No.021 “遠隔ヒーリング”は科学的に証明できるか?

今回は、その界隈ではよく知られる“遠隔ヒーリング”に関して科学的検証をしてみます。よくご存知ない方もいると思いますので簡単に説明すると、“遠隔ヒーリング”とは“レイキ”などといった“精神的/肉体的癒し”を何キロも離れた遠隔のクライアントへ送るという施術行為とされています。

もちろん「レイキやヒーリング自体を信じてない」「離れた相手に癒しを送るなんてバカバカしい」と一蹴する方も世の中には多いと思います。ただし、世の中にはこの“遠隔ヒーリング”が廃れることもなく行われ続けているというのも事実です。そして真剣に研究している科学者も世界中にいます。そこで今回はこの実現性について真面目に科学的観点から解説していきます。

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まず今回の研究論文を紹介する前に“量子物理学”について少し解説します。

量子力学(原子より小さな素粒子等)の世界は、我々の日常の物理化学では想像できない奇妙な現象が起こります。代表的な有名なものに「シュレーディンガーの猫(*1)」というものが挙げられます。有名すぎるので詳細は割愛しますが「箱の中の猫は50%生きていて50%死んでいる」という“奇妙な状態”が量子物理学では存在します

“ある量子の状態は測定するまで複数の状態を保持している観測した瞬間にその結果が決定する結果は観測という行為によって生ずる”という現象が量子の世界では当たり前のように起こります。初めに「」と認識しておいてください。
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次に“量子もつれ(Quantum Entanglement, *2)”について説明します。“量子もつれ”とは本来は専門家による解説が必要かもしれませんが、私の言葉で非常に簡単に説明すると「関連性を持つ量子のペアやグループにおいて、片方の量子を測定するともう片方の量子の測定結果も決定される」「この量子のペアはどれほど空間的に離れていても測定された結果は常に同じように決定される」という性質です。


例えるならば、「ある双子の片方がアメリカで『カレーが食べたい』と思った時、同時に日本にいたもう片方の双子も『カレーが食べたい』と考えていた」、「インドにいる双子の片方が怪我で右手にアザができた時、ブラジルにいるもう片方の双子の右手にもアザができている」というようなシンクロ現象が量子同士の世界では正確に起こり、“量子もつれ”の関係と考えられています(より詳しく知りたい方は解説されているブログや資料を読んでみてください *3, *4)。量子の世界では「片方の性質が決定すると、どんなに離れた関係ない場所にあろうと、量子もつれの関係にあるもう片方の性質も決定される」という法則(*2)を覚えておいてください。


以上のような“量子力学の非常識的な性質”を踏まえた上で、本題の研究を紹介します。タイトルは「培養された線維芽細胞の再増殖における“量子もつれ”の効果(*5)」で2021年9月にドイツの研究者から発表されたばかりの論文です。この研究で用いられている装置は“90.10CUBE”という装置の周辺にトーラス・フィールド(*6)を発生させる量子エネルギー生成装置メキシコのとある都市の研究所に設置されているようです。


実験対象となるのは培養された線維芽細胞(せんいがさいぼう)で、これは実験によく用いられる人体にありふれた細胞で、傷が治る際などに分裂・増殖して組織を修復する役割の細胞です。この線維芽細胞の増殖・活性化によって傷の治りが早かったり遅かったりします。この実験対象の細胞はドイツの研究施設にあります。細胞培養のシャーレ(容器)をA, B, Cの3種類用意し、Aの位置に対応する写真(細胞の無い容器だけの写真)とBの位置に対応する写真(予め容器に線維芽細胞が充満している写真)をメキシコに送り、量子装置の近くに写真を設置します。Cのシャーレはコントロール(比較対照)のため、写真も撮らずA/Bと同じ環境で細胞を培養するだけです(図2)。尚、AとBは用意する写真は異なりますが、細胞を培養する条件は全く同じです(Cも同様)。

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“細胞の増殖と再生の早さ”を測定するために、最初に容器に細胞を撒く際に中央に一定のすき間を作っておきます細胞の増殖や活性化が活発なほどすき間は早く塞がり、活性化が低ければすき間は広く残ります。A/B/Cを上の条件で24時間培養を行い、同じ場所で3回ずつ/場所を8通り変化させ、計24回の計測が行われ、その結果が解析されました。


実験のやり方をまとめると、
・メキシコの量子エネルギー装置近傍に実験対象の写真をセットする
・量子エネルギー装置といっても具体的に電磁波などを送るわけではない
・二つの研究所は約8600km離れた場所にある
・対象となる細胞に対応する場所の“写真”のみが情報として与えられている
・“写真”以外には装置と培養細胞のつながりは何もない
この状態で「ドイツの培養細胞に何か変化が起こるか?」という研究です。


実験対象のA/B/Cの細胞の結果は図3のようになりました。
まずCの細胞(比較対照)を見てみると、中心部にすき間がまだかなり残っていて細胞の増殖があまり活発ではないことが分かります。

次にAの細胞(装置に同じ場所の空の容器の写真を設置)を見ると中心のすき間が狭くなっており、左右から細胞が増殖しているのが観察されます。

そしてBの細胞(装置に同じ場所の細胞充満した容器の写真を設置)を見てみると、全体に細胞で覆われほとんどすき間が塞がっていることが分かります。人体であれば“傷が早く治る”という状態と考えられます。
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次に24回分の細胞移動距離の計測結果を図4に示します。やはり細胞が活発に活動しているほど分裂/増殖/移動距離の程度が大きくなるため活性化の指標として用いることができます。グラフを見るとまずCのコントロール群(灰色丸)は全体に低いのが分かります。次に高いのはAの“空の容器の写真を設置した”グループ(緑丸)で、最も活発に移動したのはBの“細胞が充満した写真を設置した”グループ(赤丸)となりました。

各郡で比較してみると、C群(灰色丸)に対してA群(緑丸)は29.1%(±9.3%)増B群(赤丸)は37.8%(±8.9%)増統計学的にも有意に高い活性を示していました(p≤0.01)
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実験結果をまとめると、
・A/B/Cの3つの培養細胞に明らかな差が生じた
・装置と写真でリンクされた群(A/B)が明らかに細胞が活性化されていた
・8600km離れた場所で片方に起こした影響が他方に変化を及ぼした
・“写真のみ”で正確な住所や3次元座標も無く相互作用が出現した
・“理想の状態の写真”の群(B)が求める効果が大きかった


以上のような結果で、今回は驚くべき結果が実証されました。もちろん、以前からこのような施術に携わっていた方々にとっては今さら驚くことではないかもしれません。但し、そのような“得体の知れない”“胡散臭い”と言われた施術が理論的にも実践的にも可能であることが科学的に立証されたことが驚くべき新事実と言うに値すると思います。

今回は写真が用いられましたが、“写真”は実はその時の情景の画像を再現しているだけでは無く、“その時の時間的空間的情報も保持している”、そして“撮った写真と撮られた場所の間には量子物理学的なリンク(量子もつれ)が発生している”という考え方をすると今回の現象が理解しやすいかも知れません。
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この実験で用いられた線維芽細胞は前述の通り創傷の治癒に深く関連しているので、実際に“傷の治りが早くなる”“損傷を受けた臓器を回復させる”といったことが現実で起こることも立証されていると思われます。そして遠隔ヒーリングの場合は、対象となる相手を想起することで、思考の中に生じた対象者と現実の中の対象者に量子力学的なリンクが発生し、一方の相手にレイキ等の癒しのエネルギーを送ることによってもう片方にも変化が起こることはこの実験結果からも推測されます。また、癒しのエネルギーを送る際はよく「完治した状態/良い状態/理想の状態をイメージすると良い」とされていますが、それもこの実験によって立証されていると思われます。


我々が日常生活を送っている間に世界では次々と新たなことが解明されていきます。。この研究ももしかしたら副作用の一切無い、未来の医療の先駆けとなる研究かも知れませんね。

引用
*1. https://ja.wikipedia.org/wiki/シュレーディンガーの猫
*2. 量子もつれ:Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/量子もつれ
*3. 量子もつれとは何か
https://yuko.tv/quantum-entanglement/
*4. Akihisa Tomita. Generation of Entangled Photon Pairs. 光学 2004, 33-5, p264-270
*5. Peter C Dartsch, Effect of 90.10. Quantum Entanglement on Regeneration of Cultured Connective Tissue Fibroblasts. Biomedical Journal of Scientific & Technical Research. September, 2021, Volume 38, 5, pp 30841-30844. DOI: 10.26717/BJSTR.2021.38.006227
*6. トーラス:Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/トーラス

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No.020 オキシトシンの抗抑うつ不安作用と瞑想の効果

今回も“愛情ホルモン/幸せホルモン”とも呼ばれるオキシトシンに関する4本目の記事になります。その基本的な機能、授乳や子育てにおける重要な役割について(*1)、オキシトシンは肌と肌のスキンシップで分泌が高まること(*2)、そしてオキシトシンは抗ストレス効果があり、瞑想でもその分泌が増加すること(*3)を過去の記事で紹介していますので興味のある方はそちらも読んでみてください。今回はオキシトシンの“抑うつや不安に対する効果”についての研究を紹介します。

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今回紹介する研究は「うつ病患者における血中オキシトシンレベルと不安の関係(*4)」というもので2007年にベルギーの大学から発表された研究速報です。研究対象は国際的基準(DSM-IV*5)によって診断されているうつ病患者25人で、女性が18人(平均年齢41.4歳、S.D. 11.3)、男性が4人(平均年齢38.6歳、S.D. 10.4)、全体では年齢幅19〜59歳の患者が含まれました。

25人の対象患者はいずれも精神症状のみで身体的な病気を持たず、研究時点の2週間前から抗不安薬を内服していない、という条件に合う人が含まれました。女性は月経周期がオキシトシン分泌に影響するため、生理不順や月経周期が不規則な人は除外されました。

抑うつの評価にはハミルトンうつ病評価スコア(HRDS/HAM-D, *6)が使用されました。これはうつ状態を自覚的他覚的に評価するもので、「抑うつ気分」「入眠障害」「精神的不安」「体重減少」等といった17項目につき評価しスコアリングする国際的評価方法です。

不安の評価には状態・特性不安検査(STAI*7)が用いられました。これは「気分が落ち着いている」「緊張している」「不安を感じる」「神経質になっている」等といった40項目の質問からなり、それに対して「1(全くない)〜4(とてもそう感じる)」というように被験者自身の今の気分を自己申告する国際的評価方法でスコア化されました。そして精神症状検査当日の血液を採取し、オキシトシンレベルが測定されました。


結果は図1に示される通りで、抑うつスコアとオキシトシンレベル(左)、不安スコアとオキシトシンレベル(右)いずれのグラフも右肩下がりのグラフになっているのが分かります。これは“抑うつ/不安スコアと血中オキシトシンレベルの間に有意な負の相関がある(p=0.003/p=0.005, p値が小さいほど統計学的に有意)”ということを示しています。つまり、“抑うつ/不安スコアが高い人ほどオキシトシンレベルが低い”、言い換えると“オキシトシンレベルが高い人は抑うつ/不安傾向が低い”ということが言えます。

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研究著者らの考察では、これらはストレスホルモン(CRFーコルチゾール系)に対するオキシトシンの抗ストレス作用が不十分である場合に不安や抑うつという精神症状が強く出ると推察しています。また一方で、脳内でオキシトシンは縫線核という部位に作用し、セロトニンの分泌を促す可能性があると論じています。

このセロトニンの安心感をもたらす作用も抗不安効果につながると考察しています。セロトニンについては過去にも触れた“幸せホルモン”の一つとしてもご存じの人も多いと思います (*8)。オキシトシン−セロトニンシステムは連携して安心感をもたらす、というのは嬉しい情報ですね。



また、もう一つオキシトシンを増やす研究についても紹介します。こちらはユタ大学のLipschintz博士らより2015年に発表された研究(*9)でがん治療後生存者に対して行った研究です。対象は研究参加の3ヶ月以上前にがん治療(手術/抗がん剤/放射線治療等)を受けたことのある30人(29〜74歳、女性21人、男性9人)。被験者らは以下の3つのグループ、i: SHE(従来の睡眠衛生教育)、ii: MM(マインドフルネス瞑想)、iii: MBB(マインドボディブリッジング瞑想)に振り分けられました

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睡眠衛生教育(SHE群: Sleep Hygiene Education, コントロール群)とは従来型の指導で、薬/不安の原因/食事療法/薬の副作用/不眠への対処法などを記した資料を提示して説明が行われるものです。

マインドフルネス瞑想(MM群: Mindfulness Meditation)はインストラクターによってマインドフルネス瞑想(呼吸/思考/感情の認識、ボディスキャン、ウォーキング瞑想等)の指導が行われ、3週間実践するというものです(*10)。

マインドボディブリッジング瞑想(MBB群: Mind-Body Bridging/Connection)とは、これも瞑想法の一種で視覚/音/感覚に注意を払うプロセスや、「Requirements(要望)」という自分に必要なものの想起によって自分の不安や恐れなどネガティブな感情の原因を引き出すというプロセスからなります。これらによって「気づき」や「心と体の一体感」「自己統一感」を高めていく療法と言えます(*11, *12)。

これらの3つのグループの介入を3週間行うことによって被験者の唾液中のオキシトシンレベル、睡眠障害/抑うつ/幸福感/生活の質/ストレス/“今在る”という意識/自己肯定感についてスコア評価が行われました。結果は図2のようになりました。データが多くて煩雑ですが、右端列の赤い下線部分(各群で有意差が見られた組み合わせ)だけに注目すると良いと思います。


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差がついた項目に注目すると、唾液中のオキシトシンレベル/睡眠障害/“今在る”という意識/自己肯定感においてMBB群が従来のSHE群より有意に良いスコア、またMM群では睡眠障害においてのみSHE群よりも有意に良いスコア、という結果が得られました。

この中で唾液中のオキシトシンレベルをグラフ化したものが図3になります。これを見るとMBB群(マインドボディブリッジング瞑想群)で介入後のオキシトシンレベルが有意に上昇しており、さらに2ヶ月後も高い状態を保っていることが分かります。MM群(マインドフルネス瞑想群)では今実験では大きな差は見られず、従来のSHE群ではむしろ初期状態よりも低くなっているという結果でした。

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今回は2編の研究論文を紹介しましたがまとめると、
・血中オキシトシンレベルと不安スコアは負の相関を示す
 (オキシトシンレベルが高い人ほど不安スコアが低い)
・抑うつスコアとオキシトシンも同様に負の相関を示した
・MBB(心と体をつなぐ瞑想)でオキシトシンレベルが上がる
・MBBで睡眠障害/マインドフルネス意識/自己肯定感が改善する
・MM(マインドフルネス瞑想)でも睡眠障害の改善が見られた
・MBB群では2ヶ月後もオキシトシンが高い状態が維持されていた
以上のことがヒトの研究で立証されました。

オキシトシンレベルが低い状態では不安や抑うつへの耐性が低下し、精神的な病気につながる可能性が示唆されました。これらへの対策としてある種の瞑想によってオキシトシンレベルを自発的に上げられるということが分かりました。そして習慣的にそれらの瞑想を行うことで長期間オキシトシンレベルを維持できることも示された研究でした。

日々の日課として瞑想を行うことが心の平安や身体の健康へとつながります。目に見えない“意識”を使いこなすことで脳を活性化していきましょう。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/ncef313003a7a
https://note.com/newlifemagazine/n/n90f06f2e8335
https://note.com/newlifemagazine/n/n16eca92fa90c
*4. G. Scantamburloa, et al. Plasma oxytocin levels and anxiety in patients with major depression. Psychoneuroendocrinology (2007) 32, 407–410
*5. DSM-IV Sourcebook, vol 1, edited by Thomas A. Widiger, Allen J. Frances, Harold Alan Pincus, Michael B. First, Ruth Ross, and Wendy Davis, 768 pp, $112.50, ISBN 0-89042-065-3, Washington, DC, American Psychiatric Association, 1994.
*6. Hamilton, M., 1960. A rating scale for depression. J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry 12, 56–62.
*7. Spielberger, C.D., Gorsuch, R.L., Lushene, R., Vagg, P.R., Jacobs, G.A., 1983. Manual for the State-Trait Anxiety Inventory. Consulting Psychologists’ Press, Palo Alto, CA.
https://note.com/newlifemagazine/n/nb00026449c2d
*9. David L. Lipschitz, et al. An Exploratory Study of the Effects of Mind–Body Interventions Targeting Sleep on Salivary Oxytocin Levels in Cancer Survivors. Integrative Cancer Therapies 2015, Vol. 14(4) 366–380, DOI: 10.1177/1534735415580675 ict.sagepub.com
*10. Kabat-Zinn J. Full Catastrophe Living: Using the Wisdom of Your Body and Mind to Face Stress, Pain, and Illness. New York, NY: Delta; 1991.
*11. Block SH, Block CB. Come to Your Senses: Demystifying the Mind-Body Connection. 2nd ed. New York, NY: Atria Books; 2007.
*12. Meditation: bridging the mind/body connection
https://www.connectpt.org/blog/meditation-bridging-the-mindbody-connection

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No.019 オキシトシンの抗ストレス作用と瞑想の効果

“愛情ホルモン/幸せホルモン”とも呼ばれるオキシトシン、その基本的な機能と子育てにおける重要な役割を以前の記事にしていますので基本となるホルモン作用はそちらを参照してみてください(*1, *2)。今回は“幸せホルモン”と呼ばれる根拠の一つ、オキシトシンの“抗ストレス効果”についての研究を紹介します。

まず最初にオキシトシン抗ストレス効果を動物実験で検証した研究を紹介します。「Hypothalamic oxytocin mediates adaptation mechanism against chronic stress in rats.(ラットにおける視床下部オキシトシンの慢性ストレスへの適応形成 *3)」というタイトルの2010年に発表された研究論文です。


実験の方法を簡略に説明すると、雄ラットに一定のストレスを与えてそこにオキシトシンやそれ以外の物質を作用させ、身体のストレス反応を観測していくというやり方です。どのようなストレスを与えるかというと、「急性ストレス」「慢性同型ストレス」「慢性異型ストレス」という3つのパターンに分けられます。

急性ストレス」はラットを木の板の上に置き拘束具で固定し、“手足は動かせるが移動できない状態にして90分間身動きを拘束する”というストレスを1回与えるものです。
慢性同型ストレス」とは、“上記の拘束ストレスを5日間1回ずつ繰り返す”というもの。
そして「慢性異型ストレス」というのは“上記の拘束ストレス”、“足場以外水に囲まれるストレス(90分)"、“足がつかない水槽に20分入れるストレス”、“4℃の寒冷環境に晒すストレス(45分)”、このような毎日異なる種類のストレスを1回ずつ7日間与える、という実験内容になります。

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ちなみに、このような実験の性質上、“動物にストレスを与えなければならない場合”は動物愛護の観点から倫理規定が定められており(*4, *5)、”無闇にストレスを与えない”、“可能な限り必要最小限のストレスにするよう努める”、“検体採取が必要な場合は最も苦痛を与えないように努める”といった倫理指針と最大限の配慮に基づいて行われています。(ちゃんとした施設では実験動物の慰霊祭も執り行われており、筆者も慰霊に参加したことがあります)。


実験では上記の様な「急性ストレス」「慢性同型〜」「慢性異型〜」の3パターンのストレスを与え、ラットの「胃の消化力」をストレスの指標として用いています。ストレス前に決められた量の餌を与え、ストレス負荷後に胃の内容物を測量することで「何%消化されていたか」を割り出します。人間でも言えることですが、精神的/肉体的ストレスを受けると一般的に食欲が低下し、消化吸収も悪くなります。ラットでも「消化力の低下」≒「ストレスの大きさ」という現象が実験で実証されています


3パターンのストレスを与える際にラットの脳内(脳室内)にあらかじめ留置された管から薬剤を注入します。ただの生理食塩水(対照)、オキシトシン、トシン酸(オキシトシンの効果を打ち消す物質)が各群のラットの脳に注入されました。ストレスは「急性〜」「慢性同型〜」「慢性異型〜」と「対照群」の4グループ、に分けて解析が行われました(図1)。
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まず図1の白いグラフ(生理食塩水:対照群)を見ると、ストレスを与えてない群は通常時で消化率が高いですが、急性ストレス群ではグラフが低くストレスで消化力が落ちていることが分かります。慢性同型ストレス群はまた消化率が回復しており“反復でストレスに適応した”と考えられます。慢性異型ストレス群では毎日異なるストレスによって消化力が低下しています。

これと比較してオキシトシン投与群では、急性/慢性同型/慢性異型ストレスのいずれにおいても消化力が落ちないか、むしろ増進しています。これが本当にオキシトシンの効果であるのか証明するためにオキシトシン効果を打ち消す薬剤(トシン酸)を投与した群では、やはり消化力が低下しています(p<0.05:有意差あり)。ストレスへの適応が見られた慢性同型ストレス群でもトシン酸投与によって消化力が低下しているため、生理食塩水(対照群)ー慢性同型ストレス群で見られた“ストレスに対する抵抗力”は自己分泌したオキシトシンの効果である可能性が高いことが示唆されます。


次の実験では、「脳内に何も投与していない各ストレス群のラットの脳でどのようなホルモンが増加/減少しているか」が解析されました。一つ目の物質はCRF(コルチコトロピン放出ホルモン)で副腎皮質ホルモン(コルチコステロイド)を放出させるホルモンです。端的に説明すると“ストレスを感じているときに放出されるホルモン(ストレスホルモン)”と考えてもらうと良いと思います(*6)。もう一つはオキシトシンがどの程度脳内に発現しているか検討されました。


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図2AにCRF(ストレスホルモン)の発現がグラフ化されていますが、急性ストレス群と慢性異型ストレス群でCRFが高く発現しており、ラットのストレスを反映していることが分かります。図2Bでは脳内オキシトシンの発現を解析していますが、ストレスのない対照群ではオキシトシン発現は低いですが、同じストレスに対して適応した状態の「慢性同型ストレス群」ではオキシトシンが高度に発現しています(p<0.05)。この群のCRF(図2A)を見てみると対照群と同レベルに抑えられていることが分かります。このことは“ストレスによって誘導されるCRFの合成をオキシトシンがブロックしている”ことを示しています。

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図3のグラフは、図2AにおいてCRF(ストレスホルモン)の増加が顕著だった「急性ストレス群」と「慢性異型ストレス群」に対して脳内に生理食塩水(対照群)とオキシトシンを投与したグループでCRFの脳内発現を計測したグラフです。これを見てもオキシトシン投与によってCRFの産生が明らかに抑えられていることが示されています(p<0.05)。この結果は“脳内オキシトシンは身体へのストレス反応が起こることを防いでいる”ということを示しています。

図3写真はラットの脳細胞の顕微鏡画像で、黒い部分がオキシトシンを含む細胞です。これを見るとストレスに順応した“慢性同型ストレス群”ではオキシトシンが多く産生されていることが分かります。まだストレスに順応しきれていない“急性/慢性異型〜”群ではオキシトシン産生も少なく、図1グラフのように身体にストレス反応が出ているのも理解できます。

以上のように「オキシトシンは脳内レベルでストレスホルモンをブロックすることによる抗ストレス作用がある」ということが示され、“幸せホルモン/癒しのホルモン”と呼ばれる理由の一つであると考えられます。


・オキシトシンを増やす方法
前回の記事(*2)で紹介したように“親子の肌と肌の触れ合いによるスキンシップ”がオキシトシンレベルを増幅させることが実証されました。しかし、一人でも瞑想を行うことでオキシトシンレベルを上げる方法が研究で公表されています。その研究とは「利他と感謝の瞑想(“ありがとう禅”)とオキシトシン分泌(*7)」という論文で日本の町田博士、上記動物研究にも関与した高橋博士らによる研究です。


研究内容は32人の被験者(男性10、女性22、禅の全くの初心者10人を含む)に約60分の“ありがとう禅”という瞑想を実践してもらい、瞑想前と瞑想後に唾液を採取しそのオキシトシンレベルを測定するというものです。(血液や唾液のオキシトシンレベルは注意点に基づいて計測されているようです。*8)

“ありがとう禅”瞑想とは4パートに分けられ非常にシンプルに説明すると以下のようになります。
1)最初の15分:“ありがとう呼吸” 腹式呼吸で「ありがとう」など心の中に向けて暗唱します。
2)次の15分:“感謝の禅” 「あーりーがーとーうー」と心から感謝しながら発声します。
3)次の15分:“ジョイフル禅” 幸せや楽しい体験を想起しながら「ありがとう」の発声を繰り返します。
4)最後の15分:“ニルヴァーナ禅” 床に仰向けになり発声を繰り返しながら“自己”から解放される意識状態へと到達していきます。

結果は図4のようになりました。図4左のグラフで個々に見るとオキシトシンレベルが低下した人もいるようですが、23人/32人(72%)で瞑想後にオキシトシンレベルが上昇しました。また全体の平均では瞑想前が66.3±6.7 pg/mLであったのに対し、瞑想後では90.6±18.7 pg/mLと大幅にオキシトシンレベルが上昇していました(図4右、p=0.028)。このように瞑想という方法を用いると“肌が触れ合うスキンシップ”がなくともオキシトシンレベルを上げれる、ということが示される結果となりました。

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以上まで、今回紹介した研究結果をまとめると以下のようになります。
ストレス状態に置かれると脳内でストレスホルモン(CRF等)が産生される。
・ストレスホルモンが増えると消化機能低下や代謝異常などの身体的変化が起こる。
脳内のオキシトシンはCRF産生をブロックする効果がある。
・反対にオキシトシンをブロックするとCRF産生が増える
・上のような機序でオキシトシンは抗ストレス効果を発現する。
ストレス環境への順応現象にもオキシトシンが関与している。
・出産授乳に関与しない雄ラットでオキシトシンの効果が確認された。
ヒトでは1時間程度の瞑想を行うことによってオキシトシンは増加する

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いかがでしたしょうか。オキシトシンは出産授乳だけではなく授乳期以外の女性にも男性にも関係しているホルモンのようです。そして人々がある種のストレスを受けたときに、ストレス反応が身体に現れるのを脳内レベルでブロックしてくれる抗ストレス作用を持つようです。「感謝の気持ち」や「自我からの解脱」という普遍的な瞑想によってオキシトシンは増やせることが分かりました。瞑想習慣を取り入れて「抗ストレスホルモン=オキシトシン」を増やして快適な生活を送りましょう。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/ncef313003a7a
https://note.com/newlifemagazine/n/n90f06f2e8335
*3. Zheng J, Takahashi T, et al. Hypothalamic oxytocin mediates adaptation mechanism against chronic stress in rats. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 299: G946–G953, 2010. doi:10.1152/ajpgi.00483.2009.
*4. the Institutional Animal Care and Use Committee of Zablocki Veterans Affairs Medical Center at Milwaukee.
*5. the National Institute of Health “Guide for the Care and Use of Laboratory Animals.”
*6. ストレスとCRF (CRH)
https://kanri.nkdesk.com/hifuka/stres2.php
*7. Machida S, Sunagawa M, Takahashi T. Oxytocin Release during the Meditation of Altruism and Appreciation (Arigato-Zen). Int. J. Neurology Res. 2018 March; 4(1): 364-370 doi: 10.17554/j.issn.2313-5611.2018.04.75
*8. Lefevre, A., Mottolese, R., Dirheimer, M. et al. A comparison of methods to measure central and peripheral oxytocin concentrations in human and non-human primates. Sci Rep 7, 17222 (2017). https://doi.org/10.1038/s41598-017-17674-7

画像引用 
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No.018 出生時の親子スキンシップとオキシトシンと心の変化

前回は幸せホルモン/愛情ホルモン”と呼ばれる脳内物質の一つ「オキシトシンについてこれまで分かっている部分を総論的に取り上げました(*1)。幸せホルモンと呼ばれる前から乳汁分泌ホルモンや子宮収縮ホルモンとして知られていたので、出産や育児に大きく関与しています。今回はそれを裏付けるような研究を紹介していきます。今回はちょっと長くなるかもしれません。


今回は「帝王切開後の親子間のスキンシップ(Skin-to-Skin-Contact)の相互作用と血中オキシトシンレベル・授乳への影響の研究(*2)」というタイトルでスウェーデンのカロリンスカ大学からの研究論文です。研究背景としては、予定帝王切開出生直後の新生児母親に抱かれるか、父親に抱かれるか、あるいはそのままベッドへと運ばれるか、施設によって異なると考えられます。この出生直後〜2時間以内の対応が親子の行動にどのように影響するか、またその間の血中オキシトシンのレベルはどのように変化するのか、に関して解析した研究です。

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対象は予定帝王切開が行われる妊婦37例がランダムに「出生後30分間新生児と肌で触れ合う(SSC: Skin-to-Skin-Contact)グループ」と「出生後30分間新生児と触れ合わない(対照)グループ」に振り分けられました(図1)。予定帝王切開は局所麻酔で行われ、母親出産時も意識があります。同室には配偶者(新生児父親)がいて、SSC群の母親は出生直後から30分間新生児を抱きながら父親と過ごします対照群の母親は出生直後5分は新生児を抱きますが、その後の30分は新生児は同室の父親に預けられ、その間は新生児と離れて過ごします。30分経過したところで両群共に新生児は母親に戻されます。この30分間は父/母/子の行動(呼びかけ、要求、笑顔、泣く、探索行動、授乳、等)が観測されます。特に指示はされず、親子の自然な行動が録画によってできるだけ細かく観測されました。

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まず帝王切開後全ての母親と新生児が5分間接した後、母親に預けた群(SSC母&対照父)、父親に預けた群(対照母&SSC父)の30分間の行動の結果は図2のようになりました。
図2Aは新生児が30分間の間に泣いていた時間をグラフにしたものです。

結果を箇条書きすると以下のようになります(p値が小さいほど統計学的に有意差あり):
父親よりも母親に抱かれている新生児の方が明らかに多く泣いた(p=0.002)。
・父親に抱かれている子は15分程度で泣く時間は減った(p=0.032)が母親の方では見られなかった。
・女児の方が男児より多く泣いた(p=0.02)。
・女児は父親(平均6分)よりも母親(平均13分)の方で泣く時間が多かった(p=0.004)。
・男児の泣き方に父母の差はなかった。

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続いて図2BはSSC群母親と対照群母親、図2CはSSC群父親と対照群父親での行動の違いを示しています。
・SSC群の母親の方が対照群の母親よりも新生児への話しかけが多かった(p=0.009)。
・SSC群の父親は対照群の父親よりも母親に対しての話しかけが多かった(p=0.046)。
・同様にSSC群の父親は子供に対しても有意に多く話しかけた(p=0.003)。
・対照群の父親は全くなかったがSSC群の父親は子に対する要求音を明らかに多く発した(p=0.01)。


ここまでの結果を考えると、やはり生まれたての我が子を抱いている親は子に話す頻度が高いのは自然な結果です。興味深いのは新生児の泣き方が父母で明確に差が出たことです。初めて対面し目も見えない新生児の行動が父と母でここまで変わるのは興味深い事であり、研究著者はと考察していますがここについても後に考察してみます。

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図3はSSC群の母親、SSC群父親における子への行動の違いを示しています。

子へのタッチ(図3A)
・SSC群母親はSSC群父親にくらべて明らかに多く子供にタッチした(p=0.001)。
・母親は女児よりも男児へのタッチが明らかに多かった(p=0.038)。
・母親はSSC父親よりも指先でのタッチが明らかに多かった(p=0.01)。

子への笑顔(図3B)
・父親の方がSSC母親よりも明らかに笑顔が多かった(p=0.001)。
・父親、母親ともに男児、女児への笑顔の時間に差はなかった。
・父親の笑顔の時間が多いほど女児が泣く時間は少ない相関があった(p=0.005)。

子への話しかけ(図3C)
・母親の男児・女児に対して話しかける時間に差はなかった。
・父親は女児よりも男児に対してより多く話しかけた(p=0.042)。
・父親、母親ともに子へのキスの頻度に差はなかった。

新生児の母乳を求める行動(グラフなし)
・母親、父親いずれにおいても新生児の探索反射の出現に大きな差はなかった。
・同様に母親、父親いずれにおいても新生児が乳房をつかむ動作の出現に差はなかった。
・ただし、乳児の授乳行動は父親よりも母親で明らかに早く出現した(p=0.018)。
・SSC群母親での授乳開始は中央値出産から117分後、SSC群父親の場合は235分後と大きな差があった。


この図3の結果からは父親と母親の男児または女児に対する行動の違いがみてとれます。女性はタッチによるコミュニケーション、男性は笑顔によるコミュニケーションが多いようです。あと女性は帝王切開直後なので普段の余裕のある状態ではないことも影響している可能性があります。

また父親が笑顔であるほど女児の泣く時間が少ないというのも育児では重要かもしれません。大きな点としては、“最初の30分間母親に抱かれていた子の方が授乳開始が明らかに早い”という点です。時間で約2倍の差があり、乳児の行動に大きく影響すると考えられます。


次に出産時から120分までの血中のオキシトシンレベルの変化は図4のグラフのようになりました。まず前提の説明として、オキシトシンは産後の出血を減らす子宮収縮薬として承認されている薬剤でもあるため帝王切開時は全ての妊婦に一定量(5 IU)のオキシトシンが静脈内投与されました。そして術中術後の母親の状態によって主治医の判断でオキシトシンの追加投与(50 IU)が一部の母親に対して行われました。内因性のオキシトシン以外に、このような外因性オキシトシンの影響も踏まえて母親は【SSC群/対照群】✖️【オキシトシン追加なし/追加あり】の4グループに細分化され比較検討されました(図4A)。

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まず同じSSC群母親の【オキシトシン追加投与なし vs. 追加あり】の比較では血中オキシトシンレベルでそれぞれのグループ間に有意な差が見られました(図4B、p=0.021)。
また、血中オキシトシンレベルの時間的変化も有意であることが示されました(p=0.013)。
但し、これでは血中オキシトシンレベルの上昇が追加投与による外因性の可能性があります。

そこで次に同じオキシトシン追加投与を受けた母親の中で【SSC群 vs. 対照群】の比較を行ったところ、こちらでもSSC群の母親の血中オキシトシンレベルが有意に高い結果となりました(図4C、p=0.023)。同様に血中オキシトシンレベルの時間的変化も有意なものと結果づけられました(p=0.001)。

特に特徴的なのはグラフに見られるように25分後と75分後の2相性のピークがあること、また60分後に一度ベースラインまで戻ることが観察されました。これはオキシトシンの追加投与が平均114分間の一定速度の持続注入であることを考えると、このようなピークは外因性オキシトシンだけでは説明がつきません。また同じ追加投与を受けた同士でのSSC母親と対照母親の比較でも明らかに差が出たので、皮膚と皮膚のスキンシップが血中オキシトシンレベルに影響をもたらしていることが示唆されます。


ちなみに図4Dは父親【SSC群父親vs. 対照群父親】の比較を示しています。こちらは血中オキシトシンレベルの平均値に差はありませんでしたが、時間的な変化は有意であることが示されました(p=0.008)。対照群では分娩後20分で血中オキシトシンレベルの有意な上昇(p=0.026)が見られ、SSC群では分娩後35分で有意な上昇が見られました(p=0.005)。
このことは男性においてもオキシトシンは分泌されるということ、そして乳汁分泌や子宮収縮以外の役割が示唆されます。

次にこの研究に参加した母親の出産後2日経過した時点での精神的プロファイルを図表5に示します。このプロファイリングはカロリンスカ=パーソナリティ尺度(KSP)によって行われたもので、図表のように15のカテゴリで精神的分析が行われます(*3)。各要素はそれぞれ年齢層、性別等によって標準的な母集団が50となるように正規化されています。このため、表の中で50より小さい数字は一般平均よりその性質が少ない、50より大きい数字はその性質が強い傾向にあります。図表は分かりにくいため、しています。

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図表5をみると、産後の母親は全般的に「精神的不安」「精神衰弱」といったスコアが低いことが見てとれます。そして、「孤立・無関心」といった感覚も少なくなっているようです。上昇するものとしては「社会化」というスコアが全般的に高い傾向があり、コミュニティに帰属したがる傾向がみられます。また、「単調さ回避」も高い傾向があり、単調な生活や平凡な毎日から抜け出たいという意識が高まると考えられます。


興味深いのは「攻撃性の抑制」が低くなり、「間接攻撃性」も高くなり、「罪悪感」が少なくなることです。攻撃的になり、抑えがきかなくなり、相手に悪いという意識も薄くなるということで、どういう状態か何となく分かりますね。「産後の怒りっぽさ」は一般に広く知られていますがやはり気分が変わるのは性格の問題だけではなく生物学的な理由がありそうです。図2の結果で“父親に抱かれた子供の方が泣き止みやすい”というデータが出ていましたが、産後の女性の攻撃性の上昇と関わりがあるかもしれません。


研究著者らは最終的に、“オキシトシンの分泌の促進”、“父母の行動の変化”、“新生児と親との相互作用の促進”といった結果を踏まえて、“帝王切開直後から親子間の肌の触れ合うスキンシップを積極的に行うことが推奨される”とまとめています。「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンには皮膚同士の触れ合いが重要であることを示す一つの根拠となる研究でした。

今回の研究でも示唆されたように、オキシトシンは「癒し/精神安定作用」や「抗ストレスホルモン」という性質だけでなく「攻撃性を高める」という性質も知られています。一見相反するようなこの性質について生物学的に考察してみます。


一般に出産というのは人間界では感動的なイベントですが、自然界ではそうとは限りません。出産時の数十分は動物の母子にとっては“最も無防備な状態”となります。捕食側の肉食動物からすると出産時の母子は“格好の獲物”となります。草食動物の赤ちゃんは産み落とされてからたった1、2時間で歩けるようになると言われていますが、それはこのような外敵から生き延びる仕組みと考えられています。しかしそれでも2時間の無防備な状態の子供を母親は護らなければなりません。。日本の猟師が山に入った時でも、単体のオス熊よりも怖いのは幼い子連れのメス熊です。何よりも仔熊単体で遭遇した時は戦慄が走ります。それはまず母親熊の所在を確認しなければこちらの命が危ないからです。

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このような自然界の状況を考えると“産後に攻撃性が高まり罪悪感が無くなる”というのは母子の生存率を高めるための最善の状態かもしれません。夫も近づけない状態の母親というのはある意味“自然界最強”かもしれませんね。オキシトシンは単に親子間の絆を強めるだけではなく、子を生存させるために親の生存闘争本能を高める作用があるとなると合理的と考えられます。そう考えると子供に母乳を与えるだけでなく子を護る強さも与えてくれる本当に「愛情深い」ホルモンかもしれません。

前回今回とオキシトシンを取り上げましたが、医学の教科書で説明されているよりもはるかに多彩な側面と複雑なメカニズムを持つホルモンかもしれません。まだ社会的行動の変化や男性における役割、瞑想で得られる効果など研究が進行中の領域も多いのでまた「幸せホルモン:オキシトシン」に関する知見を掘り下げていきたいと思います。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/ncef313003a7a
*2. Velandia M. P Parent-infant skin-to-skin contact studies: Parent-infant interaction and oxytocin levels during skin-to-skin contact after Cesarean section and mother-infant skin-to-skin contact as treatment for breastfeeding problems. Stockholm, Sweden: Karolinska Institutet. 2012. https://openarchive.ki.se/xmlui/handle/10616/40879
*3. Ekselius, L., Hetta, J., & von Knorring, L. (1994). Relationship between personality traits as determined by means of the Karolinska Scales of Personality (KSP) and personality disorders according to DSM-III—R. Personality and Individual Differences, 16(4), 589–595. https://doi.org/10.1016/0191-8869(94)90186-4

画像引用 
いらすとや https://www.irasutoya.com
http://imagesfullhd.blogspot.com/2013/03/mothers-day-cute-baby-with-mother.html
https://i.ytimg.com/vi/CNXe2gdaNDs/maxresdefault.jpg

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No.017 脳内物質(幸せホルモン)“オキシトシン”についての基礎知識

医学的に正式な言い方ではありませんが、脳内物質の中には俗に幸せホルモンと呼ばれる化学物質がいくつかあります。これらには「セロトニン」、「ドーパミン」、「オキシトシン」等といったものがよく挙げられています。「セロトニン」や「ドーパミン」については過去の記事でも取り上げてきました(*1〜*4)。今回は幸せホルモン”と呼ばれる脳内物質の一つ「オキシトシンについて取り上げてみます。


筆者もオキシトシンについては医学の教科書程度にしか詳しくありませんでしたが、「分娩時の子宮収縮に関与する」「出産後の乳汁分泌に関与する」といった様に、主に女性の出産・育児に関係深いホルモンとして知られています (*5)。オキシトシン自体は目新しい物質ではないのですが、一般的にはごく限られた機能しか解説されておらず、「それ以外のホルモンの機能」や「男性におけるその意義」に関してはあまり知られていません。


もちろん男性にも存在するホルモンですが、「相手との信頼関係への影響」「自閉症症状の改善」などWikipedia(*5)にも書かれている通り精神面・社会性への変化も一部報告されていて「まだまだ未解明な部分が多いホルモン」という側面もあります。“1つの臓器に作用して何かの合成を促進する”といった単純な効果ではなく、“様々な臓器に作用し”、“生理学的変化から社会性行動まで”、“複雑なメカニズムで効果を発現する”と捉える必要があります。


今回は“Antistress Pattern Induced by Oxytocin(オキシトシンによる抗ストレス作用:*6)”という総論に基づいてオキシトシンについて分かっている部分を解説します。この論文は1998年にスウェーデン大学の研究者から公表された総説です。時期はやや古いのですが、タイトルからも分かるように既にこの時期からオキシトシンが抗ストレス作用を持つことが示されています。この研究者はオキシトシンに対して詳細な研究をその後も続けていますが、この時点で分かっているオキシトシンの効果を基礎知識として紹介します(番号と順番はこの記事の筆者が付与したもの)。


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1.オキシトシンの産生と受容体の分布(論文公表時点で明らかなこと)
・オキシトシンは9個のアミノ酸から成るペプチドホルモン。
・脳の視床下部の室傍核と視索上核で産生され、脳下垂体に輸送され全身に循環。
・他の視床下部核、扁桃体、海馬、線条体、その他の脳内の多くの領域に作用。
・オキシトシン受容体は子宮型がよく知られているが子宮型以外も存在。
女性ホルモンのエストロゲンはオキシトシンの合成分泌に深く関与している


2.食物摂取と消化への影響
オスや非授乳メスラットの脳室にオキシトシンを投与すると拒食反応を示す。
・対して授乳中メスラットにオキシトシンを投与すると過食反応を示す。
・脳内オキシトシンは迷走神経核刺激→インスリン/消化ホルモン分泌を促す。
・末梢血のオキシトシンはグルカゴン放出を促し、血糖値を上昇させる。
・上記の様に、条件によってオキシトシンの効果は全く反対の場合がある
(後述されるが、母体の栄養吸収と乳児への栄養放出という反する2つの目的を果たす)


3.行動/運動への影響
・ラットにオキシトシン投与すると壁際より中央部で活動しやすくなる。
 (オキシトシンに抗不安効果がある可能性がある)
・大量のオキシトシンを投与すると精神的に落ち着き運動量が減少する。
 (オキシトシンに精神的な鎮静効果がある可能性がある)


4.痛みやストレス刺激に対する影響
・意識のあるラットにオキシトシンを投与すると熱刺激に対して耐性が高くなる
・同様にラットへ投与で、痛み等の機械的刺激に対しても耐性が高くなる


5.腎機能と体液バランスへの影響
・オキシトシンは腎細胞に作用し尿中ナトリウム排泄を促す。
・またオキシトシンは塩分に対する食欲を抑制する。


6.体温調節
ラットの脳室内にオキシトシンを投与すると高体温を誘発する。
末梢血のオキシトシンは皮膚血管の拡張を促し放熱を促進する作用がある。
授乳中の母ラットの皮膚血管拡張は子ラットの体温保持に作用している可能性。
 (オキシトシンは体温上昇/放熱/熱伝達の複合的な機能を持つ可能性がある)


7.心血管系への影響(急性単発投与か長期反復投与かで異なる反応)
・ラットではオキシトシン脳脊髄腔投与で急性反応で血圧と脈拍数が増加する。
・ヒト/霊長類ではオキシトシン分泌を促す室傍核刺激は血圧と脈拍数が低下。
・末梢血のオキシトシンは皮膚血管に作用し血管拡張を誘発する。


8.下垂体ホルモンへの影響(急性単発投与か長期反復投与かで異なる反応)
脳室内投与されたオキシトシンはプロラクチン(乳汁分泌ホルモン)放出を促す
・ラットでは副腎皮質刺激ホルモン/コルチゾール(ストレスホルモン)分泌増加。
・対してヒトではコルチゾール(ストレスホルモン)の分泌に対して抑制的に働く


9.オキシトシンをラットに長期反復(5日間)投与したときの反応
・脈拍数は変わらずに血圧が15mmHg低下する。
痛み刺激に対する耐性が増加し、投与が終わると約10日間で徐々に元に戻る
コルチゾール(副腎由来ストレス反応性ホルモン)が低下する。
・コレシストキニン(消化管ホルモン:摂食抑制/オキシトシン分泌)が増加。
メスラットでは摂食量が増えなくても体重が増加する(エネルギー貯蔵傾向)


10.刺激に対するオキシトシンの反応の2つのパターン(図1)
有害な刺激に対しては副腎皮質刺激ホルモン分泌などストレス反応が誘発
・これらはストレス反応性ホルモンであるコルチゾール(副腎ホルモン)を増加。
・オキシトシンの急性投与は交感神経系を介してストレス反応を誘発(図1左)。
・対して無害な刺激(撫でる/良い心理効果等)でもオキシトシン分泌が増加
無害な刺激はオキシトシンを介して血圧低下など抗ストレス反応を促す
オキシトシン長期投与は副交感神経系を介し抗ストレス反応を誘発(図1右)
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11.ラットにおける“無害な刺激”と“抗ストレス効果”の関係
意識のあるラットの腹部を40回/分で撫でるとオキシトシンレベルが上昇
腹部を撫でる刺激はオキシトシンを反復注射と同様の抗ストレス反応がある
撫でる刺激による抗ストレス反応はオキシトシン拮抗薬で打ち消された
・これらの結果から“無害な刺激の抗ストレス反応”はオキシトシンが主体と考えられる。


12.授乳におけるオキシトシンの効果
乳児の乳房刺激によってオキシトシンが分泌され乳汁が排出される。
オキシトシンによるグルカゴン増加/血糖上昇は乳汁の栄養増加につながる。
授乳後はオキシトシンの抗ストレス反応で血圧とコルチゾールが低下する。
・同様に授乳後は抗ストレス反応によって胃腸ホルモンの増加が起こる。
母乳育児をする女性のオキシトシンレベルは他の人に比べて高い
オキシトシンレベルが高い方が精神的に穏やかな傾向が高い


13.社会的関係におけるオキシトシンの効果
・動物実験モデルにおいてオキシトシンは愛着(母子又は雌雄)関係を促進する。
オキシトシンは個人の社会的コミュニケーションの量を増加させる。
・個人間の特定の関係性の強化にオキシトシンが関与している可能性がある。
・接触や無害な刺激(撫でる/ハグする)が人でもオキシトシンを増加させる
オキシトシンは交感神経抑制・副交感神経活性化による抗ストレス反応を誘発
・良い心理刺激(癒し/愛情等)も同様に抗ストレス効果がある可能性がある。


ここまでが今回紹介した文献に記載されている内容です。
オキシトシンはかつては“乳汁分泌ホルモン”、“子宮収縮ホルモン”という説明が主体でしたが、こうしてみると非常に多岐にわたる影響を及ぼし、未解明な部分も多いホルモンであることが改めて分かりました。実験での急性反応としては“交感神経を活性化してストレス反応を示す”ようですが、長期持続的にオキシトシンが分泌されていると“交感神経を抑制して抗ストレス効果をもたらす”と言えそうです。


また、乳汁分泌ホルモンであるため“母子の絆を強める”役割を持つホルモンと言えます。体温調整の面でも、“体温を上げると同時に皮膚血管拡張で放熱効果が高くなる”というのは一見体温を上げたいのか下げたいのか分からない矛盾した作用に見えますが“母体の体温を子供へ与える”という視点では非常に理にかなっています


同じ様に“一方でインスリンによる血糖吸収作用と一方でグルカゴンによる血糖放出作用を持つ”というのも一見反対の作用を示しているようですが、“母体の栄養吸収を促進しつつ、放出する母乳の栄養価を高める”という視点では子への栄養供給の目的に非常に理にかなっています。


いずれの作用も“母体が子供を育てるために最大限の効果を発揮する”ためのホルモンであることが分かります。そして“皮膚を撫でる”といった行動がオキシトシンを分泌させ、痛みや不安を緩和させるというのも非常に興味深い現象です。「赤ん坊をさすると泣き止む」「痛いところをさすると和らぐ」というのは「気のせい」ではなく「脳科学的にも刺激でホルモンが分泌されている」という可能性が高そうです。このことからも母子間や雌雄間の「愛情/癒し」においてこのホルモンが大きな役割を持っていると言えそうです。

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また、興味深いのは(3)や(13)に挙げられた“オキシトシンの社会性や行動への影響”という部分です。今まではオキシトシンの「出産/育児」に関する作用が前面に出ていましたが、もちろん男性にも子育てしていない女性にも普遍的に見られるホルモンです。今までは広く認知されていませんでしたが近年、こういった社会的影響、心理的影響、行動変化の影響も深く解明されつつあります

オキシトシンが心理や行動に影響するという研究も一つ一つ深掘っていきたいですが、まずその前にオキシトシンというホルモンの全体像を理解できる様な総説を紹介しました。脳内物質の中でもオキシトシンが「幸せホルモン」「愛情ホルモン」などと呼ばれる所以となるような新しい研究論文を今後もまた紹介していきたいと思います。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/ncfe310508fdd
https://note.com/newlifemagazine/n/nb00026449c2d
https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39
https://note.com/newlifemagazine/n/n08c3030f9ca5
*5. オキシトシン(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/オキシトシン
*6. Kerstin Uvnäs-Moberg. Antistress Pattern Induced by Oxytocin. News Physiol Sci. 1998 Feb;13:22-25. doi: 10.1152/physiologyonline.1998.13.1.22.

画像引用
https://www.aquaportail.com/
St. Mary and Jesus. https://www.pngegg.com/en/png-wghip/download

※引用文献の内容に関する著作権は該当論文の著者または発行者に帰属します。
※当コンテンツに関する著作権は著者に帰属します。当コンテンツの一部または全部を無断で転載・二次利用することを禁止します。
※著者は執筆内容において利益相反関係にある企業等はありません。

No.016 瞑想による心肺機能の向上

これまでは、炎症や高血圧、不安障害などにおける瞑想の効果(*1~*3)を紹介してきましたが、今回は心拍や呼吸に対する瞑想の効果を紹介します。
研究論文は“Cardiorespiratory synchronization during Zen meditation.(禅瞑想中の心肺同期: *4)”というタイトルで日本の禅瞑想を用いたドイツの大学から2005年に発表されたものを紹介します。


一般的に知られることとして、我々は日頃いろいろ考えたり緊張したり不安を感じたりすると、心拍数が上がり呼吸も早くなり自律神経にも影響を及ぼします。この極端な例が“過換気症候群”というもので、精神的不安→心拍数・呼吸数増加→過換気による血液アルカリ化→呼吸苦・しびれ感等→さらに不安で呼吸促迫、という悪循環が起こる病態で場合によっては救急車で運ばれます。反対に落ち着いてリラックスした状態の人は心臓の拍動も呼吸もゆっくりと安定したリズム保っていることが多いです。
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我々の日常生活でも焦った時や慌てている時は「落ち着いて。ゆっくり深呼吸して。」と相手や自分に言い聞かせることはよくあります。このように精神状態と心肺機能はとても密接な関係があります。“不安や焦り”と反対に“祈りや悟り”の状態は心肺に良い効果をもたらすという説があります。ある研究では“ロザリオの祈り(*5)”や“「オーム(OM)」というマントラ(真言*6)”を唱えることで心肺機能が調節されるというデータも得られています(*7)。

また、慢性心不全患者においては呼吸数が6回/分の状態が最も動脈血酸素飽和度(SaO2)が高いということが研究で示されており(*8)、「10秒に1回のゆっくりとした呼吸が安静時の心肺機能を効率よく発揮できる」ということを裏付ける研究が複数あります(*9, *10)。


このように“ゆっくりとした呼吸が心肺機能に良い効果をもたらす”、“祈りやマントラが心肺機能を調節する”ということからも、瞑想心肺機能に良い効果をもたらすのでは”と考えるのは自然なことであり今回の研究に結びついていると考えられます。


この研究には9人の被験者が参加しました(女性4人、喫煙者3人、平均年齢:43±7歳、いずれも心血管疾患なし)。 このうち2人の被験者は瞑想に関して一定の経験がありましたが、他のすべての被験者は瞑想の経験がありませんでした。

実験手順の期間は約50分で以下の6つのパートに分けられました:
(1)安静な状態で椅子に座る(S: Sitting, 約10分)。(瞑想ではなく普通に座る) 
(2)メンタルタスク(T: mental Task, 暗算を行う:6分)。
(3)禅瞑想(MZ: Zen Meditation, 約10分)。(できるだけ考えず”ただ在る”)
(4)歩行瞑想(経行/きんひん*11:MK: Kinhin Meditation, 約7分)(瞑想意識状態でゆっくりと歩く)
(5)2度目の座禅瞑想(約7分)((3)と同じように瞑想する)
(6)最後に安静で椅子に座る(約10分)。(瞑想ではなく普通に座る)

このような手順で実験は行われ、被験者の呼吸や心拍数が細かく測定されました。
図1が心拍と呼吸のグラフの一例です。上段はただ安静にしている時で、呼吸と心拍の同期はほとんど見られず心肺の同期を表す係数γ(ガンマ)値(0<γ<1)は0.14と低い値です。

図1下段は瞑想時で心肺がよく同期している状態で、同期の係数γ値は0.92と高い値です。γ値は同期が完全に不一致のとき「0」、完全に同期していると「1」という値になります。

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こうして得られた実験結果が図2のようになりました。
心拍数は禅瞑想中に最低(68.2拍/分)、歩行(経行)瞑想中に最高(77.5拍/分)、安静座位と暗算中は中程度の心拍数を示しました(S:72.8拍/分、T:75.9拍/分)(図2A)

呼吸数では、安静座位および暗算中は正常レベル(S:16.2呼吸/分、T:16.6呼吸/分、成人の正常呼吸数12〜20呼吸/分)でしたが、2回の瞑想では呼吸数が大幅に減少しました(MZ:8.4呼吸/分、MK:6.1呼吸/分)(図2B)

すべての被験者において、心肺相互作用を示すγ値(図2C)は、実験開始時の安静座位(S)中に最も非同期化されました(γ= 0.23)。 暗算(T)中に、同期の程度はすべての被験者で中間レベル(γ= 0.40)に増加しました。 禅瞑想(MZ)または歩行瞑想(MK)を実践すると、同期の程度が高レベルに増加しました(MZ:γ= 0.77、MK:γ= 0.80)

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これらの結果を見ると、禅瞑想や歩行瞑想(経行)中は呼吸数が顕著に低下しており安静時(S)や精神活動時(T)の半分かそれ以下に低下しており、統計学的にも明らかです(p=0.000)。そして、先に述べたように「最も心肺機能のパフォーマンスが高くなる呼吸数6回/分(*8〜*10)」に近づいていることが分かります。

さらに心肺同期を表すγ値も安静時(S)や暗算時(T)に比べ禅瞑想(MZ)や歩行瞑想時(MK)に高く、“瞑想によって高度の心肺同期が得られた状態”になっていることが分かります。


また、次のデータでは心拍数のパラメータについて解析しています(図3)
この結果を見ると心拍数の低周波数帯域の成分(図3B)において瞑想時(MZ)と歩行瞑想時(MK)の成分が増加していることが分かります。

低周波数帯域/高周波数帯域(LF/HF)バランス(図3C)も瞑想時(MZ・MK)において有意に上昇しています。LF/HFバランスに関しては慎重な解釈が必要とされていますが、この結果は明らかに10回/分以下の“ゆっくりとした呼吸”の影響が心拍に表れていると解釈されています。

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そして呼吸性洞性不整脈(RSA : respiratory sinus arrythmia)も瞑想時(MZ・MK )において増加しています(図3D)。
RSAとは病的な不整脈ではなく、健常な人に見られる現象です。ゆっくり息を吸い込んだ時の脈とゆっくり息を吐いているときの脈を比べてみると、ほとんどの人は吐いている時の脈の方が遅いはずです。このような“呼吸の影響による心拍数のゆらぎ”を呼吸性洞性不整脈と言います

ただし、呼吸が浅く不規則で何かをしているときはこの現象は顕著ではなく、大きく深呼吸を規則正しく繰り返すほど顕著になります。図3Dにおいて禅瞑想/歩行瞑想中にこの現象が顕著になっているのも“呼吸と心拍が高度に同期している”ことを表しています


今回の研究結果をまとめると、以下のことが言えると思われます。

・瞑想(禅・経行)によって呼吸数が明らかに少なくなった(約16回/分→6回/分)。
 →1回の呼吸が長く深く(理想の呼吸数に)なった。

・瞑想時に呼吸と心拍数の同期を示すγ値が明らかに高くなった。
 →心拍と呼吸がよく同期している。

・瞑想時、心拍数の低周波数帯域の増加、呼吸性洞性不整脈(RSA)の影響が増大。
 →ゆっくりとした呼吸による心肺同期の増強が示された。

・瞑想初心者も熟練者も関係なく効果が得られた。

このように瞑想は座位でも歩行時でもゆっくりした呼吸をもたらし心肺同期を促進することが分かりました。また、健常者だけではなく慢性心不全の人にとっても心肺機能を向上させる良い効果が期待できます。


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今回は、さらにMAX瞑想システム(*13)という瞑想法を簡単に紹介します。
この瞑想法もこれまで紹介してきた瞑想法と共通点もありますが、さらに洗練された4つのシンプルな手順として一般にも浸透してきているようです。この瞑想法は次の4つのステップで構成されています。

まずは全身の筋肉を弛緩させ、力を抜いてリラックスします。以前紹介したヨーガ・ニードラ(*12)にも通じるように、リラックス・脱力は瞑想の基本です。力が入ってしまっているのに気付いたら力を抜いていきましょう。
そして呼吸は“できるだけ深く”、“できるだけゆっくりと”するように心がけましょう。上に挙げた研究結果からも"ゆっくりした呼吸”がどれだけ心肺に良い効果をもたらすかは示されている通りです。十分な時間をとって瞑想の下地となる呼吸法とリラクゼーションで精神を整えましょう。

・流出(受動瞑想)
このステップではあらゆる雑念を洗い流していきます。上の禅瞑想のように、あらゆる雑念・煩悩・思考・感情・執着といった概念を取り去っていきます。明鏡止水の如く何も考えず、あらゆる思念に惑わされず"ただそこに在る”という境地に至ることが大事です。悪いことばかりではなく楽しいことや良い思い出も全ては“思念”であり、それを捨てることが肝要です。焦らずに雑念が出てこなくなるまでこの状態を維持します。

・流入(能動瞑想)
このステップでは先の流出とは一転して、大自然や宇宙のエネルギーを思い描き、自分をそれで満たしていきます。それにより究極の力の源と繋がる意識が目覚めていきます。大いなる力の源は宇宙、天界、または自分自身の中に存在するといわれます。以前紹介した”超越瞑想(*2)”と通じる部分があるかもしれません。自己に内在する万能性に目覚め、あらゆるものを創造していきましょう。

・全托(ぜんたく)
前のステップで全ての源と繋がったら、今度はそれを手放します。祈りや願望と執着は紙一重です。手放せないものは執着となり煩悩となりあなたを悩ませ続けます。不安を感じたり恐怖を感じたり、嫉妬や欲望など何かに感情を動かされるのはそれを手放せていないからです。あなたがその紐をつかんでいるからそれに引っ張られ振り回されるという事実に気づくことが大事です。全てを手放し天の意志に托します。宇宙と意識を一体化させるというのも一つのやり方です。日常で起こる出来事がいかに些細なことか気づくことができます。
十分な時間が経過したらゆっくりと自分の身体に意識を戻して瞑想を終了します。


時間は厳密に決められてませんが、1時間程度でも十分に精神的にも身体的にも瞑想の効果が得られると思われます。筆者もこの瞑想を体験・実践しておりその効果を体感しています。ストレスの解消や身体の健康のためにもぜひ毎日瞑想習慣を取り入れてみましょう。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/n2744a1695749
https://note.com/newlifemagazine/n/n12e335a385c6
https://note.com/newlifemagazine/n/n3af4e70c0bdd
*4. Cysarz D, Büssing A, Cardiorespiratory synchronization during Zen meditation. European Journal of Applied Physiology 2005 95(1): 88-95
*5. ロザリオ https://ja.wikipedia.org/wiki/ロザリオ
*6. オーム(OM)https://ja.wikipedia.org/wiki/オーム_(聖音)
*7. Bernardi L, et al. (2001) Effect of rosary prayer and yoga mantras on autonomic cardiovascular rhythms: comparative study. BMJ 323: 1446-9
*8. Bernardi L, et al. (1998) Effect of breathing rate on oxygen saturation and exercise performance in chronic heart failure. Lancet 351:1308–1311
*9. Berntson GG, et al. (1993) Respiratory sinus arrhythmia: autonomic origins, physiological mechanisms, and psychophysiological implications. Psychophysiology 30: 183-96
*10. Stark R, et al. (2000) Effects of paced respiration on heart period and heart period variability. Psychophysiology 37: 302-9
*11. 経行(きんひん・きょうぎょう)https://ja.wikipedia.org/wiki/経行
https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39
*13. MAX瞑想システム™️
https://www.youtube.com/watch?v=Vds5-q-4FE4
https://www.facebook.com/groups/max.meditation/hashtags

画像引用 
http://jpts.org.jo/cardiopulmonary/
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No.015 不安や心配に対する瞑想の効果

 今回は、どの人でも必ず経験する不安」についての研究を取り上げてみます。不安」とは多かれ少なかれ誰でも持っている心理状態で、仕事の締め切りに対する不安であったり、人間関係、経済的状況、病気、家族の健康、将来に対する漠然とした不安、こういったものはよく聞きます。他にも、人前で話すことが不安、初対面の人に会うのが不安、周りに大勢の人がいるだけで不安、逆に不安で一人でいられない、このような状態も存在し、ある限度を超えると不安障害・パニック障害といった病的な状態になります。

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 今回紹介する研究は“Randomized clinical trial of adapted mindfulness-based stress reduction versus group cognitive behavioral therapy for heterogeneous anxiety disorders.(不安障害に対する認知行動療法とマインドフルネスストレス低減法のランダム化比較試験)*1”というタイトルで2013年にコロラド大学の研究者から報告されたものです。既にご存知の方も多いかもしれませんが、“ランダム化比較試験”とは被験者をランダムに振り分けて比較する手法で非常に客観性の高い研究です。概要は、不安障害と診断された人々を従来の心理療法と瞑想グループにランダムに振り分け、その効果に違いがあるかという点を検証した研究です。
 

 対象は医学的に不安障害(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-IV: DSM-IV)を持つと診断された米国の退役軍人(計105名、男性83%、女性17%、平均年齢46歳)がランダムに従来の心理療法(認知行動療法, Cognitive behavioral therapy: CBT*2)瞑想療法(マインドフルネスストレス低減法:Mindfulness-based stress reduction: MBSR*3)に振り分けられました

初期診断はM.I.N.I.(*4)という質問票形式のスコアリングシステムで、これによってパニック障害/恐怖症(PD / A)、全般性不安障害(GAD)、社交不安障害(SAD)、特定の恐怖症(SP)、強迫性障害(OCD)、または民間の心的外傷後ストレス障害(PTSD)が一定の診断基準に達した人が研究に登録されました。このM.I.N.I.という評価方法でCSR(Clinical Severity Rating:臨床的重症度)スコアも評価されました。これらの精神障害の主要なものを評価し、それ以外にも一定の基準を超える障害は同時発生障害(co-occurring disorders)として評価されました。同様に不安や心配を評価する指標としてM.I.N.I.以外にもPSWQ(*5)やMASQ-AA(*6)という国際的な指標が用いられました(図1に一部日本語訳を示す)。

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 研究期間中45人がMBSR(瞑想)群、60人がCBT(従来の心理療法)群に振り分けられました(数に差があるのは多施設で行う際の施設承認の時期にずれがあったためとのことです)。また、MBSR群の方が合併する障害(co-occurring disorders)を有する率が有意に高かった(68% vs. 43%, p=0.01)とのことですが、それ以外に薬物使用率や社会的背景などに群間差はみられませんでした


 CBT(認知行動療法)とはどのように進めていくか一例を図2に示します。これは厚労省により提示されている一般的なCBTの非常に大まかなやり方(*7)ですが、このように自分の行動を見つめ直し、それを認知し、分析しながら改善する行動へと移していくもの、と考えてもらうと良いと思います。この研究ではCBTを心理教育/呼吸訓練/自己監視/認知再構築/受容/行動実験、等々といったように1〜10のセッションに分け、実践していくことが進められました。図2のようにCBTには瞑想的な要素は含まれていません

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 これに対してMBSR(瞑想)群もCBT群に合わせるために1〜10のセッションに分けて実践が進められました心理教育に始まり、身体を意識する瞑想(マインドフルネスによるボディスキャン)、呼吸訓練と精神的瞑想、マインドフルヨーガ瞑想、座位による深い瞑想、優しさと愛情の瞑想、価値観の見直し、等々といったことを10のセッションで行われました。CBT群もMBSR群も1週間で約90分かけて10のセッションをこなしていき、これを両群とも10週間継続しました。そして両群のCSR(臨床的重症度)スコアを治療前−治療後−治療後3ヶ月の時点で評価し、解析が行われました。


 結果ですが、CSRスコアはCBT群もMBSR群もいずれも治療前−治療後−3ヶ月後と有意に低下しました(p≤0.001)。どちらも一定の有効性を示し両群の有意差は無かったようです。シンプルに主要な不安障害等に関しては従来の認知行動療法も、瞑想によるストレス低減法もいずれも有効であるとの結果でした。


 続いて“同時に存在する気分/不安障害(co-occurring mood/anxiety disorders)”について二次解析が行われました(図3)。図3左のグラフを見るとCBT群では統計学的に有意ではありませんが治療前よりも併発する気分/不安障害が微増しているようでした。これに対しMBSR群では時間と共に減少していってます。両群間では有意差がみられ、MRSR群がCBT群より気分/不安障害が減少する傾向が有意に強いと言えそうです(p<0.05)。これをオッズ比で表したのが図3右グラフです。たまたま治療前はMBSR(瞑想)群の方が合併症状が多かったようですが、時間と共にMBSR群のオッズ比は改善し、群間解析でも有意にCBT群より良い(p≤0.001)と言える結果が出ました。

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 これらの研究結果をまとめると、瞑想療法も従来の認知行動療法も不安障害等の治療に明らかに有効であることが示されました。また更なる解析において、瞑想(マインドフルネスストレス低減法)療法は従来の認知行動療法よりも随伴する症状や不安障害を改善する可能性が高いことが示されました。不安障害や随伴する心配性/強迫観念/パニック障害等への治療プログラムに瞑想を取り入れることは、従来の心理療法と同等以上の効果が期待できることが科学的検証で裏付けられました



 最後に、この研究で用いられた瞑想法:マインドフルネスストレス低減法(Mindfulness-based Stress Reduction, *3)について簡単に補足しておきます。
 このマインドフルネスストレス低減法は以下の7つの考え方を主要な柱としています。

 1.Non-judging(判断・ジャッジをしない)
 ある時点で、あなたは「これは退屈だ」、「これは意味がない」、「これは無理だ」などと考えていることに気付くかもしれません。 これらは判断(judging)です。 それらが頭に浮かんだとき、それを判断的思考として気づくこと、そしてやめることです。あなた自身の判断的思考をやめて、出てくるものをただ見守ることが重要です 。

 2. Patience(忍耐・耐えること)
 忍耐は、心が動揺しているときに有効な方法です。それは私たちが無用な思念に心が囚われる必要がないことを私たちに思い出させます。忍耐によって、私たちは豊かさのために、不安や心配で心を埋める必要がないことを思い出します。忍耐強くなるということは、外界に囚われることがなく、あらゆる瞬間で心が完全に解放されているということです。

 3. Beginner’s Mind(初心に還る)
 今の豊かさを知るためには、「初心者の心」と呼ばれる、初めてのようにすべてを喜ぶ心を育む必要があります。例えば、あなたが親しい人に会ったとき、その人を実際のように新鮮な目で見ているのか、それともその人についての自分の思念を投影したもの見ているのかを自問してください。常にあるがままに新鮮に外界を感じているか、自分の先入観だけで外界を見ていないか、も自分の豊かさを再認識する大事な要素です。

 4. Trust(自分を信じる)
 常に自分の外を見て決断するよりも、自分の直感と自分の考えを信頼する方がはるかに優れています。何かが自分に合っていないと感じたら、自分の気持ちを尊重してみてはどうでしょうか。あなたは自分自身に責任を持ち、自分自身の存在に耳を傾け信頼することを学んでいます。自分という存在に対するこの信頼を育むほど、他の人をより信頼し、他者の本質的な良さに気づくことが容易になります。

 5. Non-striving(奮闘しない)
 普通なら何かを得ようとする場合はそのために行動します。しかし瞑想ではこの行為は障害になる可能性があります。それは瞑想が通常の人間の活動とは異なるからです。あなたがあなた自身になること以外に目標はありません。ゴールはあなたの中に既に存在しています。これは逆説的で少しクレイジーに聞こえるかもしれません。瞑想の領域では、自分の目標を達成するための最良の方法は、結果を求めて奮闘努力するのをやめることだということに気づくことが重要です。

 6. Acceptance(受け入れる)
 私たちに頭痛があったときも、病気の診断を受けた時も、誰かの死を経験した時も、私たちは物事をそのまま受け入れ、それを受け入れる必要があります。受け入れるまでに伴うあらゆる感情の変化も全て癒しのプロセスです。あなた自身が変化していくことも重要です。しかし、その前にたとえどのような状態であったとしてもあなたがあなた自身を受け入れ、愛することも重要なことです。瞑想の実践では、瞬間瞬間をとらえ、そのまま完全に自己と同一化することで、受容を育むことができます。

 7. Letting Go(手放す)
 手放すことは物事を手放す方法であり、出来事をそのまま受け入れる方法です。私たちは意図的に自分の衝動を手放すことを思い出します。私たちが何かを判断していることに気付いたとき、その考えを手放しそれ以上追求しません。そうすることでそれらを手放すことができます。同様に、過去や未来の考えが浮かんだとき、私たちはそれらを手放します。見ているだけです。

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 以上の通りで、このような瞑想を1日45分、週6日、8週間行うプログラムがよく行われているようです。以前に紹介したヨーガ瞑想や超越瞑想とも共通点が多く見られます。まずはリラックスして自分の意識のあり方にフォーカスすること、そして「あらゆる外界での不安や心配事の解決は自己の内面に存在する」ことに気づくことが大事であると説かれています。少しでも不安や心配事がある人は瞑想の実践を試してみると良いと思います。

引用/参考文献
*1. Arch JJ et al. Randomized clinical trial of adapted mindfulness-based stress reduction versus group cognitive behavioral therapy for heterogeneous anxiety disorders. Behaviour Research and Therapy 51 (2013) 185-196
*2. 認知行動療法
https://ja.wikipedia.org/wiki/認知行動療法#cite_note-15
*3. Kabat-Zinn, J. (1990). Full catastrophe living: Using the wisdom of your body and mind to face stress, pain, and illness. New York, NY: Delta.
*4. Sheehan DV, Lecrubier Y, Sheehan KH, et al. (1998). The Mini-International Neuropsychiatric Interview (M.I.N.I.): the development and validation of a structured diagnostic psychiatric interview for DSM-IV and ICD-10. Journal of Clinical Psychiatry, 59(Suppl. 20), 22-33.
*5. Meyer TJ, Miller ML, Metzger RL, et al. (1990). Development and validation of the Penn State Worry Questionnaire. Behaviour Research and Therapy, 28, 487-495.
*6. Casillas A, & Clark LA (2000, May). The Mini mood and anxiety symptom questionnaire (Mini-MASQ). Paper presented at the 72nd annual Meeting of the Midwestern Psychological Association, Chicago, IL.
*7. 厚生労働省:心の健康:認知行動療法
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/kokoro/index.html

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No.014 ストレスと高血圧と瞑想のメタ解析

前回の記事では高血圧に対する瞑想の効果を題材に臨床研究を紹介しました(*1)。高血圧はご存知の通り非常に身近な疾患の一つで、かつては「成人病」現在は「生活習慣病」と呼ばれる疾患群に含まれ、その代表的な病態でもあります(*2)。
今回はその高血圧ストレスの関係性、そしてどのようなタイプのストレスが、またどのような体質の人が、血圧上昇しやすいのか研究結果に基づいて紹介します。


今回紹介する研究タイトルは“Sympathetic Activity and Cardiovascular Risk Factors in Young Men in the Low, Normal, and High Blood Pressure Ranges(低血圧/中間血圧/高血圧の青年男性における交感神経活動と心血管リスク因子)(*3)”という題で2006年のノルウェーの大学からの研究論文です。

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この研究では19歳の男性4137人のデータより低血圧群(グループ1:平均血圧(MBP)が最も低い1パーセントの人達)、中間血圧群(グループ2:MBPが中央値付近の1パーセントの人達)、高血圧群(グループ3:MBPが最も高い1パーセントの人達)が抽出されました。研究協力の要請に応じ、かつ再検査でも血圧が各群の基準に合致した43人(グループ1:MBP≤82mmHg:15人、グループ2:83≤MBP≤109mmHg:15人、グループ3:110mmHg≤MBP:13人)が最終的な研究対象に選ばれました。

いずれも健常な男性で高血圧治療歴は無く、薬物/アルコール常習者はいませんでした。喫煙率や両親の高血圧症罹患率も有意な差はありませんでした。


今回のストレスと血圧の実験には3種類のストレステストが用いられました。

1)コールドプレッサーテスト(CPT: cold pressor test):これは右手を氷水(0℃)に1分間完全に浸けるというテストです。言ってみれば「感覚的ストレステスト」ということになります。

2)暗算チャレンジテスト(MST: mental arithmetic stress test):これは「1079」から「13」を5分間引き算し続けるもので、さらに2Hzのメトロノームによる音の妨害が入ります。これは「精神的ストレステスト」と言えます(確かに、聞いただけで嫌になるテストですね)。

3)起立性ストレステスト(ORT: orthostatic stress test):これは30分休憩したところで急に起立してもらい、2分間起立したままでいるというものです。これは「身体的ストレステスト」と言えます。


検査の測定は、血圧上昇に強く関係する交感神経ホルモンの「エピネフリン(アドレナリン)*4」と「ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)*5」が被験者の動脈血から測定され、各ストレステスト中の変化が解析されました。平均血圧(MBP)は{拡張期血圧+(収縮期血圧ー拡張期血圧)÷3}として計算されました。


結果ですが、まず今回低血圧群(グループ1)、中間血圧群(グループ2)、高血圧群(グループ3)として対象が抽出されましたが、ベースライン(安静時)の時点でエピネフリン(p=0.01:※一般にp値<0.05で統計学的に有意)、ノルエピネフリン(p=0.043)で郡間に有意差があることがわかりました。もちろん、低血圧群が最も低いレベルで高血圧群が最も高いレベルでした。そのほかにはHDLコレステロール(p=0.034)やウエスト/ヒップ比(腹囲に相当:p=0.026)が群間差のある因子でした。


ストレステストにおいては、3つのテスト全てで平均血圧、エピネフリン、ノルエピネフリンに有意な変化が見られました(CPT:p≤0.05、MST:p<0.02、ORT:p<0.01)。また、この中ではMST(精神的ストレステスト)のみが各グループ間での違いを示しました(図1)。このMSTの解析では、Δ(増加分)MBP(平均血圧:p<0.001)、ΔHR(心拍数:p=0.003)、Δエピネフリン(p=0.001)、Δノルエピネフリン(p=0.025)においていずれも有意に群間差がみられました
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この実験の結果をまとめると、
・高血圧/中間血圧/低血圧群の順で交感神経ホルモン基礎値が有意に高かった
・感覚/精神/身体ストレスでは精神的ストレステストが最も血圧が上がった
・MST(精神的ストレステスト)ではどの血圧グループでも有意に血圧が上昇した
・MSTでは血圧/心拍数/アドレナリン等全てが有意に上昇した
・血圧上昇の増加率も、低血圧群が最小、高血圧群が最大であった
ということが示されました。


今回も非常に興味深い知見が得られました。まず、我々を取り巻く環境にはあらゆるストレスが存在していますが「感覚」や「身体」のストレスよりも「精神的ストレス」が血圧に最も悪影響を与えることが分かりました。暗算に限らず「悩みを考え込んだり」「一つの事に執着したり」「嫌なことを考えるのに頭を使う」ということは「思っている以上に体にも大きなストレスを与えている」と言えます。


そして、血圧は個人の体質によって異なることは知られていましたが、その原因に交感神経ホルモンのエピネフリン(アドレナリン)やノルエピネフリン(ノルアドレナリン)が大きく関わっていることを示す研究結果です。「血圧が高い体質の人」はアドレナリン分泌量が安静時から高く、「ストレスで血圧が上がりやすい人」はストレスで交感神経ホルモンが多量に分泌される体質とも言えます。


確かにこのような人達にアドレナリン受容体阻害剤という降圧薬を処方すれば血圧は下げられますし、近年の西洋医学はそれを標準治療としてきました。しかし、着眼点を変えて「アドレナリンではなくストレスの方を抑えても血圧は下げられるのではないか」という考えもあると思います。それに関する大規模研究の結果を紹介します。



瞑想が高血圧に効果的か?」というテーマで解析された“Blood Pressure Response to Transcendental Meditation: A Meta-analysis.(超越瞑想の血圧に対する効果:メタアナリシス)*6”という研究論文で2008年ケンタッキー大学の研究者による報告です。メタアナリシス」とは「客観性の高いランダム化比較試験」をさらに幾つもまとめてその結果の妥当性を導き出す解析法ですが、分かりやすくいうととりあえず「最強の統計解析方法」だと思って頂いて構いません。
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この研究では「血圧における超越瞑想の効果を検証したランダム化比較試験」を適正な審査によってハイクオリティの研究3件を含んだ9件に絞り込み、細かく解析が行われています。「超越瞑想Transcendental Meditation」とは「リラクゼーション」と「自己意識」にフォーカスした瞑想法の一種ですが、詳細は前回記事(*1)を参考にしてください。この9件の臨床試験を解析したグラフを図2に示します。


図2は各臨床試験が分かりやすくグラフ化されていて、ゼロの縦線を基準に横のバーが「左側に寄っていれば血圧が低下」「右に寄っていれば血圧が上昇」「真ん中にまたがっていれば変化なし」ということが見て取れます。バー全体が完全に左側に寄っていれば「統計学的に有意に低下した」という意味になります。
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そのような見方でグラフを見ると、収縮期血圧(図2左)を見ても大部分が左に寄っていて、全体の合算やハイクオリティの研究ではバーが完全に左側に寄って(メタ解析で有意)います拡張期血圧(図2右)も同様に大部分の研究は左に寄っていて全体の合算やハイクオリティ研究では同様に完全に左側寄りになっています。


このグラフは「瞑想によって血圧が低下することがメタ解析によって示された」ということを表しています。言ってみれば「瞑想」という薬でもなく実体の無いものが、「血圧を下げる」という現実的な効果を示したことが「医学的科学的に高い精度で実証された」ことになります。2008年の論文で医学史の中では新しい方ですが、物質ではなく「瞑想」という捉えどころのないものに興味を持つ研究者が増えメタアナリシスを出すまでに至ったことも医学史における大きな前進だと思われます。

今後の医学も分子生物学的な探究は進んでいくと思われますが、「ストレス」や「瞑想」のような目に見えない世界「形而上学(けいじじょうがく)」的な分野もどんどん開拓されていくと思われます。高血圧の方や予防を考えている方は瞑想習慣を取り入れてみてはいかがでしょうか。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/n12e335a385c6
*2. 生活習慣病とは
http://www.seikatsusyukanbyo.com/prevention/about.php
*3. Flaa A, et al. Sympathetic Activity and Cardiovascular Risk Factors in Young Men in the Low, Normal, and High Blood Pressure Ranges. Hypertension. 2006;47:396–402
*4. https://ja.wikipedia.org/wiki/アドレナリン
*5. https://ja.wikipedia.org/wiki/ノルアドレナリン
*6. James W. Anderson, Chunxu Liu and Richard J. Kryscio, Blood Pressure Response to Transcendental Meditation: A Meta-analysis. American Journal of Hypertension 21:3, 310-316, 2008

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No.013 “高血圧は瞑想で改善する”という医学研究

前回の記事では“身体的炎症に対するヨーガ・瞑想の効果*1”を題材に臨床研究を紹介しました。「ストレスは潰瘍性大腸炎を悪化させる/炎症性疾患を増悪させる」ということは言われていますが、実際にIL-6やTNFαなどの数値で示されると非常に説得力のあるデータであることが分かります。今回は身近な疾患である“高血圧”に関する臨床研究を紹介します。

研究タイトルは“A Randomized Controlled Trial of Stress Reduction in African Americans Treated for Hypertension for Over One Year(高血圧治療中の米国人におけるストレス低減効果のランダム化比較試験)*2”というテーマで、2005年にロバート・シュナイダー医師により発表された研究です。
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背景として、これまでも心理的社会的ストレスが高血圧を含む循環器系の疾患の原因であることは認知されていました(*3)。一般的に高血圧に対しては降圧薬を処方するのが第一であると考えられていますが、この研究では瞑想を含めたストレス低減が高血圧患者にどのような効果をもたらすかを検証しています。特にアフリカ系アメリカ人において心血管系の疾患を有する割合が高いということでこのタイプの人々が被験者に選ばれたようです。


方法は、カリフォルニア州のある地域に居住し、収縮期血圧が140〜179mmHg、拡張期血圧が90〜109mmHgと一般に高血圧の基準に該当する患者群が対象となりました。基準に合致する被験者らは次の3つのアームに無作為に割り付けられました;1=超越瞑想(Transcendental Meditation/TM)群2=漸進的筋弛緩(Progressive Muscle Relaxation/PMR)群, 3=従来の健康指導(participation in conventional Health Education/HE)群


超越瞑想(Transcendental Meditation)とは、インド人のマハリシ・マヘーシュ・ヨギーによって1950年代に知られるようになり、マントラ(真言)を心の中で唱えて心を鎮めるとともに“開放された気づき”、“至高の境地”に達することを目的とした瞑想法の一種とされています(*5:後述)。このTM群に割り当てられた被験者は1日2回20分ずつ、毎日教えられた超越瞑想を実践しました。


次の漸進的筋弛緩法(Progressive Muscle Relaxation)とは、内科・精神科医であり生理学者のエドモンド・ジェイコブソンが1920年代初めに開発し、特定の筋肉の緊張と弛緩を意識的に繰り返し行うことにより身体のリラックスを導く方法として知られています(*6, *7)。

超越瞑想(TM)と漸進的筋弛緩法(PMR)の違いは、両者ともリラクゼーションという面は共通していますが、TMでは“精神面の超越を目的とする瞑想”であるのに対し、PMRは“純粋に筋肉の緊張と弛緩にフォーカスしたリラクゼーション”で精神面の活動を伴わないという特徴があります。PMR群に割り当てられた被験者も1日2回20分ずつ、毎日教えられた筋弛緩法を実践しました。


最後の従来の健康指導(participation in conventional Health Education)とは、従来と同じ一般的な食事や生活習慣における指導を行うもので特別な瞑想やワークを行わないものです。この群は上記のような瞑想やリラクゼーション法を学ばずに、一般的指導に基づいて1日2回20分ずつ、勧められた運動や料理や安眠などを実践しました。


これらの実践は12カ月行われ、介入の開始前(ベースライン)/3/6/9/12カ月後に血圧測定が行われました。197人が無作為割り付けによって3つの群に振り分けられ、うち150人が12カ月のコースを完遂しました(TM群:54人、PMR群:52人、HE群:44人)。これらの被験者の各群間において、年齢/性別比/体重/降圧薬服用率/BMI/喫煙率/結婚率/ベースライン血圧/学歴/所得、等に有意な偏りはありませんでした


研究の結果として12カ月経過後の各群の血圧変化は図1のようになりました。
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TM(瞑想)群では収縮期血圧(SBP)が -3.12mm Hgと統計学的に有意に減少(p=0.02)したのに対し、PMR群は -0.54 mm Hgの変化で有意差無し(p=Not Significant)、HE群も -0.90 mm Hgの変化で有意な変化は見られませんでした(p=NS)。ただし、収縮期血圧の変化の大きさに関しては、治療群間の比較では有意ではありませんでしたがTM群がPMR群とHE群に対してより低下している傾向がみられました(TM群vs.PMR群: p=0.12、TM群vs.HE群:p =0.17)。


拡張期血圧(DBP)の平均変化は、TM群で -5.67 mm Hg、PMR群で-2.90 mm Hg、HE群で-2.59mmHgでした。すべてのグループは、拡張期血圧で有意に減少しました(p <0.01)。各群間の比較ではTM群はPMR群よりも有意に血圧低下し(p=0.01)、同様にHE群よりも有意に(p=0.01)血圧低下させましたが、PMR群とHE群の間には差がありませんでした(p=0.44)。


図1の結果をまとめると、TM群のみが拡張期/収縮期血圧において有意に低下し、PMR群やHE群とも有意な差があった、そしてPMR群とHE群で殆ど差はみられなかった、と言えます。



また、12カ月間の被験者の降圧薬の変化は図2のようになりました。12カ月後TM群では降圧薬は変化無し〜やや減少していたのに対し、PMR群とHE群は降圧薬の量が有意に増加していました(TM群vs.PMR群:p=0.015、TM群vs.HE群:p=0.006、PMR群vs.HE群:p=NS)。
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図1の血圧のデータと合わせると、PMR群とHE群でもわずかに血圧低下していたように見えますが、実際には降圧薬の増量が背景にあったことが分かります。そうすると、純粋に薬の影響を除いて血圧低下作用があったのはTM群のみということが示されています。


この研究の結果をまとめると、TM群のみが降圧剤の増量なしに血圧を有意に低下させたことが示されました。「1日2回、20分ずつの超越瞑想を12カ月続けると血圧を下げる効果があることがランダム化比較試験によって証明された」と言えます。

興味深いのは、「同じリラクゼーション効果が得られる漸進的筋弛緩法では明らかな血圧低下効果が得られなかった」という点です。前回紹介した記事(*1)でも同じような現象が見られましたが、“ただの身体的なリラクゼーション/運動のみ”では健康に寄与する効果は少なく、”瞑想という精神的活動を伴うことで血圧低下/抗炎症作用がより増強される”ことが昨今の研究で示されています。


今回研究に用いられた超越瞑想(Transcendental Meditation)について簡単に説明すると、これは宗教でも思想でもなく、“簡単で努力の要らない技術”とされています。やり方は目を閉じてリラックスした姿勢を保ちます。最初にマントラというまじないの言葉を設定します。特に意味のない3、4文字の言葉で良いです(「ギョーザ」「タヌキ」といった意味のある言葉は雑念を想起させるので不適切です)。そして20分間心の中でマントラを唱え、心を鎮めて深い意識の中へと入っていきます。これを1日2回行うだけで超越瞑想を実践することができます。

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超越瞑想の教えでは意識には7つの状態があるとされています。
まず我々が日常の生活で最もよく経験するのが「目覚め」「眠り」「夢」の3つの意識状態です。「目覚め」とは「起きている状態/顕在意識」とも言えます。
そして4番目がこれらを超越し、これらの源の状態である「純粋意識」と定義されています。この状態では体はリラックスしながら精神は明瞭な状態になり超越的で神聖な体験が得られるとされています。
5番目の状態では純粋意識からさらに真我に目覚め、永遠性や完全性の意識に至った「宇宙意識」という状態になるとされています。
そしてさらに外界の世界が相対的な世界であることを悟り、全ては自己の中に内在していることに気付く、自己の内面こそが絶対の世界であり全てを創造する無限性を有する6番目の意識状態の「神意識」に達するとされています。
献身を通して意識状態がさらに洗練されて至高の状態に達すると「統一意識」という状態になりあらゆる苦は無くなり、あらゆる想いは実現し、あらゆることをも楽しむことができる、という究極の意識の境地に達することができるとされています(*4, *5)。

今回取り上げた研究をまとめると、
・瞑想は高血圧に対し血圧低下効果があるという結果が得られた
・1日2回20分ずつの超越瞑想を続けることで薬を増やすことなく血圧を下げられた
・身体的リラクゼーションのみでは従来の健康指導と差はなかった
ということが分かりました。

ランダム化比較試験という客観性の高い医学研究でこのような結果が得られたことは非常に説得力のあるデータだと言えます。血圧が気になる方はこの超越瞑想や自身のやりやすい瞑想法で高血圧予防に取り組むことをお勧めします


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/n82a1b70e67bd
*2. A Randomized Controlled Trial of Stress Reduction in African Americans Treated for Hypertension for Over One Year. Robert H. Schneider et al, the American Journal of Hypertension 2005; 18:88–98, doi:10.1016/j.amjhyper.2004.08.027
*3. Bairey-Merz NC, Dwyer J, Nordstrom CK, Walton KG, Salerno JW, Schneider RH. Psychosocial stress and cardiovascular disease: pathophysiological links. Behav Med. 2002;27:141–147.
*4. Roth R. Maharishi Mahesh Yogi’s Transcendental Meditation. Washington, DC: Primus; 2002.
*5. https://ja.wikipedia.org/wiki/超越瞑想
*6. Bernstein DA, Borkovic TD. Progressive Relaxation Training: A Manual for the Helping Profession.Chicago: Illinois University Press; 1973.
*7. https://ja.wikipedia.org/wiki/漸進的筋弛緩法

画像引用
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No.012 身体的炎症に対するヨーガ・瞑想の効果

前回の記事では“身体炎症に対するストレスと瞑想の影響(*1)”についての研究を紹介し、やはりストレスは炎症状態を助長し、対して瞑想炎症物質を抑えるということが示されました。今回は日本にも浸透しつつある“ヨガ(ヨーガ: yoga)”と健康に関する研究を紹介したいと思います。


今回紹介する研究は“Yoga’s Impact on Inflammation, Mood, and Fatigue in Breast Cancer Survivors: A Randomized Controlled Trial(炎症/気分/倦怠感に対するヨガの影響:乳がん生存者のランダム化比較試験 *2)”というタイトルで2014年にオハイオ大学の研究グループから発表された論文です。掲載された米国のJournal of Clinical Oncologyという学術誌はがん臨床関係の医師や研究者の間では有名で、非常に知名度と信頼性の高い医学誌として知られています。


この研究ではハタ・ヨーガ(*3)という技法が研究に用いられています。ヨーガも多くの様式があり、いずれも身体的な鍛錬と精神の鍛錬を目的としています。簡単に説明するとハタ・ヨーガ(Hatha-yoga)とは、アーサナ(坐法)、シャトカルマ(浄化法)、ムドラー(印相)、調気法(プラーナーヤーマ)、瞑想(ディアーナ)という要素から成り、サンスクリット語で太陽を表す「ハ」と月を表す「タ」が語源となっており、月と太陽すなわち陰と陽の対となるものを統合する流派と言われています。


もう一方でラージャ・ヨーガ(Raja-yoga, *4)という技法もあります。こちらは「王のヨーガ」という意味もあり、瞑想(ディアーナ:Dhyana)によって心を鍛錬し最終的に解脱を目指すヨーガの体系とされています。このラージャ・ヨーガの瞑想による精神的な解脱に至る前の段階で、身体の鍛錬と浄化を主体的に行うヨーガがハタ・ヨーガという説明もされています(諸説あると思われます)。

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以上の様に、ヨーガにはポーズによる身体的な鍛錬と瞑想による精神的な鍛錬は欠かせない要素ですが、今回のスタディで用いられたハタ・ヨーガは気持ちを落ち着かせて一定の時間決められた姿勢(ポーズ)を取り変化させていく、日本のヨガ教室でも見られる様なものとイメージして頂いて良いと思います。


この研究(*2)に話を戻して、対象者は乳がん治療後の患者(ステージ0〜IIIa、27〜76歳、3年以内に治療され、ホルモン治療以外の治療後2ヶ月以上経過している症例)が200人集められ、それぞれ“ヨガ実践グループ”と“コントロール(比較対照)グループ”にランダムに割り当てられました。“ランダム化比較試験”とは研究者や被験者の先入観が入りにくいので、“より客観的で精度が高い”研究デザインと言われています。


ヨガ・グループに割り当てられた人達は週に2回、90分のヨガ・セッションに参加し、12週間で計24回のセッションに参加しました(欠席した場合も連絡を取って自宅で行った時間を計測したようです)。対して、コントロール・グループ(対照群)に割り当てられた人達はこれまで通りの生活を継続し、自主的なヨガ体操などは行わない様に統一されました。


精神面での評価は“倦怠感の指標(MFSI-SF *5)”、“全般的な健康調査(SF-36 *6)”、“疫学研究センターうつ病スケール(CES-D *7)”、“睡眠の質インデックス(PSQI *8)”、“高齢者のためのコミュニティ健康活動プログラム質問表(CHAMPS *9)”、といった指標が用いられました(一般的ではないですが医学的に妥当性のある指標と思って構いません)。


身体的な炎症の指標としては、末梢血の単球細胞由来のインターロイキン-6(IL-6)腫瘍壊死因子α(TNF-α)インターロイキン-1β(IL-1β)が計測されました。インターロイキン-6は前回の記事でも出てきましたが、過剰に産生されると炎症反応を誘発したり免疫系の調節異常が起こり、慢性関節リウマチなどの炎症性疾患に関与していることが示されています(*1, *10)。腫瘍壊死因子α(Tumor Necrosis Factor-α: TNF-α)とは本来は腫瘍などの異常細胞を壊死させる物質なのですが、これも過剰に産生されると炎症を引き起こし、慢性関節リウマチなどの炎症性疾患に関与していることが知られています(*11)。インターロイキン-1βも同様でその調節が乱れて過剰に産生されると発熱や炎症を引き起こし、自己免疫疾患にも関与していると言われる炎症反応性物質です(*12)。


肝心の結果ですが、ヨガ実践による“精神面への影響”は図1のようになりました。
倦怠感の評価(図1A)で介入前(ヨガ実践開始前)のベースラインを両群で基準を合わせたところ、ヨガ実践から3ヶ月後の比較ではヨガ・グループ5.4ポイント対コントロール群12.4ポイントで(p=0.002、p値が低いほど強い差を表す。一般にp<0.05なら有意な差)、統計学的に有意に“ヨガ・グループの方が倦怠感が少ないと感じている”ことが示されました。


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さらに、活力:Vitalityの評価(図1B)でも介入直後でヨガ群58.7対コントロール群52.3 (p=0.01)、介入後3ヶ月の時点でヨガ群58.1対コントロール群51.6(p=0.01)と、こちらも有意に“ヨガ群の方が自身に活力があると感じている”ことが示されています。うつ症状(図1C)に関しては治療直後でヨガ群8.1対コントロール群9.2(p=0.28)、3ヶ月後でヨガ群8.5対コントロール群9.7(p=0.21)と、ヨガ群でうつ症状スコアが低いものの、統計学的な有意な差ではなかったということです。


次に血液の炎症性サイトカイン(IL-6/TNFα/IL-1β)の測定結果では図2のように報告されています。インターロイキン-6では介入から3ヶ月後の時点でヨガ・グループがコントロール群に対して15%低いという結果になりました(図2D、p=0.027)。またTNFαも3ヶ月後の計測においてヨガ・グループの方がコントロール群よりも13%低いという結果が出ています(図2E、p=0.027)。そしてインターロイキン-1βは3ヶ月後にヨガ・グループの方がコントロール群よりも20%低いという結果が出ました(図2F、p=0.037)。


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こうしてみると、ヨガによるエクササイズ・瞑想は血液や生化学的なレベルでも有意に変化をもたらすことが分かります。精神面の安定だけではなく肉体的なレベルにおいても炎症を鎮め、健康的な状態に近づけてくれることがグラフからも示されています。


さらに二次解析としては、ヨガのワークが1日10分増えるとインターロイキン-6が5%減少(p=0.01)、インターロイキン-1βが8%減少(p=0.03)したとのことです。また、睡眠の評価もヨガ・グループで有意に改善された(p=0.03)とのことです。今回の研究ではヨーガによる身体的なエクササイズや精神集中が精神面にも肉体面にも良い影響をもたらすということが言えそうです。


このような研究結果に対して「普通の運動/エアロビクスのようなエクササイズでも良いのか?」という疑問は生じると思います。これに関しては“Effect of exercise training on chronic inflammation.(慢性炎症におけるトレーニング・エクササイズの効果*13)”という別の研究が2010年に報告されています。これによると3つのランダム化比較試験のうち2つでは“運動群と対照群で有意差無し”とされ、「“運動は炎症軽減に良い”という報告が多いが厳密なランダム化比較試験においては効果は限定的である」と結論づけられています。つまり、“単純な運動では厳密に健康に効果的と言い切ることは難しい”とのことです。


このような中でヨガのランダム化比較試験でここまで明瞭に二群間に有意差が出たのは意義のあることではないかと思われます。一つの違いとしては、冒頭で述べたとおりヨガは単純な身体の運動だけではなく瞑想(ディアーナ:Dhyana)によって心を鍛錬することに大きな意義があると考えられます。身体的にも精神的にもはっきりと差が表れたのはヨガの瞑想的要素が一つの大きな違いではないかと考えられます。


そして、ヨガは運動といっても激しく体を動かすものではなく、全身の筋肉に適度な緊張と弛緩を与えるものです。一定のポーズで姿勢を維持することは精神的な落ち着きをもたらし、逆に精神的な安定が筋肉の緊張緩和をもたらす、という肉体と精神の相互作用もあると思われます。


今回のテーマをまとめると、
・ヨガを週2回、12週間実践したグループでは倦怠感が有意に改善した
・ヨガ・グループでは活力的だと感じる人が有意に多かった
・ヨガ・グループでは炎症物質(IL-6, TNFα, IL-1β)が対照群より有意に低かった
・ヨガ実践から3ヶ月後で対照群との差はより明白になった
・ワークを実践する時間が増えると炎症物質(IL-6, IL-1β)は有意に低下した
・単純なエクササイズだけではこれらの効果は説明し難い
ということが言えると思います。より厳密な試験であるランダム化比較試験でこれほど明瞭な効果が現れたのはヨガが単純な体操ではなく“身体と心の鍛錬”であることが大きいのではないかと思われます。


以上、Journal of Clinical Oncologyという世界的に権威のある学術誌にヨーガ瞑想の優位性が取り上げられたという画期的な研究を紹介しました。これまでの記事を見ても、禅瞑想であれマインドフルネス瞑想であれヨーガ瞑想であれ、どんな形でも瞑想が心身に良い影響をもたらすことが科学的に証明されてきています(*14)。ぜひ日頃の生活の一部に瞑想を取り入れてみましょう。


引用/参考文献
https://note.com/newlifemagazine/n/n2744a1695749
*2. Janice K. Kiecolt-Glaser, et al. Yoga’s Impact on Inflammation, Mood, and Fatigue in Breast Cancer Survivors: A Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol 32:1040-1049. 2014, DOI: 10.1200/JCO.2013.51.8860
*3. https://ja.wikipedia.org/wiki/ハタ・ヨーガ
*4. https://ja.wikipedia.org/wiki/ラージャ・ヨーガ
*5. Stein KD, Jacobsen PB, Blanchard CM, et al. Further validation of the multidimensional fatigue symptom inventory-short form. J Pain Symptom Manage. 2004;27:14–23.
*6. Ware JE, Jr, Sherbourne CD. The MOS 36-item short-form health survey (SF-36): I. Conceptual framework and item selection. Med Care. 1992;30:473–483.
*7. Radloff LS. The CES-D scale: A self-report depression scale for research in the general population. Appl Psychol Meas. 1977;1:385–401.
*8. Buysse DJ, Reynolds CF, 3rd, Monk TH, et al. Pittsburgh Sleep Quality Index: A new instrument for psychiatric practice and research. Psychiatry Res. 1989;28:193–213
*9. Stewart AL, Mills KM, King AC, et al. CHAMPS physical activity questionnaire for older adults: Outcomes for interventions. Med Sci Sports Exerc. 2001;33:1126–1141.
*10. https://ja.wikipedia.org/wiki/インターロイキン-6
*11. https://ja.wikipedia.org/wiki/腫瘍壊死因子
*12. https://ja.wikipedia.org/wiki/インターロイキン-1β
*13. Beavers KM, Brinkley TE, Nicklas BJ. Effect of exercise training on chronic inflammation. Clin Chim Acta. 2010;411:785–793.
https://note.com/newlifemagazine/m/mb580e4b26aa4
画像引用
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