ということを計測できる機械はありませんので“気分や感情”は「観測不能(Undetectable/Unmeasurable)」ということになります(Figure 9上段)。「検証可能か」と言う点においては、例えば「その人の"Pleasant"が8点ということを裏付けることができるかどうか」という点で「検証が不可能(Unverifiable)」と言えます。

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そして「定量性」という点で見ると、Figure 9左上のように「アロマAの“Romantic”が2点、アロマBの“Romantic”が7点、A+Bをブレンドすると足して9点になるか?」というともちろんそうはなりません。つまり、「このスコアに定量的な意味はない/不可算である(Uncountable)」ということになります。

また「比較可能か」という点で見ると、「Aさんの“Pleasant”は6点でBさんの“Pleasant”は7点だから、Bさんの方がAさんより“Pleasant”であると言えるか?」と聞かれると単純にその通りとは言えません。厳密にはこれらは比較できない(Uncomparable)ものです。

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これらを見ても分かるように“アロマを嗅いでその気分を評価する”という研究は、“感情という定義”も“Visual Analogue Scaleによる主観的アナログ評価”も“全く科学的とは言えない”ということが分かると思います。
しかし、今まで過去のアロマセラピーに関する学術研究を批判しているわけではありません。何故なら、“科学的にこれらの研究を行うのは現在のやり方が限界”であるためです。むしろこのような科学的に捉えられない現象を科学的な学術雑誌に掲載するに至ったこれまでの研究者達に敬意を払っています(*1, *3, *4, *6, *9, *11)。そしてこのような科学的に証明しにくい研究を採択した学術誌も大きく進歩していると思われます。


ではなぜ、今まで科学的に証明しにくいものの研究が遅れていたかと言うと、我々が「見えるものしか信じない」「形あるもの触れるものしか存在しない」「科学的に証明されたもの以外は存在しない」と「思い込んでいた」からです。但し、20世紀にアインシュタインが登場し相対性理論を発表し「時間も空間も“絶対的”ではない」と古典物理学を覆します。その後また別の科学者達は「宇宙には見ることも観測することもできない“何か”がある」ことに気がつきました。この“見えない何か”は過去の記事で紹介しているので読んでない方は読んでみてください(*12, *13)。

むしろ宇宙には“我々に見えないものの方が多く存在し”、我々地球人も“科学的に証明されていない/見えない何か”に囲まれながら生活している、という事実に一部の人々が気付き始めました。
“意識”というのもその一つであり、我々は“意識だけで外界に変化がおこるはずがない”と思い込んでいましたが、“意識は量子と相互作用する”という事実も既に過去の記事で紹介している通りです(*14, *15)。

ではこのような“意識”、“感情”、“見えない領域”これらは科学的に捉えることができないとしたらこれらを扱う手段は何なのでしょうか。その方法が「形而上学(けいじじょうがく):Metaphysics」です。先程言ったように過去の世の中では「見えるもの触れるもの形あるものしか信じない」という社会通念がありました。それは言い換えると「分子や物質など形のあるものしか扱わない(扱えない)学問」すなわち「形而下学(けいじかがく)」として発達してきました。つまり我々の知っている「科学」=「形而下学」なのです。

このため、「形而下学で扱えないこと」すなわち「気持ち」「感情」といったことから「」といった漠然とした概念や証明できないものは科学の発展に比べると大きく取り残されてきました。しかし実はこれらを扱える領域が「形而上学:Metaphysics(形のないもの、形を越えた領域を扱う学問)」と言えます。
これまでのアロマオイルの効果に関する研究から、これらは感情や気分といった部分に作用し不安解消やリラクゼーションによって血圧を下げたり自律神経を整える効果があるようです。言い換えると、アロマオイルやエッセンシャルオイルは“気分”、“感情”といった形而上学的な領域に作用を及ぼし、そこから“身体的”、“物理生理学的”な領域に良い作用をもたらすと言えます(Figure 11)。

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これまでの医薬品の場合は「血圧を下げる薬」を例に挙げると「心拍数を下げる薬」「血管収縮筋を緩める薬」「循環血液量を減らす薬」といった具合に、「物理的に血圧を下げる」ことにフォーカスされてきたと言えます。裏を返すと、「血圧の薬をいくら飲んでも幸福感や心の癒しを得られるわけではない」ということであり、実際にその通りです。

これに比べるとアロマセラピーやヒーリングで用いられるアロマオイルは、これまでのエビデンスから「抗不安作用/抗ストレス作用/リラクゼーション効果」が大きいことが分かっています(*1, *3, *4, *6)。気分を落ち着かせることによって「自律神経の安定化/心拍数減少/血圧低下/安眠」といった身体的効果ももたらしています。量的にも吸入というごく僅かな量で効果をもたらすので、内服薬のように全身に一定濃度を保って効果をもたらす薬剤とは作用機序が異なると考えられます。どちらかというと「身体臓器への直接作用というよりも、感情や気分といった形而上学的な領域への作用が中心的」と考えられます。

またアロマ/エッセンシャルオイルの特徴として「天然の植物から精製され」「非常に微量で効果が得られ」「重篤な副作用がなく」「精神的な領域にも良い効果をもたらしてくれる」とても有益なものと言えます(この記事は製薬会社ともアロマ製造会社とも利益相反はありません)。
もちろん、例に挙げた降圧薬は現在でも多くの人に提供されており、それによって多くの人々の健康に貢献しています。しかし、我々は「物質的な身体のみで生きている」わけではなく「気持ちや感情といった形而上学的な側面」も持っています。「物質的・科学的な部分」だけに注意を向けるのではなく、「見えない領域、形のない領域、形而上学的な部分」に意識を向け、この領域にも効果的なものを利用していく方がバランス良く生活できると思います。先に示したように「宇宙論」でも「量子力学」でも私たちの過去の常識は覆されており、我々も日常生活レベルで形而上学的な領域に目を向ける時期なのかもしれません。

今回も取り上げた「香り: Aroma」は思っている以上の効力を持っているかもしれません。但し、合成香料や香水ではなく“天然のエッセンシャルオイル”であることが重要なのでそこを間違えないように試してみてください。


引用:
*1. Wilkinson MS, et al. Effectiveness of Aromatherapy Massage in the Management of Anxiety and Depression in Patients With Cancer: A Multicenter Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol 25:532-539. 2007. https://ascopubs.org/doi/10.1200/JCO.2006.08.9987
https://note.com/newlifemagazine/n/na9b1dcba056e
*3. Bicer S and Demir G. The Effect of Aromatherapy Inhalation on Fatigue Level in Individuals Undergoing Hemodialysis Therapy. International Journal of Caring Sciences 2017, 10 (1) 161-168.
*4. Bae I, et al. Effects of aromatherapy essential oil inhalation on the stress response after exposure to noise and arithmetic subtraction stressor: randomized controlled trial. Int J Clin Exp Med 2018;11(1):275-284
*6. Sayorwan W, et al. The Effects of Lavender Oil Inhalation on Emotional States, Autonomic Nervous System, and Brain Electrical Activity. J Med Assoc Thai 2012; 95 (4): 598-606, 2012
https://note.com/newlifemagazine/n/n632de7c797fa
*8. Olfactory nerve system- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Olfactory_system
*9. Purves, D., et al. (Eds.). (2004). Neuroscience (3rd ed.). Sinauer Associates.
*10. 脳科学辞典−海馬.https://bsd.neuroinf.jp/wiki/海馬
*11. Chrea, C., et al. (2009). Mapping the semantic space for the subjective experience of emotional responses to odors. Chemical Senses, 34(1), 49-62. https://doi.org/10.1093/chemse/bjn052
https://note.com/newlifemagazine/n/n594654ee1eb3
https://note.com/newlifemagazine/n/ned28052f0b6b
https://note.com/newlifemagazine/n/nf11ac38b370a
https://note.com/newlifemagazine/n/n19342d9a4f56

画像引用
*a. https://en.wikipedia.org/wiki/File:Head_Olfactory_Nerve_Labeled.png
*b. Murphy, C. Olfactory and other sensory impairments in Alzheimer disease. Nat Rev Neurol 15, 11–24 (2019). https://doi.org/10.1038/s41582-018-0097-5
*c. https://bsd.neuroinf.jp/wiki/ファイル:海馬1.png
*d. https://pixabay.com/photos/ Image by Leandro De Carvalho from Pixabay
*e. https://bsd.neuroinf.jp/wiki/ファイル:海馬2.png
*f. https://en.wikipedia.org/wiki/10–20_system_(EEG)#/media/File:EEG_10-10_system_with_additional_information.svg
*g. https://en.wikipedia.org/wiki/Electroencephalography#/media/File:Spike-waves.png
*h. https://www.irasutoya.com/
*i. https://www.freepik.com/free-photo/ Image by andreas

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No.047 アロマが脳波と瞑想にもたらす効果

これまではアロマセラピーについての抗不安効果が世界的権威のある学術誌で取り挙げられ (*1)、抗ストレス効果やリラクゼーション効果もエビデンスが示されていることを紹介しました(*2)。


今回もアロマに関する研究ですが、アロマオイル/エッセンシャルオイルが脳波にどのような影響をもたらすか、という点について科学的な知見を解説していきます。

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最初の研究は「The Effects of Lavender Oil Inhalation on Emotional States, Autonomic Nervous System, and Brain Electrical Activity(ラベンダーオイルの吸入が感情状態、自律神経系、脳の電気活動に及ぼす影響、*3)」というタイトルで、タイ・バンコクの大学から発表されたものです。

研究の対象としては、標準的な体型(BMI: body mass indexが20前後、一般的に18.5〜25が普通体重)の人、嗅覚異常や重病歴の無い人、年齢が18歳〜35歳(平均23.3歳)、男女10人ずつ計20人が選ばれました。

用いたアロマ(エッセンシャル)オイルはラベンダーオイル(Lavendula angustifolia: 真正ラベンダーとも呼ばれる*4)で、希釈用のオイルとしてはスイートアーモンドオイルが使用されました。スイートアーモンドオイルとは、良い香りがしそうな名前ですが、無臭でありエッセンシャルオイルを希釈するためのキャリアオイルとして一般に使用されるものです(*5)。ですので、ラベンダーオイルの効果と比較するための無臭のオイル(対照/コントロール)として使用されたものと考えてください。

アロマの投与方法は、参加者に酸素マスクのようなマスクを着用してもらい、そのマスクに酸素の代わりに10%希釈したラベンダーオイル1mlの気化した空気を流して吸入してもらいました。
自律神経系(ANS: autonomic nervous system)の評価として、血圧、心拍数、皮膚温度、呼吸数が記録されました。

気分(emotion) の評価としてはGEOS (Geneva Emotion and Odor Scale, *6)という“匂いと気分”に関する国際的評価基準が用いられました。
気分の評価方法は、前回も紹介したVAS (visual analogue scale: 下図)スケールという10cmのバーの任意の場所(0:Min〜10:Max)に印をつけてスコア化する手法が用いられました。気分の種類は、快い感情(気分が良い feel good)、不快な感情(気分が悪いfeel bad)、不快な uncomfortable、嫌悪感 disgusted、イライラ frustrated、ストレスを感じる stress、官能性(ロマンチックな romantic)、 リラクゼーション(リラックス relax、穏やか calm、眠いdrowsy)とリフレッシュ(リフレッシュfresh、元気active)という各項目がスコア化され解析されました。

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脳波測定(EEG: electroencephalography)については国際的な10-20システムという標準化された方法に基づいて計測されました(Figure 3, *7)。電極の分布は前頭葉(F: frontal)、側頭葉(T: temporal)、後頭葉(O: occipital)、頭頂葉(P: parietal)、中央部(C: central)が全体的に網羅されています。

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最初の自律神経状態(ANS)と気分の評価の実験セッションは3つのパートで構成されました。

I-1)安静時(rest)測定(10分間):10分間何もせずにリラックスし、その間の自律神経状態(ANS)の計測、終了時の気分状態の評価(参加者の自己評価)を計測。

I-2)スイートアーモンドオイル(SO)吸入実験(20分間):無臭のキャリアオイルであるスイートアーモンドオイルのみを吸入してもらい、その間の自律神経状態の計測、終了時の気分状態の評価(参加者の自己評価)を計測。

I-3)ラベンダーオイル(LO)吸入実験(20分間):ラベンダーオイルを無臭のSOで10%濃度で希釈したオイルを吸入してもらい、その間の自律神経状態の計測、終了時の気分状態の評価(参加者の自己評価)を計測。


続いて脳波測定(EEG)実験は初回実験から7日後に4つのパートに分けて行われました。
II-1)開眼時の脳波測定(7分間)
II-2)閉眼時の脳波測定(7分間)
II-3)スイートアーモンドオイル(SO 100%)のみ吸入して脳波測定(7分間)
II-4)ラベンダーオイル(LO: 10%濃度、90% SO)を吸入して脳波測定(7分間)
まず自律神経状態(ANS)の結果はどうだったかというと、Figure 4に示すような結果となりました。各条件(rest, SO, LO)の計測値が記されていますが、右から2列目を見ると安静時とSO吸入時の比較(rest vs. SO)が示されていて、p-valueが小さいほど統計学的に差があると言えます。

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こうして見るとSO吸入時でも心拍数(Heart rate)と呼吸数(Respitatory rate)で明らかに低下していることが示されています(下線部)。
また、Figure 4の一番右側の列にはSOのみ吸入した状態とラベンダーオイルを吸入した状態の比較(SO vs. LO)が示されています。これを見ると、SOの時よりもさらに収縮期血圧(SBP, p<0.001)、拡張期血圧(DBP, p<0.001)、心拍数(HR, p<0.001)、皮膚温(ST, p=0.001)において統計学的に明らかな変化が起こっていることが分かります(下線部)。自律神経の反応からも、ラベンダーオイルによって血圧低下や心拍数の減少といったリラクゼーション反応がもたらされていることが数値に表れています。


次に気分の変化の解析結果ですが、Figure 5のような結果となりました。
こちらも解説していきますが、右から2列目が安静時とスイートアーモンドオイル(SO)吸入時の比較(rest vs. SO)です。下線部が統計学的に有意差がある項目ですが、青色の下線部分は「気分が悪い方へ変化している」ことを示しています。SO単独吸入によってGood(気分が良い):低下、Bad(気分が悪い):上昇、Drowsy(眠気):上昇、Fresh(リフレッシュ):低下、という変化でした。これはスイートアーモンドオイルが不快な匂いがするわけではないと思いますが、言ってみれば、「ただのぬるい味のない水を飲んだ時」を想像してもらえると、あまり心地良くない気分が理解しやすいのではないかと思います。

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これに対してFigure 5一番右側の列、SOのみ吸入時とラベンダーオイル吸入時の比較(SO vs. LO)に着目すると、"Good"、"Active(活動的)"、"Drowsy(眠気)"、"Fresh"、"Relax(リラックス)"の6項目において明らかに差が出ており、いずれも良い方向に変化していることが示されています(赤下線部)。


そして脳波の解析をFigure 6に示します。
Figure 6左側を見るとシータ波(Theta)アルファ波(alpha 1, alpha 2)、ベータ波(beta)といった脳波ごとのパワーが部位別に並べられています。右から2列目のSO単独吸入時ではほとんど変化なし、あるいは低下した(青下線部)、1箇所のみ上昇した部分(赤下線部)が見られましたが、一貫した傾向は特に見られません。
これに対してFigure 6一番右側の列を見ると、ラベンダーオイル吸入時にシータ波、アルファ1波、アルファ2波、において脳全領域でパワーが増強していることが分かります(赤下線部)。これは非常に分かりやすい変化で、誰がどう見てもラベンダーオイル吸入によって脳波に明らかな変化がもたらされていることが分かるデータとなっています。

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この研究論文で公表されている脳波画像ではFigure 7(アルファ波解析結果)のようになりますが、これを見ても通常の閉眼時、SO吸入時、ラベンダーオイル吸入時の違いは一目瞭然です。
ちなみにSO条件でもLO条件でもベータ波には明らかな変化は見られませんでした。


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この研究結果から、「ラベンダーオイルは吸入するだけで、気分の落ち着き・リラクゼーション効果が得られ、その効果は自律神経の調節にも良いリラックス作用をもたらし、脳波では脳全体のアルファ波、シータ波の増強・活性化を促す」ということが言えるようです。


続いて最近の脳波とアロマに関する研究をもう一つ紹介します。タイトルは「Effects of inhaling essential oils of Citrus limonum L., Santalum album, and Cinnamomum camphora on human brain activity.(レモン、サンダルウッド、クスノキのエッセンシャルオイル吸入がヒトの脳活動に及ぼす影響, *8)」という研究で2023年、つい最近日本から報告された新しい研究です。

端的に実験概要を説明すると、24名の健康的な男性被験者(平均年齢21.8歳)に一定のデスクワーク(パソコン作業)を行わせ、その作業ストレス付加時にアロマオイルを吸入し、作業効率や脳波にどのような影響が現れるか、というものです。
与えられたタスク(パソコン作業)は“2-back作業記憶タスク(*9)”というもので、“文字が1文字ずつ表示され、○個前と同じ文字が現れたら一定の操作を行う”という“単純な認知と判断を繰り返す作業”です。

アロマオイルはアゴに固定されたコットンに各エッセンシャルオイル [レモン、サンダルウッド、クスノキ、シャム (後述) ] を塗布して吸入されました。シャム(sham)とは“見せかけのもの”といった意味でここでは“アロマオイルを含まない溶媒だけの液体”を指します。具体的にはジプロピレングリコール(DPG, *10)という化粧品等によく使われる溶媒で、先の実験のスイートアーモンドオイルのような役割と言えます。
実験の流れは以下の通りです。
1. 安静(1分間): 参加者は目を開けたままリラックス。
2. 吸入前タスク(2分間): 文字 2-back 作業記憶タスクを実行。
3. アロマ吸入(2分間):仕事休止、エッセンシャルオイル吸入。
4. 吸入後タスク(2分間): 再度文字 2-back 作業記憶タスクを実行。
各期間で脳波が計測され、この研究でも国際的な10-20システム(*7)に基づいて計測されました。

結果の方ですが、まず被験者らのアロマに対する好みはFigure 8左のようになりました。レモン/サンダルウッド/クスノキの中ではレモンが一番好まれる結果となりました。20歳頃の男性からすると最も馴染みがあって人気なのは予想通りかもしれません。

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次に2-back作業記憶タスクの効率を示したのがFigure 8右に示されています。“d'スコア”というのは高いほど仕事の正確性や正答率が高く、3種のアロマ+対照の中では「レモンオイル吸入後が有意にd'スコアが高かった」という結果になりました。

脳波の解析結果はFigure 9のようになりました。この図は脳波信号[デルタδ波 (0.5 ~ 4 Hz)、シータθ波 (4.5 ~ 7.5 Hz)、アルファα波 (8 ~ 12.5 Hz)、ベータβ波 (13 ~ 30 Hz)、ガンマγ波 (30.5 ~ 40 Hz)]を解析し、有意に強くなった部位を赤で示し、その部位を平均的な脳MRI画像に投影したものです。
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この結果(Figure 9左側)を見ると、シャム(溶媒のみ)でもアルファ波、シータ波、デルタ派において前頭葉の一部に活性化が見られるようです。過去の紹介記事(*2)でもあったように「ただ大きく深呼吸するだけでも一定のリラックス効果が得られる」ということかもしれません
Figure 9中央はレモンのエッセンシャルオイル吸入後0-30秒、30-60秒の脳波を解析したものです。レモンの場合は開始後30秒以内に前頭葉の広い範囲でアルファ波、シータ波、デルタ波の活性化が見られることが分かります。ここでは省略していますが、120秒後までアルファ波の増加が見られたことが確認されています。

Figure 9右側はサンダルウッド吸入後の脳波の変化です。サンダルウッドの場合は吸入後60-90秒後に前頭部でベータ波とガンマ波の増加が見られました。クスノキのエッセンシャルオイルはこの実験では脳波における有意な変化は見られなかったとのことです。



今回紹介した2つの研究の要点は以下のようになります。
・ラベンダーオイルは気分を落ち着かせ、ポジティブに変化させる
・ラベンダーオイルは自律神経も安定させ、整える効果がある
・ラベンダーオイルは脳全域でシータ波、アルファ波を増強させる
・レモンオイルは記憶作業タスクのパフォーマンスを向上させる
・レモンオイルは吸入後速やかに前頭葉中心にアルファ波/シータ波/デルタ派を増強させる
・レモンオイルはアルファ波の増強を長く持続させる
・サンダルウッドは前頭葉でベータ波/ガンマ派の増強が見られた
ここで脳波の種類について簡潔に説明します(*11)。周波数は先の研究(*8)に従っていますが、細かい範囲は文献により異なりますが大きくは違わないので気にしないでください。

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・デルタδ波 (0.5 ~ 4 Hz):徐波睡眠、ノンレム睡眠(*12)、深い眠り、深い瞑想
・シータθ波 (4.5 ~ 7.5 Hz):半覚醒、想像、瞑想、記憶形成
・アルファα波 (8 ~ 12.5 Hz):知覚鋭敏、集中、高効率、学習、冷静
・ベータβ波 (13 ~ 30 Hz):覚醒、精神活動、葛藤、問題解決、判断
・ガンマγ波 (30.5 ~ 40 Hz):神経同期、並行情報処理、感覚結合
まだ未知の部分もありますが、大まかに説明して上のように覚えてもらって良いと思います。この中で一般的に瞑想時の脳波としてはシータ波やアルファ波が多いとされています。より深い深層意識を使う時はデルタ波などとも言われています。対して、日常の意識はベータ波が優位とされており、特に瞑想など日頃意識してない人はほぼベータ波が支配的と考えて良いでしょう。


こうして今回紹介した研究を振り返ってみると、ラベンダーオイルやレモンオイルは吸入して短時間のうちに脳波に変化をもたらし特にシータ波やアルファ波を増強させることができます。それはつまり、「吸入して短時間で瞑想に適した脳波状態へと誘導してくれる」効果があると言えます。

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アロマオイル、特に質の良いエッセンシャルオイル(精油)は不安症状や抑うつを改善するだけではなく、気分をポジティブな方向に変化させリラクゼーションや活力を与えてくれます。それは精神的な気分だけではなく、血圧/心拍数/体温といった自律神経の緊張状態も解きほぐしてくれます。
さらに今回の2つの研究で示されたように「アロマオイルはその香りを嗅ぐだけで即座に脳波を切り替える」ことができます。「気分を良くさせ、自律神経を介して身体のリラックスをもたらし、アルファ波やシータ波を高める」これは瞑想をする上では使わない手はありません。職場で集中して作業効率を上げたい時はレモンオイル、ゆったりした気分で部屋で深い瞑想を行う時はラベンダーオイルなどと使い分けてみるのも良いですね。もちろん他にも数多くのエッセンシャルオイルが入手可能ですし、香りは個人によって感受性(好き嫌い/合う合わない)も様々なので、いろいろと試してみるのが良いと思います。ちゃんと科学的根拠も示されたので、瞑想の効果を高めるために是非使ってみてください。


引用:
https://note.com/newlifemagazine/n/na9b1dcba056e
*3. Sayorwan W, et al. The Effects of Lavender Oil Inhalation on Emotional States, Autonomic Nervous System, and Brain Electrical Activity. J Med Assoc Thai 2012; 95 (4): 598-606, 2012
*4. 真正ラベンダー Lavandula angustifolia-エルバエルヴェティカ日本総代理店HP
 https://www.esters.co.jp/plants/エッセンシャルオイル-d-l/lavandula-angustifolia-真正ラベンダー/
*5. キャリアオイル−Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/キャリアオイル
*6. Chrea C, et al. Mapping the semantic space for the subjective experience of emotional responses to odors. Chem Senses 2009; 34: 49-62.
*7. 10–20 system (EEG)- Wikipedia. https://en.m.wikipedia.org/wiki/10–20_system_(EEG)
*8. Ueda K, et al. Effects of inhaling essential oils of Citrus limonum L., Santalum album, and Cinnamomum camphora on human brain activity. Brain and Behavior 13.2 (2023): e2889. doi: 10.1002/brb3.2889
*9. Nバック課題−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/Nバック課題
*10. ジプロピレングリコール(DPG)−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ジプロピレングリコール
*11. Sowndhararajan K, et al. Influence of Fragrances on Human Psychophysiological Activity: With Special Reference to Human Electroencephalographic Response Sci. Pharm. 2016, 84, 724–751; doi:10.3390/scipharm84040724
*12. レム睡眠/ノンレム睡眠−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/レム睡眠#ノンレム睡眠
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