No.010 瞑想と睡眠の違い

これまでの記事では「瞑想と脳内物質セロトニンの関係(*1)」や「リラクゼーション瞑想と脳内物質ドーパミン (*2)」について紹介し、瞑想を行うことで“脳内に明らかに物質レベルで変化が起こる”ということが科学的に証明されてきました。そこで疑問に挙がるのが、「何も考えずに無心で瞑想を行う」ことと「何も考えずに普段寝ている」ことはどう違うのだろうか?、と考える人もいるのではないかと思います。


私も過去に授業やセミナーで居眠りしていた時に「瞑想していました」と誤魔化したこともあります(怒られましたが、居眠りの口実にしてはいけませんね)。「瞑想していると寝てしまう」「寝てしまうと瞑想の効果はあるの?」という方もいることでしょう。今回は「瞑想状態と睡眠状態の違い」についての研究を紹介します。


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論文タイトルは「AN ELECTROENCEPHALOGRAPHIC STUDY ON THE ZEN MEDITATION (ZAZEN):禅瞑想(座禅)における脳波の研究(*3)」で東京大学附属病院の笠松医師らによって報告された研究です。現代では“脳波は勉強中はアルファ波が優位、瞑想中はシータ波優位、云々”ということは基本的なこととして多くの人が知るところですが、この論文は1966年(今から50年以上前)に出版されたもので「瞑想の基本中の基本を解明してきた研究」に焦点を当ててみたいと思います。


この研究実験の協力被験者は禅宗(曹洞宗・臨済宗)の僧侶(高位の僧侶から若い修行僧まで)48名で年齢は24歳〜72歳で満遍なく選ばれました(1〜5年:20人、5〜20年:12人、20年以上:16人)。座禅瞑想に習熟したこれらの被験者の頭部に脳波計の電極を付け、。脳波計の電極は5点(前頭部、前頭ー頭頂部、頭頂部、後頭ー頭頂部、後頭部)に取り付けられ、瞑想の集中を妨げないような工夫がなされました。禅瞑想の実験は通常通りの禅修行場で行われました(図1)。

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座禅瞑想のやり方は禅修行と同様で、足は胡座(あぐら)のように足を組み、開眼して前下方を見つめ、両手を合わせた姿勢(図1)で1回約30分間行います。
比較対照群として、18名の研究員(年齢23〜33歳)と4名の高齢男性(年齢54〜60歳)が選ばれました。これら22名の比較対照者らはいずれも座禅や瞑想の経験はありませんが、被験者の禅僧達と同じ条件で脳波が計測されました



結果ですが、まず20年以上の熟練した僧侶の瞑想時の脳波を図2に示します。瞑想前は通常の開眼時の意識状態であり、脳波に特徴的な波形は見られません(図2a)。しかし、禅瞑想を開始するとともに1分も経たないうちに脳波に変化が現れました。振幅が40~50μVで周期が11~12/秒のアルファ波が全体に出現しているのが分かります(図2b)。そして8分を経過したところではアルファ波の振幅が60~70μVと大きな波形が出現していることが分かります(図2c)。
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続いて、瞑想開始から27分経過した頃に周波数が7~8/秒のリズミカルな波形が1~2秒間程度現れ始めます(図3a)。そのさらに20秒後には周波数6~7/秒、振幅も70~100μVの大きなシータ波が観察されるようになり、瞑想終了までシータ波が出現する状態が持続しました(図3b)。そして瞑想が終了した後も通常時の脳波に戻らずにアルファ波が持続した状態を維持しており、この脳波の持続も禅瞑想による脳への効果と考えられます。
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これに対して比較対照となった人達の脳波を図4に示します。これをみると先ほどのベテラン僧侶の脳波と異なるのが一目瞭然です。時折アルファ波が出現していることもありますが、ほとんどの波形が小刻みで振幅も小さく、日常の意識レベルに近いベータ波が支配的であることが脳波からも読み取れます。瞑想経験のほとんど無い被験者はいずれも同じような反応で、瞑想前・中・後を通してほとんど変化が現れなかったようです。そして、20代でも60代でも大きな差は無かったことから加齢による影響ではなく、瞑想の経験に関連していると言えそうです。

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研究著者らはこの脳波の変化を以下のように分類しました。
ステージI: アルファ波が出現するがわずかな変化
ステージII: 持続的なアルファ波と振幅の増加
ステージIII: アルファ波の周波数の低下(シータ波へ移行)
ステージIV: 律動的なシータ波の出現。
そして、48名の被験者のうち修行中の僧侶23名を経験年数別、精神レベル別(上級僧侶による評価)に3グループに分け、脳波のステージとの相関をまとめたのが図5です。図をみて分かる通り、経験年数が多いほど/または修行者の精神レベルが高いほど、脳波のステージが高く、アルファ波からシータ波への移行が進みやすいことが分かります。
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続いてクリック刺激に対する反応の実験結果を示します。このための実験では、瞑想中に“「カチッ」というクリック音を聞かせる”という外部刺激を1分間隔で与えます。これによって一瞬瞑想状態が途切れます。このとき脳波ではアルファ波のブロッキングが起こり、集中が途切れますが数秒すると意識が瞑想状態になり、またアルファ波が出現します。


図6は覚醒しながら瞑想している時と傾眠(うたた寝)しているときにクリック刺激を受けたときの比較です。図6aのように上級僧侶が覚醒しつつ瞑想しているときは、クリック音によって一時アルファ波やシータ波が消失しますがまた数秒後にアルファ波/シータ波が出現します。これに対して図6bのように傾眠時は既にアルファ波/シータ波が消失しているのが分かります。そしてクリック音によって意識が戻り、また瞑想時の脳波に復帰しているのが見て取れます。
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次に上級僧侶と比較対照者でクリック刺激に対して反応がどう変わるかを示したのが図7です。前述の通り瞑想中に1分間隔でクリック音が聞かされますが、上級僧侶の方は瞑想初期も20分経過した時点でも変わらず、“音に反応して脳波のブロッキングは見られるが数秒でまたアルファ波/シータ波が出現”というパターンを維持します。これに対して比較対照の一般人では“瞑想初期は音に反応して脳波のブロッキングが見られるが、次第に慣れてしまい後半では睡眠状態で反応もしなくなった”という結果となりました。

この辺りは、“禅瞑想で無心の状態を保ちつつも外部刺激に反応する”熟練者と、“意識をコントロールできずに瞑想状態を保てず眠りに落ちてしまった”一般人との明確な違いと考えられます。

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これらの実験結果から研究者らは瞑想状態と睡眠状態を図8のように図式化しています。
脳波の観点からみると、瞑想前の開眼時(平常時)の脳波状態→瞑想開始とともにアルファ波が出現→アルファ波の振幅の増加→アルファ波の周波数の減少→シータ波の出現→リズミカルなシータ波の反復、というように瞑想が進むにつれて脳波のレベルも前述のステージのようにステップアップしていくようです。


しかし、睡眠になってしまった場合はアルファ波が減衰し、スローウェーブ(徐波)やスピンドル(紡錘波)バーストといった脳波が出現します。これらは熟練者の瞑想中の脳波には出てこないということです。
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このほかにも研究者らは“トランス状態”や“催眠術士に催眠術をかけられた状態”の脳波を比較していますが、いずれもシータ波は見られず瞑想中の脳波とは異なる状態だったと報告しています。


この研究をまとめると、
・瞑想時と睡眠時は脳波が異なっている
・熟練した瞑想者はアルファ波の後にシータ波が出現する
・瞑想熟練者は瞑想状態を持続しながらも意識を保っている
・経験や精神レベルに応じて脳波の質も変化していく
睡眠中は瞑想中には出てこない脳波が出現する
 (逆に瞑想中は睡眠時特有の脳波は出現しない)
・瞑想中でも睡眠に移行してしまうと瞑想中の律動的な脳波は消失する
ということが言えるようです。


こうしてみてみると、“瞑想と睡眠の違い”とは“自分の意識を制御しコントロールを保ちつつ内省/内観する”ことが瞑想状態(接心)であり、“自分の意識を保てずに、思考も脳波も自分のコントロールを失った無意識の状態”が睡眠状態(昏沈睡眠)であると言えると思われます。


やはり瞑想時と睡眠時では脳波や脳の状態が全く異なっていることが分かりました。これまでに紹介してきた瞑想による脳内の変化(*4)もやはり意識的に瞑想を行わないと得られない効果だと考えられます。そして熟練度が増すほど、瞑想の質も向上していくことはこの研究でも科学的に立証されています。


この研究は1966年と筆者も生まれる前の研究ですが、瞑想という”目に見えない世界”を科学的に解明しようという発想とそれを実際に論文として公表した実績はとても尊敬に値する研究だと思います。これまでの瞑想に関する研究の草分け的な位置づけの重要な研究だと言えます。今まで瞑想をした経験がない人でも是非瞑想習慣を身につけて脳内革命を起こしていきましょう。

引用
https://note.com/newlifemagazine/n/n0a07608b82cd
https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39
*3. Kasamatsu A and Hirai T. AN ELECTROENCEPHALOGRAPHIC STUDY ON THE ZEN MEDITATION (ZAZEN). Folia Psychiatrica et Neurologica Japonica, Vol. 20, No. 4, 1966, 315-336.
https://note.com/newlifemagazine/m/mb580e4b26aa4
画像引用
https://www.publicdomainpictures.net

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No.009 集中的な瞑想合宿がもたらす脳の変化

以前の記事で「ドーパミンとリラクゼーション瞑想(*1)」について紹介し、気軽にできるリラックス瞑想を行うことで睡眠とは違って脳の線条体におけるドーパミン経路が活性化されることが分かりました。そして動物実験では「脳内ドーパミンが抑制されるとやる気・集中力・持続力が低下する」ということが示されました(*2)。


今回は、より集中的な瞑想合宿(リトリート)は脳にどのような変化をもたらすか、という研究を紹介したいと思います。研究タイトルは「Effect of a one-week spiritual retreat on dopamine and serotonin transporter binding: a preliminary study *3.(7日間のスピリチュアル瞑想合宿がドーパミンセロトニン輸送体にもたらす効果に関する試験的研究)」というペンシルベニア大学のAndrew博士による論文で2018年と比較的新しい文献になります。


研究デザインは14人のボランティア(被験者)に7日間のスピリチュアルリトリートを実践してもらい、その前後で精神的変化や脳内の生理学的な変化を計測するという内容です。スピリチュアルリトリートとは、あまり聞き慣れないかもしれませんが、”世俗的なものから離れて静養や修練を行うもの”、“自己内省や瞑想を主体に行う合宿”と考えて頂くと良いと思います。今回の研究はペンシルベニア州の中心部にあるリトリートセンターが用いられ、センターの背景もあり被験者14名は全てクリスチャンでした(カトリック7名、プロテスタント5名、その他2名)。
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同じクリスチャンでも宗派が混在しており、この研究のテーマも”宗教的な教義”というよりは”自己内省”、“敬虔に祈る”、“静かな気持ちで雑念を払う”という瞑想効果に主眼が置かれています。そしていずれの被験者も瞑想の経験はあるようですが、今回のような7日間の瞑想合宿メニューを体験するのは初めてということです。


リトリートの内容は朝のミサを行い、内省、熟考、祈りなどが1日のスケジュールの大部分を構成しています。食事は他の参加者と共同スペースで摂られますが、基本的にはおしゃべりなどせずに沈黙を保ちます。スピリチュアルディレクターと呼ばれる司祭または尼僧と毎日ミーティングの時間があり、そこでガイダンスを受けたり洞察をシェアする時間が設けられています。このような、内省・祈り・瞑想が中心の生活を7日間続けるというのが今回のスピリチュアルリトリートであり、集中的な瞑想合宿と言える内容です。


脳内の変化を測定する方法としては、イオフルパン(薬品名:DaTscan/ダットスキャン)*4と呼ばれる物質を静脈内投与してから脳SPECT検査(放射性同位元素を用いた断層撮影)が行われました。このイオフルパンという物質は脳神経細胞のドーパミントランスポーター(DAT:図1右参照)という輸送体に結合します(機能は阻害しない)。このと考えられています。言わば、“無駄打ちになったドーパミンを再利用して少しでもドーパミン活性を上げるための代償的機構”と考えられています。
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脳内におけるこのドーパミン経路はどこに存在しているかというと、図1左に示されるように尾状核(びじょうかく)・被殻(ひかく)、これらを含めた線条体(せんじょうたい)や黒質(こくしつ)という場所に多く含まれ、やる気・報酬反応・運動調節・恋愛興奮といった複雑な精神運動活動に関与しているとされています。


このようなしていることが分かります(注:図2は見本で、紹介している研究症例とは関係ありません)。また、このイオフルパンはドーパミントランスポーターだけではなくセロトニントランスポーター(SERT)にも結合することが分かっています。
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研究本題に戻りますが、研究著者らはこのような薬剤を用いて瞑想リトリートを行う前の脳の状態と、7日間のリトリート後の脳の状態を検査し比較しました。もちろん、物質的な脳の変化だけではなく、被験者の身体的な感覚(SF-12: a 12-item Short Form Health Survey)、気分の状態(POMS: the Profile of Moods Scale *6)、うつ病の指標(BDI: the Beck Depression Inventory *7)、信仰心/スピリチュアリティの評価(the Brief Multidimensional Measure of Religiousness/Spirituality *8)、自己超越感の評価(the Cloninger Self Transcendence Scale *9)も同時に調査されました。


結果として、まず瞑想リトリートによる精神面/スピリチュアルな変化としては、被験者らは主観的に「より健康的に感じる」(SF-12による評価)という有意な変化(p=0.04:p値が小さいほど統計学的に強い傾向)が見られ、明らかな「緊張状態の改善」(POMSスコア平均6.2点→2.1点:p=0.01)、明らかな「倦怠感の改善」(POMSスコア 4.4点→2.7点:p=0.01)、信仰心/スピリチュアリティの向上」(6.7点→7.4点:p=0.04)、「自己超越感(Self Transcendence)の大幅な向上」(18.2点→20.1点)という項目においていずれも改善が見られました。うつ病の評価も行われましたが、被験者らは元々健常な状態であるためリトリート前後で特に変化は見られませんでした。


次に、イオフルパン投与による脳内のドーパミントランスポーター(DAT)とセロトニントランスポーター(SERT)の評価は図3のようになりました。この14人の被験者らはリトリート前の測定では健常人の標準的な範囲内の信号でした。しかし興味深いことに尾状核(DAT)・被殻(DAT)・中脳(SERT)、いずれの部位においても、“リトリート後に明らかに信号が低下している”ことが示されました。

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“瞑想によってドーパミン/セロトニン経路が活性化される”という研究結果も多い中でこのドーパミン/セロトニントランスポーターの信号低下はどのように解釈されるべきであろうか。研究著者らは同グループの過去の研究を引用して次のように考察しています。


2012年に彼らの研究グループAmsterdam氏らは、うつ病患者と健常ボランティアの脳内ドーパミントランスポーター(DAT)の密度について研究解析を行っています(*10)。その結果、上記同様に“線条体(尾状核・被殻)のドーパミントランスポーター密度は健常者よりもうつ病患者の方が明らかに高い”という結果が示され、これは次のような機序であると考えられています。


図4に示すように、通常は脳神経細胞末端でドーパミンが放出されるが、一部のドーパミンはDATから回収されて再利用される仕組みになっています(図4A)。Amsterdam氏らの研究でうつ病既往のある人が明らかにDAT濃度が高かったのはドーパミンの減少を補うための代償機構ではないかと考察しています(図4B)。この研究結果をふまえ、Andrew氏の今回の研究では不明な部分あるものの、しています。

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ちなみに、冒頭で画像を提示したパーキンソン病症例はDAT信号が顕著に低下しているが、これは黒質線条体の細胞が広範に変性・脱落してしまっているため、代償機構も働かずドーパミンもDATの量も顕著に低下していると考えられます(図4D)。今回のリトリート参加者は参加前のDAT測定では標準的範囲内でありリトリート後も病的症状は全く出ていないことから、リトリート後にDATが低下したのはパーキンソン病とは明らかにメカニズムが異なると考えられます。


中脳に存在するセロトニントランスポーター(SERT)もDATと同様にリトリート後に明らかに減少しており(図表3)、こちらも同様の機序でセロトニンが増加したためにSERTが低下したのではないかと考察されています。


今回の研究結果をまとめると、
・7日間の集中的瞑想リトリートにより“身体的な健康感”が明らかに高くなった
・瞑想リトリートによって精神的な“緊張状態”、“倦怠感”が明らかに改善した
・特に、“スピリチュアルな精神性”、“自己超越感”が明らかに向上した
・線条体/尾状核/被殻におけるドーパミントランスポーター(DAT)が明らかに減少した
 (=同領域のドーパミン経路が明らかに活性化されたことが裏付けられた)
・中脳におけるセロトニントランスポーター(SERT)も明らかに減少していた
 (=同様にセロトニン分泌も活性化していることが裏付けられた)
ということが言えそうです。


瞑想によって精神性や感情的な問題が改善することは予想がつきますが、測定可能な物質レベルで脳内に明らかな変化が起こることがこの研究でも立証されているようです。特に、7日間の集中的瞑想リトリートというのは俗世間から少しでも離れ、自己を内省したり、何か崇高なものに対する祈りを捧げたり、普段なかなか時間を取れない貴重な体験だと思います。私個人としてもこのような研究が公表される前から1週間程度の瞑想合宿に参加した経験が何度かありますが、この研究結果と同じことが体験できたと思います。会社勤めの人にとっては「忙しい」「時間がない」という方も多いと思いますが、一度思い切って長期休暇を取って「自分磨き」「脳内改造」を実践してみることをお勧めします。既に習慣的に瞑想を実践されている方でも「明らかに脳内は変化している」ことを裏付けるような研究を紹介してみました。


引用
https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39
https://note.com/newlifemagazine/n/n08c3030f9ca5
*3. Andrew B, et al. Effect of a one-week spiritual retreat on dopamine and serotonin transporter binding: a preliminary study. Religion, Brain & Behavior, (8), 265-278, 2018 http://dx.doi.org/10.1080/2153599X.2016.1267035
*4. ダットスキャン静注. 2.4 非臨床試験の概括評価. 日本メジフィジックス株式会社
*5. 製品情報概要:ダットスキャン静注(放射性医薬品基準イオフルパン(123I)注射液). 日本メジフィジックス株式会社
*6. McNair, et al., 1971. Profile of Mood States. Educational and Testing Service, San Diego. 22 pp.
*7. Beck, A. T., & Beck, A. W. (1972). Screening depressed patients in family practice. Postgraduate Medicine, 52, 81–85.
*8. Fetzer Institute/National Institute on Aging Working Group. (1999). Multidimensional measurement of religiousness/spirituality for use in health research: A report of the Fetzer Institute/National Institute on aging working group. Kalamazoo: John E. Fetzer Institute.
*9. Cloninger, C. R., & Zohar, A. H. (2011). Personality and the perception of health and happiness. Journal of Affective Disorders, 128, 24–32.
*10. Amsterdam JD et al. Greater striatal dopamine transporter density may be associated with major depressive episode. Affect Disord. 2012 Dec 10;141(2-3):425-31. doi: 10.1016/j.jad.2012.03.007
画像引用:
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No.008 脳内物質ドーパミンの「やる気と食欲」への影響

前回、前々回の記事で「ドーパミンと恋愛脳(*1)」「ドーパミンとリラックス瞑想(*2)」と、ドーパミンについて近代的な研究文献を紹介してきました。今回はより基本的な観点に基づき“より原始的な動物においてドーパミンはどのような行動に影響をもたらすのか”ということを探っていきたいと思います。


今回紹介する研究は「行動と動機付けにおけるドーパミンの関与:ラットの給餌/摂食行動におけるハロペリドールの効果(*3)」というアメリカのエモリー大学の研究者から1988年に公表された基礎研究です。

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まず基礎知識としてハロペリドールについて説明しますが、古くから使われている薬でドーパミンD2受容体をブロックする作用があることで知られています(*4)。特に脳内のドーパミン受容体刺激を抑制することでせん妄を抑えたり、精神科では統合失調症や躁うつ病、ジスキネジアなどといった疾患に用いられる薬剤です。今回紹介する研究は動物実験なので、こういった疾患の概念は置いておいて“ハロペリドールは脳内のドーパミンの働きを抑える物質”という点だけ頭に入れておいてください。


今回の実験では、“ラットの摂食行動においてドーパミンの作用をブロックするとどのような変化が起こるか”というテーマが主題です。最初の実験方法では、52x33cm高さ33cmの飼育箱に1匹のラットを入れて観察されました。

床は三つのエリアに区分けされており、ラットがエリア間を移動するとスイッチが入り動き回る回数がカウントされる仕組みになっています。給餌時間(セッションと呼ぶ)は30分で、30秒毎(FT:固定時間=30)に小さな餌ペレット(餌の小片)が決められた餌台に自動的に支給されます(図1A)。

これを数日間繰り返し、日毎の活動性のカウントが変動しなくなった時をベースラインと定義しました。ベースラインの状態から、FT(給餌間隔)を30秒、60秒、120秒、360秒、給餌なし(Extinction)と数日毎に変えていき、FTと活動回数の関連をグラフにしたのが図1 Bです。この実験は6匹のラットを観察しましたが、FTのスケジュールの順番はランダムに変更されました。


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図1Bを見ると、ハロペリドールが投与されてない通常の状態ではいずれのラットにおいても、給餌間隔が短いほどカウント数が多く(=よく動き回る)、給餌間隔が長いほどカウント数が少ない(=あまり動き回らない)という基礎データが得られています。

次の実験ではFT=30秒に固定された状態でハロペリドールをラットに投与し、ドーパミンの作用を抑制した状態で給餌と活動性の関係が観測されました(図2)。

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図2Aを見ると、ハロペリドールが投与されないラットでは高い活動性が維持されていますが、ハロペリドールの量が多くなるにつれて明らかに活動性が低下していることが分かります(図2A:p<0.01←p値が小さいほど統計学的に有意に差がある)。

30分のセッションのうち6分毎に時間を分けて観測したデータが図2Bに示されています。やはりこちらでもハロペリドールの量が多いほど活動性が低下することが示されています(p<0.01)。傾向としても、30分のセッションの最初や最後だけ落ちているというわけではなく、全体的に活動性が低下していることが分かります。ドーパミンがブロックされることでセッション中ずっと活動が抑制されていることが示されています。


今度は、先の実験と異なり4.6m x 2.3mという広い部屋の中でラットの行動が調査されました(図3)。餌場は部屋の壁際や中央部など各エリアにまんべんなく配置され、餌場の形状も数種類用意されました。餌は1.5gのペレット2個をランダムに選ばれた3箇所の餌場に置き、これをラットがどのように食べるか、その行動パターンが観測されました。そして先の実験と共通して、ハロペリドール投与なし、0.1mg/kg、0.2mg/kg、0.4mg/kgとそれぞれ投与量を変えて実験が行われました。


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結果が図4ABに示されていますが、ハロペリドールを投与すると摂食量が明らかに減少していることが分かります(図4A: p<0.01)。また、食事をしている時間もハロペリドール投与の多いラットで有意に減少する結果が観察されました(図4B: p<0.01)。


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この他にも通常のラットに対してハロペリドール投与ラットで観測された行動では「中央の餌場へのアプローチが減少(p<0.01)」、「餌場へ近づいた回数の減少(p<0.01)」、「餌場に登る回数の減少(p<0.05)」、「食べかけの餌ペレットの数の増加(p<0.05)」、「摂食の平均持続時間の減少(p<0.01)」、「60秒を超える摂食動作の回数の減少(p<0.01)」、「摂食動作の回数の増加(p<0.01)」、「摂食場所の数の増加(p<0.01)」、といった明らかな変化が観測されました。


これらのラットの行動変化を考察すると、ハロペリドールによってドーパミンの作用が抑えられたラットは「餌を食べる」という行動に対する動機づけが低下している結果が得られました。そして「餌を食べる量」「餌を食べている時間」も実際に明らかに低下していました。また、「餌を食べる動作」が持続できなくなり「食べ残し」が増えたり、「短い摂食時間を何度も繰り返す(数は増えるが摂食量は低下)」という行動パターンに変化していました。同様に、部屋の中央に置かれた餌や台の上に登らないと取れない餌など、「困難や障壁に対して消極的な行動になる」ということもデータに表れています。

この実験から、哺乳動物において脳内ドーパミンが抑えられると「やる気・意欲といった原動力が低下する」、「目的行動を行う時間が少なくなる」、「行動を持続したり、最後まで実行することができなくなる」、「目的に対して困難を乗り越えることができなくなる」ということが示唆されました。

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今回の研究は動物実験における脳内ドーパミンの機能解明ですが、我々人間の生活行動においても大いに関係がありそうですね。脳内ドーパミンを増やすには先の記事で紹介したように様々な瞑想によってもドーパミン経路を活性化できることが分かってきています(*2)。ドーパミンの機能をよく理解して脳内環境を活性化し、自分自身の生活もより良くしていきましょう。


引用
https://note.com/newlifemagazine/n/nd28a751e35cb
https://note.com/newlifemagazine/n/n67caa776ea39
*3. Salamone JD. Dopaminergic involvement in activational aspects of motivation: Effects of haloperidol on schedule-induced activity, feeding, and foraging in rats. Psychobiology, 16(3), 196–206. 1988
*4. https://ja.wikipedia.org/wiki/ハロペリドール

画像引用
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No.007 リラクゼーション瞑想と脳内物質ドーパミンについて

前回の記事では、恋愛状態の脳とドーパミン分泌の関係を研究した論文を紹介し、恋愛脳では前頭葉でドーパミンの分泌が活性化されていることが示されました。今回はそのドーパミンに関連した、瞑想ドーパミンに関する別な研究を紹介したいと思います。


研究タイトルは“Increased dopamine tone during meditation-induced change of consciousness. (瞑想によって生じる意識の変化におけるドーパミン活性の増加)*1”で2002年にデンマークのKjaer氏という研究者によって発表された論文です。この研究の主旨を端的に示すと、“リラクゼーション瞑想によって脳内の特定部位におけるドーパミン量はどのように変化するのか”を検証したものです。


少し掘り下げて説明しますが眠くなる方はこの部分は読み飛ばしてもらって構いません。
この研究者らはこれまでの研究から、脳の線条体(せんじょうたい)という部分に着目しています。
線条体とは図1に示される脳の構造の一つであり、運動機能への関与が最もよく知られていますが意思決定など認知機能にも関与しているとされています(*2)。線条体に存在する神経細胞の95%が中型有棘ニューロン(MSNS)と呼ばれ脳内物質のGABAやグルタミン酸、ドーパミンなどによる制御を受けていると考えられています。この線条体の神経細胞は興奮性活動の直接路と抑制性活動の間接路に大きく分かれていて、ドーパミン/ドーパミンD2受容体刺激が抑制性活動に関与していると考えられています。研究著者らは今回のような完全に力を抜いた弛緩瞑想においては運動抑制性のドーパミンD2受容体の活性化が関与しているのでは、という仮説を立てています。


端的に言うと「“瞑想中に脳内で様々な活動をしているのに体は動かさない状態”では線条体ネットワークの一部が非常に活性化しているのではないか」ということを検証しています。

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本題に戻りますが、この研究ではリラクゼーション瞑想として“ヨーガ・ニードラ (Yoga Nidra)*3”が用いられました。ヨガは皆さんご存知だと思いますが、その中で“ヨーガ・ニードラ”とは「眠りのヨガ」とも呼ばれるようで、睡眠状態と意識覚醒状態の中間のような状態で行われている誘導瞑想のようなものとされているようです(より詳しく知りたい方は下記引用を参照してください)。

一般に連想される難しいポーズをとったり片足でバランスを取るような身体を使ったヨガではなく、できるだけ力を抜いて仰向けになって寝るようなリラックス状態で行うヨガのようです(写真:*4より引用)。

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この研究の被験者はコペンハーゲンのヨガ瞑想学校の31歳〜50歳の8人の男性瞑想教師で、いずれも7年〜26年ほぼ毎日瞑想を経験している熟練者です。

実験の内容は、被験者に対して11C-ラクロプライドという物質を注射して脳の様子をPET-CT撮影しました。11C-ラクロプライドという物質はドーパミンと脳内で拮抗する物質で、簡単に説明すると“ドーパミンが多く分泌される場所で11C-ラクロプライドの集積量が少なくなる”という性質があります。詳しくは前回の記事に図解入りで説明していますのでそちらも参照してください(*4)。

このPET撮影は1名の被験者に対して別々の日に2回行われました。1回は横になり“ヨーガ・ニードラ”というリラクゼーション瞑想を行いながら撮像されました。被験者はこのときヘッドホンを使用して瞑想の音声ガイダンスに従って72分間の瞑想状態を維持します。もちろん瞑想教師なので眠りに落ちずに瞑想状態を持続しました。

そして、瞑想開始から7分後に11C-ラクロプライドが注射され、ここから約85分間脳のスキャンが行われました。もう1回はコントロール(比較対象)実験で、同じ音声ですが瞑想とは関係ない内容のスピーチがヘッドホンから流され、被験者は瞑想状態に入らずにこのスピーチに傾聴するという方法で撮像されました。PET信号は5箇所の関心領域:右尾状核(びじょうかく)、左尾状核、右被殻(ひかく)、左被殻、腹側線条体、で計測され、薬剤の注射や撮影時間などは同じ条件で行われました。


この実験中に脳波の測定も行われ、シータ波帯域(4〜7Hz)とアルファ波帯域(8〜13Hz)の平均パワーが計算されました。脳波に関しては本実験と対照実験両方ともデータが計測可能であった5名について解析されました。そして8名とも各検査の後には、喜び・リラックス度・瞑想の質・深さ・達成度などに関してアンケート回答による評価が行われました。


・結果
8人の瞑想教師において瞑想中・非瞑想中のPET信号の強度を比較した結果では、右尾状核/左尾状核/右被殻/左被殻では有意な変化が無かったものの、腹側線条体では平均マイナス7.9%と瞑想中で有意な信号低下が見られました(p<0.013)。8名のうちの一人のPET画像を図3に示しますが、スピーチを聞いている状態(A)に比べて瞑想状態(B)では信号が低下していることが分かります。前述の通り11C-ラクロプライドの集積(PET信号)が低下したということは、“その部位のドーパミンD2受容体にドーパミンが多く結合していた”ことを示唆しています。

Fig3_KjaerFig1_convert_20230323183853.png

次に、実験中の脳波と11C-ラクロプライド置換率の関係は図4の様になりました。図4Aで見られるとおり、ラクロプライド置換率が高い(=ドーパミン分泌が多い)ほどシータ波成分が高いことが示され、反対にラクロプライド置換率が高いほどアルファ波成分は低いことが示されました。一般に“何かに集中しているとき”はアルファ波成分が高くなり、“瞑想状態”ではシータ波成分が高くなることが知られていますが、この実験では“意識がシータ波状態(瞑想状態)になるほど線条体のドーパミン分泌が活性化される”ことを科学的に示しています。

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瞑想後のアンケート結果を図5に示します。これは“通常の横になった休息状態”を基準として、“行動に移る準備”、“頭の中の視覚イメージ”の程度に関する被験者の回答です。“行動に移る準備”は通常の休息状態に比べて“非常に低い”と回答する人が多く(p<0.05)、“頭の中の視覚イメージ”については休息時に比べて“非常に活発”(p<0.05)と回答した人が多いことが分かります。この結果からも、リラクゼーション瞑想(ヨーガ・ニードラ等)は“ただ横になるだけ”とは明らかに違う状態になっているようですね。

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今回の研究結果をまとめると、
リラクゼーション瞑想と"横になって休んだ状態”は全く別である
・意識的に筋肉の緊張を取りつつも脳で活発にイメージを行うことが弛緩瞑想のコツ
リラクゼーション瞑想によって線条体ドーパミン代謝の活性化が裏付けられた
脳波が瞑想状態(シータ波)の時ほど線条体ドーパミン活性が高い
 (反対に寝ながら何かしていたり睡眠状態では瞑想効果があまりない)
・瞑想中では脳内での可視化・ヴィジュアライゼーションが活発である
・瞑想と睡眠(休憩)の違いが科学的に検証された
ということが言えると思います。


いかがでしたでしょうか。瞑想というと中には「毎日横になって寝ているから別にやらなくても良いのでは」と思う方もいるかもしれませんが、同じ体勢でもその意識状態によって脳の内部はかなり違った状態になるようです。“瞑想は休憩とは違う”ことを頭に入れて“積極的に何もしない瞑想”というものを実践してみると脳にも変化が起こるかもしれません。


引用
*1. Kjaer TW, Bertelsen C, Piccini P, Brooks D, Alving J, Lou HC. Increased dopamine tone during meditation-induced change of consciousness. Brain Res Cogn Brain Res. 2002 Apr;13(2):255-9. doi: 10.1016/s0926-6410(01)00106-9.
*2. https://ja.wikipedia.org/wiki/線条体
*3. Yoga Nidra:https://en.wikipedia.org/wiki/Yoga_nidra
*4. https://www.openfit.com/what-is-yoga-nidra
https://note.com/newlifemagazine/n/nd28a751e35cb

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No.006 脳内物質ドーパミンと恋愛脳について

これまでは主にセロトニンという脳内物質についての研究成果を紹介してきました。今回は脳内物質の中でも幸福感や達成感といった感情に関連するとされるドーパミンに関する研究を紹介します。

ドーパミンに関してはご存知の方もいるかもしれませんが、医学的見地ではパーキンソン病や向精神薬の作用においても重要な役割を示す脳内物質の一つです。しかし、病気の話や基礎化学的な話になるとあまり興味が湧かない人もいるでしょうから、今回は”恋愛感情とドーパミン活性化”をテーマとした研究に着目してみましたの。「ドーパミンはどんな時に分泌されるホルモンなのか」というのを知る上では、日常生活に関連することを題材としているので頭に入りやすいと思います。


タイトルは“Imaging the passionate stage of romantic love by dopamine dynamics:ロマンティックな情熱期におけるドーパミンダイナミクスの視覚化*1”という2015年に高橋氏という日本の女性の研究者によって発表された研究です。研究の着眼点やタイトルの付け方も良い意味で男性理系研究者とは一線を画しているかもしれません。


研究本題に入る前にまず測定原理からお話しすると、通常は脳内の物質の変化は計測が非常に困難です。脳内物質の場合は微量であったり血液脳関門というフィルターがあったりして末梢血で測定できないことも多く、かと言って脳に針を差して採取する訳にもいきません。そこで近年発達が目覚ましいPET(陽電子放出断層画像)技術が用いられました。最近比較的よく耳にするPET-CT(ペットシーティー)検査と同じPETです。その基本原理は、目的とする物質(プローブ)に陽電子放出核種(11Cなど)を結合させた物質を体内に投与します。すると、プローブは体内で目的の場所へと移動し、そこで微量の放射線を放出します。これを計測装置で測ることにより、体内のどこにその物質が集まるかが画像化されるという仕組みです。


この実験で用いられた物質はラクロプライドという物質で脳内のドーパミンD2受容体と結合しやすい物質です。つまり、D2受容体に対してドーパミンとは競合する関係にあります。図1の左側のように“ドーパミンの分泌が多いとき”はこのラクロプライドはD2受容体にあまり結合できません。反対に図1右側のように“ドーパミンの分泌が少ないとき”は多くのラクロプライドがD2受容体と結合できます。このラクロプライドを11Cという放射性物質で標識することによりPET測定装置で計測可能になり、この信号が多いか少ないかで“ある領域のドーパミンが多いか少ないか”がわかる仕組みです。以前に比べると全国の病院にPET装置が普及したことやプローブや放射性核種の入手が容易になったことでこのような研究が実現できたと言えます。
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この研究に話を戻すと、当研究では恋愛パートナーのいる10人の被験者が対象となりました。女性6人、男性4人、平均年齢27.4歳、パートナーとの交際期間は2〜125ヶ月(中央値17ヶ月)でした。各被験者には事前にパートナーの写真8枚と、パートナーと同性の(感情的に中立な)友人の写真を8枚提供してもらいました。


実験の流れは図2のように行われました。被験者はタイムスケジュールに従ってPET検査台の上で実験を受けました。最初のフェイズでは被験者が見えるように画像が表示されますが、“Loveコンディション”では15秒間の無地の画面と15秒間のパートナーの写真が交互に表示され、30分間続きます。この間、被験者が画像を見ていることを確認するために写真が出るときに手持ちのボタンを押してもらいます。

途中、15分経過した時点でドーパミン拮抗薬剤である11C-ラクロプライドが投与されます。開始から30分で画像刺激は終了し、45分間の休止時間となりますが、この間にPET撮影が行われます。
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次に“Controlコンディション”では先ほどのパートナーの写真の代わりに、感情的に中立な“ただの友人”の写真が無地の画像と交替で15秒ずつ表示されます。それ以外は“Loveコンディションと全く同じタイムスケジュールで測定が行われました。同じ被験者で、午前中に“Loveコンディション”計測、午後に“Controlコンディション”計測、または逆の順序で実験が行われました。


全部で75分の過程が終了した後、位置照合のための脳MRI撮影が行われ、また実験時の“興奮度”を測るために“0(興奮なし)”〜“100(経験しうる最大の興奮)”までの間でアナログ(VASスケール)で被験者の感情の高ぶりをスコア化してもらいました。つまり、恋人やパートナーの写真を見て感情が高ぶったり興奮したりするか、特別な感情を持たない友人の画像を見て興奮するかどうか、という被験者の主観に基づく興奮度を評価したものです。そして、11C-ラクロプライドも実験開始から15分経過して、恋人の写真を見続けて気分が高まった頃に投与してドーパミンの分泌レベルを計測しようという実験スキームのようです。


実験結果ですが、まず計測終了時に“興奮度”を数値化した点数は“Loveコンディション”対“Controlコンディション”=55(±17)対15(±9.6)という結果で、やはりパートナーの写真を見ている方が気持ちも高ぶる、ということが統計学的にも明らかな差として現れました(p<0.001)。


次に、11C-ラクロプライドを投与して脳PETスキャン像を解析た結果ですが、先ほどの図1に示した通りであれば“Loveコンディション”でドーパミンが放出されている部位ほど“Controlコンディション”よりも11C-ラクロプライドの集積が低くなるはずです。そのため、2つの脳PET計測結果の画像処理により差分を求め、特に“Loveコンディション”で集積が低い場所を抽出したところ、図3のようになりました。

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図3においてプローブ集積がある部分(オレンジ色部分)が“Loveコンディション”において通常よりも11C-ラクロプライドの集積が低かった領域でした。グラフでは図4のような結果になり、10例という少ない症例数にも関わらず統計学的に強い差が見られました(p=0.0012、p=0.0002)。これらの結果からすると、脳において図3で示された内側眼窩前頭皮質(mOFC)と内側前頭前皮質(mPFC)が、“恋人を見たときに興奮度が高まりドーパミンを分泌する”領域である可能性が非常に高いということが分かります。

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また、“パートナーの画像をしばらく見た後で計測した興奮度”と“脳内のドーパミン分泌の程度(≒11C-ラクロプライド結合能)”がどのような関係性にあるか示したグラフが図5になります。“Controlコンディション”(図5右)ではグラフは平坦であり、統計学的にも興奮度とドーパミン分泌には相関が見られませんでした。これに対して“Loveコンディション”(図5左)ではグラフは右肩下がりになり「興奮度が高いほど、ドーパミン分泌量も多い」ということが示されていて、統計学的にも有意である(p=0.032)と言えそうです。

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グラフをよく見るとパートナーの写真でも興奮度の低い人が若干名いるようですが、そういう被験者は11C-ラクロプライド結合能が高く、相対的にドーパミン分泌量が少ないということが推測されます。(交際しているといってもそれぞれ程度に違いがあると思われますので、パートナーにあまり興奮しない人達はもともと恋愛感情が少ないタイプなのか、倦怠期なのか、破局の危機にあるのか、そこまではこの研究では深く介入していないようです。)


いずれにしても恋愛対象に対する感情の高ぶりにおいて脳内のドーパミン活性が大きな役割を果たしていることが示唆される研究でした。これまでもドーパミン研究は長く研究されてきましたが、人間の恋愛感情におけるドーパミンの役割を明確に視覚化した研究は初めての研究とも言われているようです。脳内物質ドーパミンの性質の一面がお分かり頂けたでしょうか。ドーパミンは安らぎや落ち着いた幸福感を与えてくれるセロトニンとはまた違った面での“幸福感”を与えてくれるようです。


今回はドーパミンがどのようなタイプの脳内物質か、日常生活に関連のある視点で分かりやすい研究を紹介しました。また関連する興味深い研究があれば紹介していきたいと思います。


引用
*1. Takahashi K, et al. (2015) Imaging the passionate stage of romantic love by dopamine dynamics. Front. Hum. Neurosci. 9:191. doi: 10.3389/fnhum.2015.00191




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No.005 脳内物質セロトニンと瞑想の関係

これまでは「脳内物質セロトニンが低下すると、動物実験では攻撃性が高まることが示され、人間においてはセロトニンレベルが高い人ではポジティブな思考パターンが多い」ということから、セロトニンが俗に”幸せホルモン”と呼ばれる理由がわかってきました。そして前回はセロトニンを増やすための食事や生活習慣について解説しました。今回は瞑想が「幸せホルモン:脳内物質セロトニン」にどのような影響を及ぼすのか、を示す研究を紹介したいと思います。


今回紹介するのは「“禅”瞑想初心者による前頭前皮質・セロトニンシステムの活性化と脳波・精神状態の改善の関連性(*1)」というタイトルの研究で2011年にInternational Journal of Psychophysiologyという学術誌に掲載された論文です。筆頭著者はYu氏という外国人研究者ですが、責任著者は有田秀穂先生(*2)という、医師であり脳科学者として著名な研究者です。特にセロトニンに関しては国内で多数の著書も執筆しており既にご存知の方も多いかもしれません。
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この研究実験で被験者となったのは精神的疾患や呼吸器疾患を持たない15人の健康な右利きの成人(男性14人、女性1人、平均年齢38±16歳)で、被験者らはいずれも瞑想の経験が無い初心者でした。被験者らは呼吸時に下腹部(丹田:Tan-den)に意識を向けながらできるだけ長く腹筋を使って呼吸するように(3〜4呼吸/分)指導されましたが、指導を厳守しようと緊張せずに、リラックスして呼吸するようにアドバイスされています。用いられた瞑想法は何かに意識を向けて行う“フォーカスアテンション(FA)瞑想”というもので、被験者自身の呼吸波形をオシロスコープで見て意識しながら行う、“丹田呼吸によるFA瞑想”として実践されました。


脳波は国際的な計測法(10-20法)により計測され、脳波はα波(8〜13Hz)/β波(13〜30Hz)/θ波(4〜8Hz)の各成分についてパワースペクトル分析が行われました。脳血流量の指標として、脳血管の酸素化ヘモグロビン/脱酸素化ヘモグロビン/総ヘモグロビン量が近赤外線分光法(NIRS)の計測プローブを頭部に装着することによって測定されました。また、脳血流計測部位は脳MRI撮像により位置の照合が行われました。過去の研究ではフォーカスアテンション(FA)瞑想の際には前頭前皮質(PFC=Pre-Frontal Cortex、図1:紫部分、*3)が活性化されることが判っているためNIRSプローブは前頭部に装着して計測されました。


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瞑想の実験では、最初に被験者は数分間の練習セッションを行い、自身の腹部の筋電図をオシロスコープで観察しながら呼吸することに慣れる時間が与えられました。そしてまず基準となるベースラインの呼吸・脳波・NIRS計測が行われました。そこで2分間の休憩の後に引き続き呼吸・脳波・NIRS計測しながら“丹田呼吸によるFA瞑想”が20分間行われました。

被験者の精神的状態を評価するためにPOMS(気分状態のプロファイルの国際基準:*4)が用いられ、丹田呼吸瞑想の前と終了5分後に評価が行われました。POMSはサブグループ化され「緊張・不安」「抑うつ・落胆」「怒り・敵意」「活力」「倦怠感」「混乱」の6つのカテゴリに分けて評価されました。

瞑想状態前後の血中セロトニン濃度を計測するために丹田呼吸瞑想の前、終了5分後、終了30分後のタイミングで末梢静脈血液が採取されました。


ここで、Wikipediaや様々な参考書には“セロトニン(5-HT)は血液脳関門(血液と脳の間に存在するバリア)を通過しない”と記述されている(*5)ため、鋭い読者は“脳内セロトニンの評価で末梢静脈血を用いるのは適切なの?”という疑問もあるかもしれません。

この疑問に対しては著者らの検証実験が報告されています(*6)。この実験では「哺乳動物を用いて、消化管など脳以外からのセロトニンが影響を及ぼさない状況下において脳内セロトニンを増加させたところ、末梢全血中のセロトニン濃度も相関して増加した」という結果が得られています。この現象については拡散によって血液脳関門を通過するというよりも、セロトニントランスポーターを介して、増加した脳内セロトニンが末梢血中に放出されると考えられています。つまり、“末梢全血中のセロトニンを測定することは脳内セロトニン量の指標になる”という点においては科学的エビデンスに基づいていると思われます。


結果としてまず、脳内のPFC(前頭前皮質)領域における酸素化/脱酸素化/総ヘモグロビン量のグラフは図2Aのようになりました。図2A上段のPFC前部のグラフを見ると瞑想開始から急激に上昇し始め、その後時間が経つにつれて右肩上がりに上昇し、瞑想終了時(22分)をピークにまた下降しています。これに対してPFC後部(下段グラフ)では、瞑想開始後から増加はしますがその後上昇は止まり、瞑想終了時〜終了後までほぼ横這いの曲線が続きます。PFC前部と後部での酸素化ヘモグロビンレベルを棒グラフにしたのが図2Bに示されています。これを見ると統計学的有意(p<0.001)にPFC後部よりもPFC前部で酸素化ヘモグロビン量が上昇していることが示されています。このことから、このFA瞑想においては前頭前皮質の特に前方で脳の活動が活発になっていることがわかります。

Fig2Yu1b_convert_20230320234308.png


次に、瞑想開始後の脳波の変化を見ていきます(図3)。
これを見ると、通常の日常意識(β波)の成分は瞑想開始とともに緩やかに低下しているのが分かります。また、物事に集中したり勉強している状態で優位とされるα波の成分は瞑想とともに増加しています。この変化に関しては時系列の各時点において統計学的に有意な変化が見られているようです。

興味深いことに、α波の成分が増加するに従ってθ(シータ)波の成分が低下していることがわかります。一般的に瞑想熟練者になるとθ波が優位になると言われていますが、おそらくこの実験の被験者が全て瞑想初心者であったことと、フォーカスアテンション瞑想の手法が“何かに意識をフォーカスする”(今回の場合は丹田呼吸と呼吸波形)ことであるため、このような結果になった可能性があります。別の研究ではPFC前部は“注意制御”に深く関わっているという研究報告もあり、この瞑想方法にも関連している結果と考えられます。“瞑想熟練者による閉眼での自由瞑想”の場合はまた異なる部位が活性していたかもしれません。

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そして、最も興味深い血中セロトニンレベルですが、瞑想前の状態に対して20分瞑想の5分後の状態ではセロトニンが約7%も増加していました(図4A)。この間、被験者は栄養を摂取したり睡眠もしていないので、このセロトニンの増加は瞑想による直接的な効果と言えるでしょう。さらにセロトニンレベルの上昇は瞑想から30分後も持続しています。瞑想後5分の時点と30分後の時点はいずれも瞑想前の状態と比較して統計学的に有意(p<0.01)に上昇しているという実験結果が得られています。

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また、瞑想中の脳波におけるα波のパワースペクトルと血中セロトニンの増加量をグラフにしたところ、正の相関関係があることが示されました(図4B:R=0.60, p=0.019)。このグラフから、“瞑想によって脳波におけるα波の成分が優位であるほど、血中のセロトニン増加量が多かった”ということが言えそうです。


図5は気分の状態をPOMS(*4)によって評価したものを瞑想前と瞑想後で比較したグラフです。こちらを見ると「緊張・不安」「抑うつ」「怒り・敵意」「倦怠感」「混乱」といったネガティブな感情はいずれも瞑想後に緩和されてスコアが低くなっていることがわかります。特に「緊張・不安」「抑うつ」「怒り・敵意」「混乱」の4項目においては統計学的に有意な減少(改善)が示されました(p<0.05〜p<0.001)。
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これらの結果をまとめると、
・被験者は瞑想初心者で丹田呼吸を意識した20分の瞑想が行われた
・前頭前皮質(PFC)の前部で酸素化ヘモグロビン量、脳血流量が顕著に増加した
・瞑想中はα波の増強、θ波の減弱、β波の減弱、が観察された
・瞑想により脳内セロトニン由来と思われる血中セロトニン量が増加した
・瞑想によって緊張・不安・抑うつ・怒り・敵意・混乱などといった負の感情が減少した
ということが科学的に立証されたと言えます。

特に、一般的な考えは“瞑想は単に気分を沈め心を落ち着かせるもの”と考えられがちなのですが、“瞑想によって実際に脳内物質も増加する”ということが解明されたことが大きいと思われます。物質的な側面から見ても“瞑想は健康にも良いもの”と言えると思います。
個人的には瞑想の達人やθ波瞑想がどのような効果をもたらすのか、という部分にも興味がありますのでまた科学的な検証論文があれば紹介していきたいと思います。


引用
*1. Yu X, Arita H et al., Activation of the anterior prefrontal cortex and serotonergic system is associated with improvements in mood and EEG changes induced by Zen meditation practice in novices. International Journal of Psychophysiology 80 (2011) 103–111.
*2. https://ja.wikipedia.org/wiki/有田秀穂
*3. https://ja.wikipedia.org/wiki/前頭前皮質
*4. McNair, et al., 1971. Profile of Mood States. Educational and Testing Service, San Diego. 22 pp.
*5. https://ja.wikipedia.org/wiki/セロトニン
*6. Nakatani Y, Arita H, et al. Augmented brain 5-HT crosses the blood–brain barrier through the 5-HT transporter in rat. European Journal of Neuroscience, Vol. 27, pp. 2466–2472, 2008

画像引用
http://yesofcorsa.com

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No.004 ”幸せホルモン(脳内物質セロトニン)”を増やす方法

前回までは「脳内物質セロトニンが低下すると、動物実験では攻撃性が高まることが示され、人間においてはセロトニンレベルが高い人ではポジティブな思考パターンが多い」という研究結果を紹介してきました。
このことから、セロトニンが俗に”幸せホルモン”と呼ばれるのもそれなりのエビデンスがあることが判ってきました。
今回はこの脳内物質セロトニンを増やす方法について考察したいと思います。


ここで一つ注意点として、セロトニンは脳内だけに存在する物質ではありません。最も多いのは消化管由来でセロトニン全体の約90%が消化管にあります。約8%が血液の血小板に含まれるとされ、残りの僅か2%が脳内に存在するとされています(*1)。そして、一般的には消化管で産生されたセロトニンは血液脳関門という脳のバリアを通り抜けられないため、消化管由来のセロトニンは脳内セロトニン量とは直接関連しないと考えられています。この辺りが混同されている情報も見受けられるので整理しながら説明していきます。

・セロトニンの原料:トリプトファン
セロトニンは必須アミノ酸の一つである”トリプトファン”から合成されます(*1)。必須アミノ酸とは、“体内で合成することができないアミノ酸”として9種類定義されています。つまりトリプトファンも外部から摂取するしかないということです。
トリプトファンもタンパク質を構成するアミノ酸の一種なので、肉類や魚介類には豊富に含まれています(*2)。そのほかにはアーモンド、納豆やチーズなどといった食品にも多く含まれているようです(*3)。なのでまずは栄養面で、セロトニンの原料であるトリプトファンが欠乏しないようにこれらの食品をバランス良く摂取することが第一と言えます。
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・トリプトファンをセロトニンに変換する際に必要なビタミンB6
摂取されたトリプトファンが体内でセロトニンに変換される際にビタミンB6が必要とされています(*4)。このため、魚介類や納豆・チーズといったタンパク質からトリプトファンを摂取すると同時にビタミンB6も同時に摂取するとセロトニンの産生効率が上がります。ビタミンB6を多く含む食品としてはカツオやマグロといった赤身魚が代表的で、肉類では豚肉や鶏肉にも多く含まれています。他にはバナナやさつまいもにも比較的多く含まれているので、これらを一緒に摂取することが効率良いセロトニン増加につながります。

・セロトニン合成と光
セロトニンのポジティブな効果を推奨する記事には「日光をよく浴びる」ことも推奨されています。これに関してはまだ不明確な点も多いです。カルシウム吸収に関係するビタミンDは紫外線によって体内で代謝が促進されるため、皮膚が日光に当たることがビタミンD産生のために良いとされています。しかし、脳内セロトニンはこのようなメカニズムには当てはまらないようです。これに関しては一般に公開されているオンライン記事でもよく見かけるのですが、その原理や出典について記載されているものはほとんど見当たりませんでした。私もこの専門家ではなくよく分からなかったので調査してみました。

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セロトニンと日内周期に関する研究論文の一つが2004年にPinatoらによって報告されています(*6)。この研究ではラットを用いて脳内セロトニンとその日内変動を調べています。先に述べたように体内のセロトニンの大部分は消化管に存在していますがこれらは脳の中には入ってこれないと考えられています。それでは脳内セロトニンはどこで合成されているかというと縫線核(ほうせんかく:raphe nuclei)という脳内領域で産生されています。しかも、この縫線核は1箇所ではなく、背側縫線核 (dorsal raphe nucleus), 内側縫線核 (median raphe nucleus), 大縫線核 (nucleus raphe magnus), 淡蒼縫線核 (nucleus raphe pallidus), 不確縫線核 (nucleus raphe obscures)というように脳幹の中に多数分布し、いずれもセロトニン産生に関与していることがわかっています。

Pinatoらの実験では周期的な照明環境下で飼育されたラットが用いられました。朝の7時に飼育箱のライトを点灯し、夜7時にライトを消灯する、明12時間/暗12時間の規則正しい日内周期が用いられ、栄養が偏らないようにラットの栄養状態も良好に管理されました。その状況下で9時、13時、17時、19時、21時、1時、5時の各時点における脳内セロトニン量が計測されました。
その結果、興味深いことに13時と21時にセロトニンのピークが見られることがわかりました(図1)。反対に最も低いのは17時と5時でした。

Fig1Pinato2a_convert_20230318231548.png


しかし、”照明のオン・オフがセロトニン分泌のスイッチになっているか”という点に関しては研究著者はそのようには考えていないようです。その理由は、“17時頃に脳内セロトニンは最低レベルになるが、その後照明がオフになる19時には既にセロトニンレベルの上昇が見られている”、すなわち照明がオフになる前からもうセロトニン合成が始まっている、ということを根拠に挙げています(図2)。

Fig2Pinato2a_convert_20230318231723.png

この研究では縫線核を部位ごとに計測し、非常に細かく調査していましたが、いずれの縫線核でも同じような周期性が見られました(図2)。この研究で分かったことは“哺乳類の脳内セロトニン分泌には明らかに日内周期性がある”ということです。
そして、この研究は紫外線ではなく人工的な照明装置を用いているので、視覚的に“明るい”か“暗い”かの違いを感じていると解釈して良いと思われます。この実験で言えるのは”ラットに規則正しく明環境と暗環境を与えたら、セロトニン分泌も規則正しい周期性が見られた”ということのようです。


これらの研究結果から分かることは”規則正しく光を浴びて規則正しい生活リズムを持つことは、規則正しく脳内セロトニンが分泌される”と言えると考えられます。そして、自然界で最も規則正しい光というのは"太陽の光”にほかならないと言えます。


また、セロトニンは睡眠ホルモンとも呼ばれる”メラトニン”の原料でもあります(*7:
図3)。このセロトニンが十分にあればメラトニンも十分に生成され、良い睡眠がとれると言えるでしょう。やはり心が満たされていてセロトニンが十分に出ている状態の人は快眠できて、逆にストレスやうつ状態が続くとまず快適な睡眠がとれなくなる、というのはセロトニンーメラトニン合成経路が関与していると考えられます。

Fig3SerotoninMelatonin2_convert_20230318231813.png


この実験では“照明によって人工的に規則正しい光のサイクル”が再現されましたが、我々の生活においても"毎朝日の光を浴びて目覚め、夜も決まった時間に就寝し、規則正しい生活サイクルを送る”というのは"脳内セロトニンを規則正しく分泌させる”ということに大きな役割がありそうです。
そして、脳内セロトニンが高いほど、以前紹介したように攻撃性が低く穏やかな人格形成をもたらし、夜は十分なメラトニン合成を促進することで快適な睡眠を得られることにもつながると言えます。


今回紹介する“幸せホルモン”脳内セロトニンを多く分泌するには
・原料のトリプトファンを多く含む食事
・セロトニンに変換するビタミンB群の摂取
・規則正しい明時間と暗時間のサイクル(=日の光とともに活動する)
・規則正しい睡眠(メラトニン分泌促進)
が良いと言えそうです。


次回はこの"幸せホルモン”脳内物質セロトニンを瞑想で分泌を活性化できるかどうか、という観点について関連する研究を紹介したいと思います。


引用
*1. https://ja.wikipedia.org/wiki/セロトニン
*2. 日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2017年 アミノ酸成分表編 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/28/1398244_02.pdf
*3. https://ja.wikipedia.org/wiki/トリプトファン
*4. https://www.icaas-org.com/ja/トリプトファン
*5. 日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2017年 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/28/1398244_01.pdf
*6. L. Pinato , Z.S. Ferreira , R.P. Markus & M.I. Nogueira, Bimodal Daily Variation in the Serotonin Content in the Raphe Nuclei of Rats. Biological Rhythm Research, Volume 35, Number 3, July 2004, pp. 245-257(13), DOI: https://doi.org/10.1080/09291010412331335797
*7. https://ja.wikipedia.org/wiki/メラトニン

画像引用:
http://freefoodphotos.com
http://yesofcorsa.com/walking-in-the-park/

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No.003 脳内物質セロトニンと行動変化

今回は前回も取り上げた脳内物質”セロトニン”についてさらに掘り下げていきます。
今回引用する文献一つ目はフュラー氏による“攻撃性におけるフルオキセチンの影響*1”という文献になります。

これは1996年に出版された論文で結構古いですが、それまで行われてきた動物実験から人間におけるセロトニンの役割をまとめた総説です。

この中で出てくるフルオキセチン(*2)とはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ剤の一種であり、端的に言うと脳内神経間のセロトニンレベルを増加させる働きを持つ薬剤です。

反対に脳内のセロトニンレベルを低下させる物質としては、p-クロロフェニルアラニンという物質があります。この物質はセロトニンを合成する酵素(トリプトファンヒドロキシラーゼ*3)を阻害することで脳内セロトニンレベルが低下します。

例えば、実験動物のマウスやラットでは同じ飼育ケースの中で複数匹飼っていると、ストレスや縄張り意識などでお互いを攻撃し合う、という行動が観察されます。そして時には“仲間殺し”にまで発展することがあります。もともとマウスやラットには動物本能としての“攻撃性”を持っていることが分かります。

人間は普段、理性や法律など様々な抑圧がかかっているため"攻撃性や敵意”などを表から観察することは難しいですが、下等動物の場合は“攻撃性”がそのまま行動に表れやすいので実験に用いられやすいとされています。

あるセロトニン研究では、マウスやラットに対してp-クロロフェニルアラニンを投与する(つまりセロトニンレベルが低下する)と、攻撃性が高まり、仲間殺しが増えることが観察されています。
また、このようなセロトニンレベル低下処置によって“攻撃性が高まった”マウスやラットにフルオキセチンを投与する(つまりセロトニンレベルを上昇させる)と、反対に攻撃性が減り、仲間殺しが減ることが観察されています。
このことから、“脳内セロトニンレベルの低下は攻撃性が高まり”、“脳内セロトニンレベルの上昇は攻撃性が抑えられる”ことがマウス実験によって示されています。

総説の中引用されていた別のサルを用いた研究についても紹介します。
群れの中のリーダー予備軍の二頭のオスザルの一方にセロトニンレベルを高める薬剤を投与し、もう一方にはプラセボ(効果の無い偽薬)を投与して、どちらが群の中で優位になるかという実験が行われました。

この結果、面白いことに12回の実験全てにおいてセロトニンレベルを高めたサルが優勢になったということです。一見、攻撃性の高い個体の方が優勢になりそうな感じもしますが、サルは社会性を持つ動物なのでそこまで単純ではなく、セロトニンレベルを高めた個体は攻撃性が抑えられ、結果的に他のサルとの社会的相互作用が強化されることで群れの中で優位に立つようになった、と考察されています。
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人間を対象とした研究では、うつ病や神経性過食症やアルコール依存症など4000人近くの患者に対してフルオキセチンの影響を検証したメタアナリシス(大規模な研究解析)が行われました。この結果、セロトニンレベルを上げるフルオキセチンで治療された患者群に対して、プラセボ(偽薬)治療群は攻撃性を示唆する兆候(敵意、人格障害、反社会的反応)が4倍も高かったことが示されています。セロトニンレベルが低い状態だと攻撃性が高い人格傾向になることが示唆される結果です。

ここまでは“フルオキセチンという薬剤を使ってセロトニンレベルが変化することで性格や行動がどう変化するか”という点に関してマウスからヒトまで研究の結果を示しました。

次は、薬剤を用いない健康な成人の場合にセロトニンと気分が関係するのか、調べた研究を紹介します。イギリスのアルスター大学のウィリアムス氏によって2005年に公表された“健康な男性ボランティアにおける血中セロトニンレベルと主観的気分との関連(*4)”という論文を紹介します。

本来、“気分”というものは“形のないもの”であり、“厳密に測れない”、“単位をもたない”という性質でまさに科学では扱いにくい“形而上学的”な領域におけるものです。しかし、それを科学と結び付けようという興味深い研究です。
対象とされたのは23人、平均年齢32歳の健康なボランティア男性で、精神的疾患の既往や精神病による投薬を受けていないことが確認されています。文献中には軽くしか触れられてませんが、女性の場合は女性ホルモンや生理周期が主観的な気分に影響しやすいため最初は男性のみに絞られたと考えられます。

気分の評価尺度はPANAS(positive and negative affect schedules)という世界的に用いられているスケールが用いられ、10のポジティブな気分と10のネガティブな気分について、それぞれ[1:わずかに〜5:とても]というように5段階評価が行われました。気分の評価は1日2回(起床後6時間後/12時間後)、7日間にわたって記録が取られました。セロトニン(5-HT)は空腹時の静脈血を採取し、全血中の濃度が測定されました。

その結果、全血中のセロトニン濃度とポジティブな感情の関係は図1(文献*4より引用)のようになりました。図に示されている通り、セロトニンの血中濃度とポジティブ感情のスコアの間には統計学的に有意な正の相関関係が認められました。
これは“血中のセロトニンレベルが高い人はポジティブな感情を持つ傾向が強い”ということを示しています。
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これによって、抗うつ剤のような薬剤でセロトニンが調節されてない人においてもセロトニンが高いレベルであると“ポジティブな気分”になりやすい、ということが示されています。

補足ですが、このことは女性においても同様のことが言えることは後の研究でも示されているようです。
今回紹介した研究をまとめると、“セロトニンレベルが低い”と“攻撃性が高くなりやすい”、反対に“セロトニンレベルが高い”と“攻撃性が抑えられ、ポジティブな気分になりやすい”ということが医学的にも言えそうです。セロトニンが“平和と癒しの幸せホルモン”と称される理由も納得ですね。

次回は、“どのようにしたらセロトニンレベルを上げられるか”といったテーマについて情報を紹介していきます。


引用
*1. Fuller RW: The influence of fluoxetine on aggressive behavior. Neuropsychopharmacology 1996; 14:77–81
*2. https://ja.wikipedia.org/wiki/フルオキセチン
*3. https://ja.wikipedia.org/wiki/トリプトファンヒドロキシラーゼ
*4. Williams E et al. Associations between whole-blood serotonin and subjective mood in healthy male volunteers . Biological Psychology 71 (2006) 171–174, DOI: 10.1016/j.biopsycho.2005.03.002
*5. Watson D, Clark LA, Tellegen A: Development and validation of brief measures of positive and negative affect: the PANAS scales. J Pers Soc Psychol 1988; 54:1063–1070

画像引用:
Photo by mingche lee: https://www.pexels.com/photo/macaque-monkeys-sleeping-on-tree-trunk-3852009/


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No.002 最近注目されている脳内物質:セロトニンに関する研究1

最近巷でよく「幸せホルモン」という言葉を目にします。しかしこれはもちろん医学用語ではありませんし、医学の教科書にもこのようなものは載っていません。定義も曖昧ですが、一般には「幸せを感じる時に脳内で放出されるホルモン」と解釈されているようです。

最近注目されている脳内物質として「セロトニン」「ドーパミン」「オキシトシン」などがよく挙げられています。この中で「セロトニン」について今回取り上げてみようと思います。


従来のセロトニンに関する知識は、“主に消化管に存在しその蠕動(ぜんどう)運動を調節する“、”脳にも存在し睡眠調節を行う“ということが知られていました(*1)。但し、十分に知られているわけではなく“未だに全ての働きが解明されていない物質”ということも言えます。

このセロトニンは精神科領域で用いられる薬剤にも深く関わりがあります。それはうつ病の治療薬として使われているSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)においてセロトニンの調節が病気の治療に大きく影響しています。

端的にこのSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の働きを説明すると、脳内の神経細胞同士のネットワークにおいて、セロトニンが分泌されることで次の細胞にシグナルが伝わりますが、このセロトニンが“すぐに再取り込み”されてしまうと“シグナルも弱く・短く”終わってしまいます。ここで“再取り込みをブロック”することで“シグナルを強く・長く”してやる、というのがこのSSRIの主な作用です(分かりやすい図解はネット上にたくさんありますのでここでは割愛します)。

短くまとめると、“うつ病患者では何らかの理由で脳内伝達物質セロトニンの効果が弱くなっており、このセロトニンの伝達作用を強める薬剤SSRIが治療に用いられている”と言えます。どうも、このセロトニンの作用が弱まることがうつ病の病態と深く関係しているようですね。


では、“うつ病患者ではなく一般の健常人にとってこのセロトニン の作用はどう影響するのか?”という疑問についての興味深い研究論文を紹介したいと思います。

カリフォルニア大学のKnutson氏による“セロトニン介入による性格・社会的行動における選択的変化 *2”というタイトルの研究論文です。

以前からセロトニンの作用を調節する薬剤SSRIがうつ病に用いられていましたが、その作用が正常な人間の感情や社会的行動にどう変化をもたらすか、というテーマの研究です。端的に言うと“抗うつ剤を正常な人間に飲ませたら性格は変化するのか?”というテーマですが、なかなか際どいことをやっている研究ですね。これは1998年に公表された論文ですが、今のご時世では承認されにくい研究かもしれません。


実験方法ですが、合計48人の精神的に健康な一般人(志願した実験ボランティア)を、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を内服する群(23名、男:女=14:9、平均年齢26.7歳)とプラセボ(効果のない偽薬)を内服する群(25名、男;女=14:11、平均年齢27.9歳)の2グループに分けて行動分析がされました。振り分け方は研究担当者以外は分からず、薬を処方する医師も被験者も自分がSSRI錠剤を受け取ったのかプラセボ(偽薬)を受け取ったのか分からない、二重盲検試験という一切の先入観が入らない客観性の高い研究方法が用いられています。

SSRIはパロキセチンという薬剤で、同じSSRIの中では作用が強めでセロトニンに特異性が高い薬剤(20mg/日)が選択されました。SSRI内服群もプラセボ群も4週間継続的に服用し、内服開始前、内服1週間後、内服4週間後の翌朝、の3点で血液検査による薬剤血中濃度測定が行われました。


心理的な評価の方法はBDHI(Buss-Durkee Hostility Inventory *3)という“敵対性”や“攻撃性”心理の評価基準を用い、ポジティブな感情やネガティブな感情の評価にはPANAS (Positive and Negative Affect Schedules *4) scaleという評価指標が用いられ、これらも血液検査と同じタイミングでテストされました(例:Q.怒りで自分を見失うことがある:全く当てはまらない→1点、よく当てはまる→5点、等)。いずれも精神領域の研究において国際的によく用いられる指標のようです。

“社会的行動”の評価として、SSRI群とプラセボ群の二人一組のペアを作り(もちろんお互いにどちらの群かは分かりません)、共同でパズル(タングラムというタイル並べパズル)を解く課題が与えられました。二人でパズル課題に取り組みますが、その様子をマジックミラー越しに別室で観察し、分析者がそれをチェックします。“協力的に助言した“、”助言というよりも命令・指示した“、”相手の助言に関係ない行動をとった“、などによって”親和的・協調的行動(affiliative behaviour)“がどのくらいあったか、ということを点数化しました。



実験結果は、興味深いことに、SSRI内服群ではBDHIによる攻撃性(Assaultiveness)スコアがベースライン(内服開始前)に比べて第1週(-0.47ポイント)と第4週(-0.39ポイント)においていずれも統計学的に有意に低下していたようです(p<0.05:※統計学的に明らかに差があるという意味)。また過敏性(Irritability)スコアもSSRI群で-0.23ポイント明らかに低下していました(p<0.05)。対して、プラセボ群ではいずれも統計学的に明らかな変化は無かったようです。

さらにネガティブ感情(例:敵意、いら立ち、等)スコアもSSRI群で第1週目、第4週目でいずれも有意に低下しているのが観察されました(p<0.05)。もちろんこちらもプラセボ群では明らかな変化はありませんでした。

実験4週目の被験者のSSRIの血中濃度と、その被験者のネガティブ感情スコアをグラフ化したところ有意な負の相関が見られたようです(p<0.05:図1)。これは、“薬剤の血中濃度が高いほどネガティブ感情が減っている“ということを示しています。

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次に行動パターン分析ですが、二人一組でパズル課題を行う実験で“親和的行動”をスコア化し、内服前(ベースライン)と4週後の親和的行動スコアの変化と、SSRIの血中濃度の変化をグラフ化すると正の相関が見られました(図2)。これは、“薬剤の血中濃度が高いほど、親和的行動がより増えた”ことが統計学的にも明らかであったということです(p<0.01)。

気になるのは健康な人が抗うつ剤を飲んだ時の身体的な副作用ですが、明らかななことは服用1週後の眠気の強さと薬剤血中濃度が有意に相関していたとのことです(p<0.05)。副作用の眠気と心理変化や行動変化に有意な関連は無かったとのことです。

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この研究の結果をまとめると、
・SSRIで脳内セロトニンレベルが上がると攻撃性や敵意などの感情が抑えられる
・SSRI内服は全般的なネガティブ感情を抑える
・SSRI内服によって行動パターンもより親和的・協調的に変化する
・プラセボ群では上のような変化は見られなかった
ということが示されています。

間接的ではありますが、“脳内のセロトニンを増加させると攻撃性やネガティブな感情が少なくなり、親和的な行動が増加する”と言えそうです。セロトニンという脳内物質は普段我々が持つ感情や行動に大きく関わっていることが分かりますね(ですが、病気でないのに抗うつ薬を内服するのはやめておきましょう)。今回は注目されているセロトニンに関する研究のご紹介でした。


引用:
*1. Wikipedia: “セロトニン”, https://ja.wikipedia.org/wiki/セロトニン
*2. Knutson B, et al. Selective alteration of personality and social behavior by serotonergic intervention. The American Journal of Psychiatry, 01 Mar 1998, 155(3):373-379
DOI: 10.1176/ajp.155.3.373 PMID: 9501748
*3. Buss AH, Durkee A: An inventory for assessing different kinds of hostility. J Consult Psychol1957; 21:343–349
*4. Watson D, Clark LA, Tellegen A: Development and validation of brief measures of positive and negative affect: the PANAS scales. J Pers Soc Psychol 1988; 54:1063–1070


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No.001 瞑想が脳にもたらす変化

本サイトは瞑想を科学的に検証するということで、こちらのコーナーでは医学・科学的な学術論文で瞑想に関する研究を紹介していきます。

今回は「瞑想熟練者による瞑想時の自己誘導性・高振幅ガンマ波同期(の研究)」というLutz氏による研究をご紹介します。Proceedings of the National Academy of Sciences USA (通称PNAS)という日本でも有名な学術雑誌があり、2004年に掲載された研究です。

研究の概要は、瞑想の熟練者であるチベット仏教徒に対して、瞑想の初心者である一般大学生を対比し、“それぞれ瞑想した時に脳にどのような違いが現れるか”を比較したものです。

研究対象となる”瞑想熟練者“のチベット僧の方は8名で平均年齢は45±15歳、対して比較対照となる”瞑想初心者“の一般白人大学生は10名で平均年齢21±1.5歳でした。
”瞑想熟練者“の方は15年〜40年(数万時間の)瞑想修行を続けてきた方々で、対する”瞑想初心者“は瞑想に興味はあるけども殆ど瞑想経験は無く実験の1週間前に軽いトレーニングを受けた程度です。

この両者のグループに数十秒〜数分間のサイクルで、準備→瞑想→休憩→準備→瞑想→休憩→、、、と繰り返し行ってもらう実験が行われました。ちなみに、瞑想の内容は「無償の愛・思いやり」「あらゆる生命に対する無条件の慈愛」といったテーマが与えられました。

計測は数十個の電極を用いた脳波計により脳の各部位の脳波(Electroencephalography: EEG)が計測されました。
計測の結果は、瞑想熟練者の方が一般人の対照群に比べて、ガンマ波帯と呼ばれる25〜42Hzの脳波が高度に活性化していることが観測されました。 図1グラフ
グラフ(図1:引用文献より抜粋)を見ると分かりますが、一般学生(青いライン)が瞑想に入ってもほとんど変化しないのに対して、瞑想熟練者(赤いライン)の方を見ると初期状態から瞑想導入にかけて脳波の活性が上昇し、瞑想状態に入ると一般学生を大きく引き離して上昇しているのが分かります。これは統計学的な解析においても明らかに一般学生と瞑想熟練者のグラフの動きが異なることが証明されています(P<0.05, ANOVA:統計学的に有意な違い)。

そして、脳波のデータを画像化したものを見てみましょう(図2:引用文献より抜粋)。
図2b

見比べてみると一目瞭然ですが、瞑想熟練者(右)の方が全体に赤〜黄色の部分が多く、脳全体が活性化していることが分かりますね。特に前頭部〜側頭部・頭頂部で非常に高い活性が見られます(図の丸く赤い部分)。


この研究を通して分かったことは、以下の通りです:
・瞑想熟練者ではガンマ波帯と呼ばれる25〜42Hzの脳波が高度に活性化していることが観測された
・瞑想熟練者では一般人に比べて、非常に明瞭にかつ迅速に活性化された脳波が検出された
・瞑想熟練者では、脳の局所的な部分のみではなく、前頭部・側頭部・頭頂部と広い範囲にわたって脳が機能していることが観測された。


最後に研究者らは「瞑想というメンタル・トレーニングが、経時的な統合メカニズムを経て、短期的および長期的な脳神経ネットワークの変化・発達をもたらす可能性がある」と結論づけています。
まとめると、難しい勉強をしなくても脳は活性化し、「無償の愛/無条件の思いやり」を想って瞑想を行うだけで脳の発達と変化が促されるようです。そして、長期間続けるほど、瞑想に熟練していくほど、脳が迅速に“瞑想状態(活性化状態)”に切り替わることが示された研究でした。

私たちも毎日少しずつでも瞑想を行って“活性脳”を作っていきましょう。

引用文献
Lutz A, et al. Long-term meditators self-induce high-amplitude gamma synchrony during mental practice. Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Nov 16;101(46):16369-73


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プロフィール

T@N

Author:T@N
 
こちらは
瞑想を通じて医学・健康
科学・量子力学・宇宙論
形而上学(けいじじょうがく)
こういったことを取り扱っています。
エビデンスを示しながら
”科学的”なことから
”非科学的”なことまで
真面目に探究する研究室です。


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