No.059 無限の恩恵:太陽のエネルギーシステム

今回は最も身近な天体「太陽」に注目していきます。太陽は誰もが毎日目にしている最も身近な天体で、人類が誕生するよりも前から地球に無限の光と熱エネルギーを与え続けてきました。地球に生物が存在できるのも太陽の光があることが大前提と言えます。地球は「奇跡の惑星」とも呼ばれていますが、太陽も実はただの「燃えている星」ではなく非常に精密に調整された奇跡の星と言えます。今回は一歩進んだ太陽の仕組みついて解説していきます。

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・太陽の基本スペック(Speculation, *1, *2, *3)
表面温度:約5800度K (ケルビン)(=約5500℃)
半径:約70万 km (キロメートル)(地球の約109倍)
体積:約141京(1.41x10^18) km^3 (立方キロメートル)(地球の約130万倍)
質量:約1.99x10^30 kg (キログラム)(地球の約33万倍)
平均密度:約1.4 g/cm^2(地球の0.26倍)
光度:約3.86x10^26 W (ワット)
こちらが大まかな太陽の基本情報です。ご存知の方も多いと思います。

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・太陽の断面図
一般的にはあまり知られていませんが、太陽の内側も地球の内部と同様にいくつかの層に分かれています。Figure 3に描かれているように中心には太陽核(Core)があり、その外側には放射層(Radiative zone)、その外側には対流層(Convective zone)、そして表面の我々が見える部分が光球(Photosphere)と呼ばれています。


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太陽核(Core)は中心部から太陽の半径の20%程までの領域を占め、その外側の放射層(Radiative zone)は中心から半径の20%〜70%ほどの領域を構成し、その外側にある対流層(Convective zone)は中心から半径の70%〜100%までの領域を構成します。太陽の表面を構成する光球(Photosphere)は厚さは太陽半径の0.1%もありませんが、それでも300〜600kmの厚さを持つ構造です。



・太陽の内部の温度
太陽表面の温度は約6000度というのはよく知られていますが、内部の温度はどのくらいになるでしょうか。太陽の中心から表面までの温度のグラフがFigure 4に示されていますが、太陽中心部の温度は1500万度以上で表面の1000倍以上高温になります (*4)。そしてグラフを見るとわかるように、10000度以下なのは太陽の表面のみで内部はほとんどが10万度以上の高温になっています。

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・太陽内部の状態=第4の状態「プラズマ」
私たちが住む地球の環境は通常1気圧 [1 atm]、室温20度程度 [約300 K]というのが自然な状態です。地球上の一般的な物質の状態は「固体 (Solid)」、「液体 (Liquid)」、「気体 (Gaseous body)」の3つの状態のいずれかに当てはまります。これに対して太陽の内部は温度10000度以上、気圧も10000 atm以上の環境です。このような高温状態では原子の運動が激しすぎて原子核と電子がバラバラになってしまいます (Figure 5)

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このような状態は固体/液体/気体のどれにも当てはまらない第4の状態「プラズマ (Plasma)」と呼ばれます。非常に高温の状態や一定の条件下では物質はプラズマ状態となり光を放ちます。身の回りでは炎の内部や蛍光灯でその現象が見られ、自然現象ではオーロラがプラズマ発光現象として知られています。


・太陽はどのようにしてエネルギーを生み出しているのか?
太陽は核融合によってエネルギーを産生しているということはよく知られていると思いますが、その主な反応は陽子ー陽子連鎖反応(Proton-proton chain reaction, *5)と呼ばれています。実際にはFigure 6Aに示すように陽子(1H: 水素原子核:proton)と陽子が核融合を起こして重水素(2H: 1個の陽子と1個の中性子が結合した水素、Deuterium)が生成されます。このとき同時に1.442 MeV(メガ電子ボルト)のエネルギー(光子:photon)とニュートリノが放出されます。

さらに重水素(2H)は陽子と核融合してヘリウム-3(3He:通常のヘリウム4より中性子が一つ少ない)を生成し、5.494 MeVのエネルギーが放出されます(Figure 6A中段)。そしてヘリウム-3が2つ反応するとヘリウム原子核(4He)と2個の陽子(1H)が生成され、同時に12.86 MeVのエネルギーが放出されます。


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このようにして4つの陽子から1つのヘリウム原子核が生成される核融合反応によってエネルギーが生み出されていきます。この反応が我々人類が太陽から得ているエネルギーの中心部分です。他にもエネルギーを産生する反応が多く存在しますが、ここでは主となる反応以外は省略しています。

・太陽は大爆発しないのか?
太陽が「核反応」でエネルギーを産生していると聞くと、「反応が一気に加速して大爆発を起こさないのか?」と考える人もいるかもしれません。そこで太陽の核反応のサイクルについて説明します。

Figure 6Bが太陽の核反応のサイクルです。図の上部のように「核融合が起こりエネルギーが産生される」とします。すると次のステップとして「温度の上昇/圧力の上昇」が起こります。それによって「太陽内部の体積膨張(Volume Expansion, Figure 6B bottom)」が起こります。そうすると膨張によって「温度の低下/圧力の低下」が起こります。すると「温度の低下」によって「核反応が抑えられる」という「負の調節(Negative Feedback)」が働きます。

このサイクルをまとめると「核反応が進むと膨張によって温度が下がり核反応が抑えられる」、「核反応が抑えられると膨張が少なく温度低下が抑えられ、核反応が進みやすくなる」という具合に「核反応が進みすぎると抑制も大きくなり、核反応が少ないと抑制が少なくなる(反応が進む)」という絶妙な調節機構が働いています。ですので“太陽は核反応制御システムによって安全に維持されている(安全機構1)”と言うことができます。


・太陽は燃え尽きてしまわないのか?
太陽が放出するエネルギー(382x10^24 J/s)は1秒間にガソリン 5000兆リットル以上に相当します。「それほどのエネルギーを毎秒放出していなら太陽のエネルギーが枯渇してしまうのでは?」と心配になる人もいるかもしれません。それについても解説していきます。

太陽の核反応率(Nuclear reaction rate)は実はそれほど高くない、と言えます。Figure 7Aに重水素(2H: Deuterium)や3重水素(3H: Tritium)の反応率と温度の関係のグラフを示しています。このグラフでは横軸(上辺)に温度が示されていますが、太陽中心部の温度は1500万K以上の高温といえどもこのグラフでは左端の低い部分に該当します。


グラフでは太陽の核融合で出てくる重水素や3重水素などの反応率が示されていますが、縦軸の「反応断面積 (cross-section)」を見ると“10^-32 (10のマイナス32乗)”を下回り、反応率は非常に低いということが分かります。実際は陽子(H: 水素原子核)が反応する割合は太陽中心部でも“毎秒10^18個に1個”ほどの割合になります。

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太陽の中心部は1570万度K、圧力は2400億気圧という高温・高圧の環境なのになぜそれほど核反応率が低いのか、という点を説明します。Figure 7Bが陽子(水素原子核)が近づいた時の様子です。太陽内部の原子は“プラズマ状態 (*6)”であるため電子と原子核はバラバラで原子核もむき出しの状態で存在しています。そうすると陽子はプラスの電荷を持っているため、ある程度の距離に近づくと「電磁気力によって反発する力」が働くためぶつかることができません。“物質に作用する基本的な力”について詳しく知りたい方は過去の記事(*7)を参照してください。

以上のような核反応率から計算すると太陽の寿命はおよそ100億年と推定されています。誕生から約46億年とされていますが、枯渇する心配は全くなさそうです。このようにしてみると、「太陽は核融合の点から見ると反応率の低い温度帯で活動している」「太陽は低い反応率で高効率にエネルギーを産生している」「太陽は安全・省エネルギーの核融合炉」と言うこともできそうです。


・太陽核のエネルギーは強すぎて地球に害はないのか?
核融合反応の中心である太陽核(Solar core)では常に膨大なエネルギーが産生され続けています。ここで産生されるエネルギーはFigure 6Aにあるように1〜10MeV(10,000,000電子ボルト)の高エネルギーです。太陽光の中でエネルギーの強い紫外線(UV)のエネルギーが1〜10 eVほどなので中心部の光のエネルギーは100万倍以上強いことが分かります。もしこの強さの光が地球上に降り注いだら数日のうちに生命が絶滅するほどの強さです。この問題はどうなっているのでしょうか。

まず“プラズマ状態”ではFigure 5左のようにエネルギー(光:photon)は原子核や電子と干渉するためまっすぐに飛ぶことができません。中心部で発せられた光子(photon)が太陽半径の70万kmを横切って太陽の外側に出ようとする時、単純に直進した場合は約2秒で表面に到達することができます。しかし、実際はさまざまな粒子とぶつかり合ってランダムに方向が変わるのでFigure 8左のように表面にいつ到達できるかわかりません。

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ランダムに跳ね返るのでいつまで経っても表面に到達できない光子も存在すると考えられます。これをシミュレーションして、太陽中心部で発生した光子が太陽表面に到達するのに必要な時間を計算したものがFigure 8右のグラフになります (*8)。グラフの左端(太陽中心)からグラフ右端(太陽の外縁)に至るまでの時間が縦軸に示されています。これによると中心部の光が表面に到達するまでの時間は約20万年(!)かかると計算されています。これによって「太陽中心部の非常に強いエネルギーが直接表面に到達することはまずない」と言えます。


そして、もう一つの壁は太陽表面の「光球 (Photosphere)」という層が障壁になります。この層は先述のように温度は約6000Kと内部に比べると非常に低い温度に抑えられています (Figure 8左)。そして太陽の半径からすると0.1%にも満たないですが、厚さ300〜600kmもあり内部から来た高エネルギーの光子を遮るには十分な厚さです。このような機構によって「中心部の強力なエネルギーが外部に放出することを防ぎ」「地球に生命が存在できる適度な温度と光を提供する」ことが可能となっています。


・太陽の特徴まとめ
 ・表面は約6000度Kだが、中心部は1500万度K以上
 ・直径は地球の約100倍、質量は約33万倍
 ・主な反応は陽子ー陽子連鎖による核融合
 ・1つの核融合から1M(10^6)eV以上の高効率エネルギー生成
 ・核融合は「負の調節」によって安定(安全機構1)
 ・核融合的には「低温稼働」で安定(安全機構2)
 ・核反応率は非常に低い確率(省エネルギー機構)
 ・プラズマ状態で高エネルギーが直接外部に出て行かない(安全機構3)
 ・表面のPhotosphere層によってさらに強放射線を遮断(安全機構4)
 ・太陽の寿命は約100億年(超持続型燃料炉)

改めて太陽がエネルギーを生み出している仕組みを知ると、ただ燃えているだけでなく「核融合による高効率なエネルギー生成機構」「大爆発を起こさない安全機構」「100億年持続可能な省エネルギー機構」「地球の生命に安全な出力調節機構」が極めて緻密にバランスを保っていることが分かりました。



・人類の文明や文化における太陽の影響
これまでさまざまな文明が発見されてきましたがどの文明においても太陽が壁画や遺跡に描かれています。自然が中心であった古代文明において太陽の影響は今以上に大きかったと言えます。人工物が少なかった当時は目印となるものとして太陽の方角や太陽の高度などが場所や暦を決める重要な基準であったことが過去の資料からも分かります。そして太陽は占星術や他の占術においても重要な意味を持っていることは言うまでもありません。

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・太陽が人類にもたらしたもの
文明的な影響以前に、太陽が無ければ赤外線が地球に届かず熱がありません。マイナス200度以下の極寒の星で生命が誕生していなかったでしょう。また、光も無いため昼も夜もない暗闇の惑星であっただろうと考えられます。それを言うと、そもそも太陽の重力が無ければ地球の材料となる物質が集まらず地球という惑星すら誕生していなかったことになります。それらを考慮すると、温度・光・大地・大気・あらゆる生命全てが太陽の存在のもとに維持されていることに気付きます。

・太陽の役割
これまで非常に科学的な視点で太陽の構造/核融合反応/安定して持続する仕組みなどを詳細に見てきました。太陽は宇宙誕生から星や銀河が形成される過程において純粋な自然現象で形成された恒星の一つです。純粋に宇宙物理学や量子力学の法則に従って形成された自然の天体です。しかしながら、核反応の安定性や恒常性、出力の制御、生命体に対する安全機構が偶然とは考えにくいほど緻密に制御されています。


科学的ではない視点から考えると、「太陽は生命体が生存できる環境を維持するために存在するのではないか?」と思えるくらい精巧な調和が取れています。もちろん、上のグラフで示したように「陽子同士の核反応」「光の性質」「気圧と熱の関係」等々全ては自然界の法則に従っています。しかし、「なぜその温度で核融合が起こるのか」「なぜ数千度で原子構造が保てなくなるのか」「なぜ電磁気力は重力より強いのか」「なぜ光に質量が無いか」「なぜ電子は陽子より小さいか」という点はこれ以上解明できない部分があります。

なぜなら「そういう自然界の法則になっているから」という部分はそれ以上解明しようがありません。では「その法則は誰が決めたのか?」「そのように宇宙を創造したのは誰なのか?」「この宇宙を創造した者がいるとしたら太陽を創りたかったのか、それとも人間を創りたかったのか?」という疑問が出てくるかもしれません。その疑問は科学の領域では扱えません。なぜなら「物質によって物質を解明する学問が形のあるものの学問、すなわち形而下学=科学」であるため形ができる前のことは扱えないからです。宇宙ができる前、すなわち「形ができる前、形のない領域」を扱う学問である形而上学(けいじじょうがく)の領域になります。

科学を基盤とした考え方では「まず最初に太陽ができて偶然地球が形成され奇跡的に生命が誕生して人類が繁栄した」というのが通説かもしれません。しかし、形而上学的な視点では「まず宇宙という土台を創り、太陽を創り、地球という舞台を用意して、最終目的の人間を創った」という見方もできるかもしれません。そして奇跡的な地球や人類の誕生も「シナリオ通り」なのかもしれませんね。

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いずれにしても太陽はあらゆる神話に登場し神格化されている存在です。寿命があるとはいえ、人類の時間から見ると永遠と言えるほど永く地球を見守り続け、無限と言えるほど膨大なエネルギーという恩恵を与え続けてきました。「常に心に太陽を持て」というのは18世紀のアメリカの著名人ベンジャミン=フランクリン (Benjamin Franklin, *9)の言葉で「困難を予期するな。決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな。常に心に太陽をもて。」ということを伝えています。瞑想においても常に心の中に太陽や神格化された存在達を想い描いているならば一切の悩みは燃やし尽くされ、前向きな気持ちを燃やし続けられるかもしれませんね。


引用:
*1. The Sun-factsheet. NASA. https://nssdc.gsfc.nasa.gov/planetary/factsheet/sunfact.html
*2. Eddy, J. A. (1979). A new sun: the solar results from SKYLAB (Vol. 402). Scientific and Technical Information Office, National Aeronautics and Space Administration.
*3. 太陽–Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/太陽
*4. NASA. https://solarscience.msfc.nasa.gov/interior.shtml
*5. Proton–proton chain - Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Proton–proton_chain
*6. プラズマ- Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/プラズマ
*7. 宇宙の創造・維持に不可欠な“4つの力”
https://note.com/newlifemagazine/n/n90c2cc2fab80
*8. Mitalas R, Sills KR. "On the photon diffusion time scale for the sun"
http://adsabs.harvard.edu/full/1992ApJ...401..759M
*9. ベンジャミン=フランクリン-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ベンジャミン・フランクリン

画像引用: 
*a. Image by Amy Chandra. https://www.pexels.com/photo/boat-on-ocean-789152/
*b. Image by Kelvinsong. https://en.wikipedia.org/wiki/File:Sun_poster.svg
*c. Image by Tosaka. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:太陽内部の放射層と対流層.PNG
*d. https://solarscience.msfc.nasa.gov/images/cutaway.jpg
*e. https://solarscience.msfc.nasa.gov/images/Dalsgaard1_T_vs_r.jpg
*f. Image by Sarang. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/85/Fusion_in_the_Sun.svg
*g. Moser, K. Gaussian Processes for Emission Tomography at ASDEX Upgrade Gauss Prozesse zur Emissions-Tomographie an ASDEX Upgrade.
*h. https://ma91c1an.files.wordpress.com/2015/04/shamash-2.jpg
*i. Image by rawpixel.com. https://www.freepik.com/free-vector/vectorized-sun-with-face-design-element_25255895.htm#fromView=search&page=1&position=18&uuid=741e3015-2879-4032-9565-4da716c2d09f
*j. https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Mengs,_Helios_als_Personifikation_des_Mittages.jpg
*k. https://www.wikidata.org/wiki/Q239847#/media/File:Mahavairocana.jpg
*l. https://en.wikipedia.org/wiki/Solar_deity#/media/File:Ra_Enthroned_in_the_Tomb_of_Roy.jpg
*m. https://www.windows2universe.org/mythology/tonatiuh.html#google_vignette
*n. Image by Bruno Scramgnon. https://www.pexels.com/photo/silhouette-photo-of-a-mountain-585759/
*o. https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b4/The_Sun_by_the_Atmospheric_Imaging_Assembly_of_NASA%27s_Solar_Dynamics_Observatory_-_20100819.jpg

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No.058 “思い込み”で脳内麻薬が分泌される:「想いは現象化する」

前々回、前回と脳内麻薬と呼ばれる幸せホルモン“エンドルフィン”について解説してきました(*1, *2)。エンドルフィン (Endorphin) は脳内で産生されるモルヒネ様物質“脳内麻薬”、“内因性オピオイド”とも呼ばれています。これまでの記事では“感情の安定”や“多幸感”といった精神状態への影響に焦点を当ててきました (*1, *2)。

しかし、“モルヒネ”と聞いて鎮痛剤をイメージした人もいると思います。実際にその通りでエンドルフィンは脳内モルヒネとも呼ばれ強い鎮痛作用を持っていることも知られています(*3)。医療現場ではモルヒネなどのオピオイド性鎮痛剤は最強クラスの鎮痛剤として使用されています。実はモルヒネのような強力な鎮痛物質が私たちの脳からも分泌されています。


今回の標題の“思い込み”について、よく知られている現象に“プラセボ/プラシーボ効果 (Placebo effect)”というものがあります(*4)。“何の効果もないはずの薬によって実際に効果を感じてしまう”という有名な現象です。プラシボ効果を痛みに応用すれば「痛くないはず」と思えば本当に「痛くなくなる」という現象がみられるはずです。今回はその現象が「本当にただの気のせい」なのか、それとも「思い込みでも実際の感覚や脳内ホルモンバランスが本当に変化するのか」という点を解説していきます。

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今回紹介する研究は“Activation of the Opioidergic Descending Pain Control System Underlies Placebo Analgesia(プラセボ鎮痛の基盤にあるオピオイド性下行性疼痛制御システムの活性化)(*5)”というドイツの研究論文です。

・研究の概要
この研究の内容を端的に説明すると、「実際は鎮痛効果のないクリームを“よく効く鎮痛剤”と被験者に信じ込ませ、一定の痛み刺激を与えたときに本当に痛みの感覚は少なくなるのか?またその時に脳内にはどのような変化が起こっているのか?脳内物質エンドルフィンは関係しているのか?」ということを検証した研究です。


Figure 2に全体の流れを示します。まず研究者から参加者に対して次のように説明があります「よく効く塗り薬と成分のない比較対照塗り薬の研究です(実はどちらも鎮痛効果がない塗り薬)」(Figure 2A)。その日は皮膚への塗り薬を塗って、そこに熱疼痛刺激を与え「偽薬の鎮痛作用を疑似体験してプラセボ効果を持たせる」という処置や検査を行います。

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そして次の日に同じように何度か「偽薬の効果を疑似体験」してもらいます。その後参加者は生理食塩水(Salineグループ)とエンドルフィンの効果を打ち消すナロキソンを注射するグループ (Naloxoneグループ)にランダムに振り分けられます(Figure 2B)。

そして注射したナロキソン(エンドルフィン拮抗薬)が効いた頃に再度、塗り薬と熱疼痛刺激を与え、脳機能MRI (functional MRI)や疼痛評価アンケートを行ないます(Figure 2C)。実際はこのFigure 2Cの部分が本番でこのデータが解析に用いられました。


・どのように“効果がある”と信じ込ませるか
この研究の肝心な部分は“いかに参加者に偽薬がよく効く鎮痛剤だと思い込ませるか”と言えます。医師の説明で「これはよく効く鎮痛剤なんです」と言われただけで完全に信じられる人はあまりいません。そこでFigure 3のような操作(Manipulation)が行われました。

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Figure 3の手の図は塗り薬を塗った場所を示していて、赤い場所が“効果のない塗り薬(Control: コントロール)”緑の場所が“よく効く鎮痛剤(Placebo: 実はコントロールと同じで成分無し)”が塗られています。塗り薬を塗った部位に熱疼痛刺激(Heat pain stimulation)が与えられます。あらかじめ参加者に検査をして「最大の痛みのX%」という与える疼痛レベルの目安は決められました。


Figure 3左側のManipulationの手順では“偽薬に対して鎮痛効果があると信じさせる”のが目的なので、コントロールを塗った場所に対しては「80%の熱痛刺激」を与えます。そしてプラセボ薬を塗った方に対しては「同じ強さですと言いながら実は40%の熱痛刺激」を与えます。なので、参加者からすると「プラセボ薬を塗った方が実際に痛みが少なく感じる」ということで「プラセボ薬で痛みが減るという思い込み」を持たせることができます。


・本番の痛みテストの条件
実際の熱疼痛試験の時はFigure 3右側のように「コントロール薬を塗った場所にも、プラセボ薬を塗った場所にも同じ60%の熱痛刺激」が与えられました。なので、本来なら「どちらの痛みも等しく感じる」はずです。しかし研究参加者においてプラセボ効果が現れた場合は同じ痛みが違うように感じるかもしれません。痛みはこれまで紹介されているようにVAS (visual analogue scale)という、直線の0〜100%の任意の場所に印をつけるという方法で行われました。

熱痛刺激は約20秒間続き、また数十秒の間隔を空けて15回ほど繰り返され、バイアスが出ないように参加者によってコントロールとプラセボの熱痛刺激の順番を変えたり刺激の部位を少し変えるなどの対策がなされました。


・参加者の振り分け(Randomization)
研究参加者はManipulation(刷り込み:Figure 2A)によってプラセボ薬の効果を疑似体験した後、生理食塩水(Saline: 効果無し)グループとナロキソン(Naloxone: エンドルフィンの効果を打ち消す)グループにランダムに振り分けられました。参加者も研究担当者もその人がどちらに振り分けられたかは分からない二重盲検試験で行われました。

生理食塩水のグループは何の影響もないので、純粋にプラセボ効果(思い込みによる鎮痛効果の有無)を調べることができます。ナロキソングループはエンドルフィンなどの脳内オピオイドの効果がこの薬によって打ち消されます。つまり、鎮痛効果にエンドルフィンの影響があればナロキソングループに変化が起こりますし、ナロキソンで影響が全く無ければ鎮痛効果にエンドルフィンは関与していないということが示唆されます。

もちろん、この研究はその性質上、被験者に一部の事実を伏せた状態で行われますが研究倫理審査委員会を経てナロキソンの副作用なども同意を得た上で行われています。そして、以前も説明したように、「無作為割り付け二重盲検試験(Double-blinded Randomized Controlled Study)」というのは非常に客観性が高くエビデンスレベルの高い研究であることが知られています。


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・結果:プラセボ効果の有無
最初に48人の男性が参加登録されましたが除外基準によって最終的に40人のデータが解析されました。まず熱痛刺激のプラセボ効果の結果をFigure 4Aのグラフに示します(*5)。Figure 4Aのグラフは縦軸が「痛みのスケール」で、白いバーが「コントロール薬を塗った場所の痛み」、黒いバーが「プラセボ薬(鎮痛剤と説明された偽薬)を塗った場所の痛み」を表しています。

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Figure 4Aの左側「Saline group」が生理食塩水を注射されたグループなのでプラセボ効果の影響だけが検証できます。これを見ると、この熱痛テストの時は全く同じ刺激(60%熱痛刺激)であったにも関わらず、コントロール薬(黒いグラフ)よりもプラセボ薬(白いグラフ)の方が明らかに痛みが少ないと感じていることが示されています(23%減少、p<0.001:p値が小さいほど統計学的に有意)。この結果は「被験者らにプラセボ効果が明確に認められた」ということを示しています。


Figure 4Aの右側「ナロキソングループ」を見てみるとこちらもコントロール薬に比べてプラセボ薬で痛みを少なく感じています(10%減少、p<0.001)。ただし生理食塩水グループに比較すると痛みを抑えるプラセボ効果は少なくなっています。この「生理食塩水とナロキソングループの差」も統計学的に有意(p<0.01)でしたので「ナロキソンによって鎮痛効果が減弱した」ことが分かります。この結果は「エンドルフィンがプラセボ鎮痛作用に関与している」ということを強く示唆しています。


・脳の活性部位の変化
次にFigure 4Bのグラフを見てみます。このグラフはBOLD(Blood-Oxygen-Level-Dependent: 血中酸素濃度依存型)反応(*6)と呼ばれるもので、非常に手短に言うと“脳の血流の変化した部分を数値化できる”というものです(詳しく知りたい人は引用文献参照)。これを見るとFigure 4B左側の「生理食塩水グループ」ではプラセボ効果とともに脳の一部に血流変化が起こっていることがグラフに示されています。


対照的にFigure 4B右側の「ナロキソングループ」ではグラフが逆転しています。つまり、「プラセボ効果で活性していた脳の一部がナロキソンの投与によって抑えられた」ということであり、この結果も「プラセボ鎮痛効果においてエンドルフィンが脳内で作用している」ことを裏付ける結果と言えます。


引き続き、脳の活性化を示すBOLD反応においてナロキソンで反応が大きく変化した脳の部位をFigure 5に示します(*5)。

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Figure 5左の表上段はfunctional MRIにおいてBOLD信号を測定し、「プラセボ鎮痛効果が発現している状態で生理食塩水グループ(Saline group)で変化があった部位」をまとめたものです。右端を見るといずれもp<0.004で有意に変化があったことを示しています。ここに出ている部位は背外側前頭前皮質 (はいがいそくぜんとうぜんひしつ、DLPFC: dorsolateral prefrontal cortex)、吻側前帯状皮質膝下部 (ふんそくぜんたいじょうひしつしつかぶ、subgenual rACC: rostral anterior cingulate cortex)、吻側前帯状皮質膝前部(ふんそくぜんたいじょうひしつしつぜんぶ、pregenual rACC)と呼ばれ、医師もほとんど知らない部位なのでFigure 5右に大体の位置を示しています。


これらの3箇所についてさらに詳しく解析したグラフがFigure 6です。Figure 6A/B/Cの左側が生理食塩水グループ(ナロキソン無し)のグラフです。いずれのグラフを見てもプラセボ部刺激時とコントロール刺激時とで脳の各部位の活性が反転するほど明確な違いが出ていることが分かります。

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これに対してナロキソン投与時(各グラフの右側)を見ると、プラセボ部刺激時とコントロール部刺激時でその差がぐっと縮まっていることが分かります。この3箇所の部位はナロキソンの影響が顕著であり、エンドルフィンが強く働いていたことが示唆されます。


・さらに一歩踏み込んだ解析
これまでの研究で脳脊髄神経において下行性疼痛抑制系(Descendant Pain Modulatory System, *7, *8)という機構があることが知られています。この機能は人体が痛みを感じるとその痛み刺激を抑えるように脳から末梢神経に対して信号が出されます。これによって“痛み刺激”などが脳に伝わるのを防ぎ、“ストレスから防護する”機構と言われています。これにはセロトニン、ドーパミンなどといった物質も関与していることが知られています。


図解で見るとFigure 7左図のように大脳皮質(Cortex)−視床下部(Hypothalamus)−脳幹(Brain stem, 中脳: Midbrain 〜延髄: Medulla)−脊髄(Spinal cord)というように上から下向きにホルモン分泌や神経信号が伝わっていきます。今回の研究ではこの下行性疼痛抑制系の中の視床下部(ししょうかぶ:HT, hypothalamus)、水道周囲灰白質(すいどうしゅういかいはくしつ:PAG, periaqueductal gray)、吻側延髄腹内側部(ふんそくえんずいふくないそくぶ:RVM, rostral ventromedial medulla)の3箇所のBOLD信号を解析しました。

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解析の結果、視床下部(HT: Figure 7赤)も水道周囲灰白質(PAG: Figure 7青)も吻側延髄腹内側部(RVM: Figure 7緑)もプラセボによる疼痛抑制時に有意に活性化していることが分かりました。そして、ナロキソンが投与された時にこの3箇所はいずれも有意に変化していたことが分かりました(HT: p<0.002, PAG: p<0.002, RVM: p<0.001, Figure 7)。
この結果が意味するのは「重要な疼痛制御システムである下行性疼痛抑制系にエンドルフィンが強く関係していた」ということと、「プラセボ効果のような思い込みでも脳内ではさまざまな部位で脳内物質が伝達されていた」ということが証明されたと言うことです。



・今回の研究結果のまとめ
 ・全く同じ痛み刺激に対してプラセボ効果で痛みが減った
 ・プラセボ効果は実際に感覚レベルで痛みを変化させる
 ・プラセボ効果が出ている時は脳も様々な部位が活性化する
 ・プラセボ効果の鎮痛はナロキソンで減弱する
  =プラセボ効果の鎮痛にエンドルフィンが関与している
 ・プラセボ鎮痛作用では下行性疼痛抑制系が活性化していた
 ・下行性疼痛抑制系でもエンドルフィンの関与が示唆された
これらのことが今回の研究結果で高いエビデンスレベルで証明されたということになります。


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今回の結果はいかがだったでしょうか。
幸せホルモン”エンドルフィン”は鎮痛効果を持っていることも示されました。脳内麻薬と呼ばれるだけあってその鎮痛効果はモルヒネの20倍以上とも言われています(*9)。苦痛を大きく軽減させることが最新科学でも証明されました。そしてその活性経路は大脳だけではなく、視床下部や中脳、延髄といった領域に広範に関与していることが示されました。非常に複雑で全てが解明されているわけではありませんが、エンドルフィンの性質を知ってうまく分泌を促すことでストレスや苦痛を大きく減らせるかもしれません。

そして、「思い込み」というのは侮ってはいけないようです。「思い込む、信じる」というだけで「意識によって脳が変化し、状況に対応して体を変化させる」という現象が起こっているようです。被験者ももしプラセボ薬であることを知ってしまったら「効くわけがない」という思いが効果を打ち消してしまったかもしれません。「一片の疑いもなく信じる」ということは「高度な精神集中」と同等の効果があるのかもしれません

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滅却心頭火自涼(心頭滅却すれば火も自ずから涼し)」という言葉は、あらゆる心を滅することによって燃えさかる火さえも涼しく感じる、というような意味で広く知られています。戦国時代の高僧と言われた快川紹喜(かいせんじょうき)の言葉として知られています(*10)。この言葉を言った時快川国師の目には炎が映っていたかもしれませんが、それよりも強い意志でもって熱さをものともしなかったかもしれません。瞑想を極限まで極めれば同師のようにどんなに過酷な環境であろうと何も変わらず涼しい顔で乗り越えることができるのかもしれませんね。瞑想を鍛錬することで脳を変化させ、肉体を変化させ、現実も変化させていきましょう。


引用:
https://note.com/newlifemagazine/n/n4ab203a16960
https://note.com/newlifemagazine/n/n64e4510dff97
*3. エンドルフィン–Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/エンドルフィン
*4. 偽薬–Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/偽薬
*5. Eippert F, Bingel U, Schoell ED, et al. (2009). Activation of the opioidergic descending pain control system underlies placebo analgesia. Neuron, 63(4), 533-543.
*6. 機能的磁気共鳴画像法–脳科学辞典.
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/機能的磁気共鳴画像法
*7. Zortea M, Ramalho L, Alves RL, et al. (2019). Transcranial direct current stimulation to improve the dysfunction of descending pain modulatory system related to opioids in chronic non-cancer pain: an integrative review of neurobiology and meta-analysis. Frontiers in neuroscience, 13, 1218.
*8. 鎮痛のメカニズム–疼痛ケアネットワーク・ワーキンググループ
http://www.totucare.com/senmon_content3-4.html
*9. Hartwig AC. Peripheral beta-endorphin and pain modulation. Anesthesia progress, 38(3), 75. 1991
*10. 快川国師−恵林寺の歴史. https://erinji.jp/history/快川国師
画像引用:
*a. Image by freepik. https://www.freepik.com/free-vector/doctor-talking-patient_2126514.htm
*b. Image by macrovector. https://www.freepik.com/free-vector/colored-flat-medical-mri-composition-mri-room-hospital-treatment-vector-illustration_7200882.htm
*c. Image by storyset. https://www.freepik.com/free-vector/hand-holding-pen-concept-illustration_22874413.htm
*d. Image by pch.vector. https://www.freepik.com/free-vector/doctor-measuring-blood-pressure-male-patient-female-physician-sitting-table-clinic-hospital-checking-arterial-pressure-sick-man-flat-vector-illustration-cardiology-health-concept_26921680.htm
*e. Image by freepik. https://www.freepik.com/free-vector/illustration-doctor-injecting-vaccine-patient-clinic_12644017.htm
*f. https://www.pngitem.com/middle/hmJixxb_brain-wire-frame-models-hd-png-download/
*g. 青不動 青蓮院蔵. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Blue_Fudō.jpg
*h. Image by vector_corp. https://www.freepik.com/free-ai-image/tranquil-sunset-meditation-background_90676258.htm

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No.057 “ランナーズ・ハイ”と脳内物質エンドルフィン

前回は「動じない」幸せホルモンエンドルフィンについて解説しました(*1)。エンドルフィン (Endorphin) は脳内で産生されるモルヒネ様物質で“脳内麻薬”、“内因性オピオイド”とも呼ばれています。この物質は“多幸感”や“高揚感”といった精神状態にも関連していると言われています。


“多幸感 (Euphoria)”を説明するときに分かりやすい例の一つが“ランナーズ・ハイ (Runner's High)”という現象です。これはマラソンランナーなど長距離を走っている状態で、通常なら“走り続ける”という肉体を酷使した状況では“走行中は苦痛に耐え続けている”と思われるかもしれません。しかし、ある条件に達すると“肉体的な苦痛を感じなくなる”、“体が軽く感じる”、“走るのが快感に感じる”、“走るのを止めたくないと感じる”、というように精神状態が変容します。


もしかしたら同じ様な感覚を経験したことがある人もいるかもしれません。私も学生時代は部活動の練習で長距離走を毎日やっていたことがありますが、ある時に体が軽くなり、ずっと走り続けていたいような感覚になることを経験しました。今回はこのランナーズ・ハイエンドルフィンの関係を調べた研究に迫りたいと思います。

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今回紹介する研究は「The runner's high: opioidergic mechanisms in the human brain (ランナーズ・ハイ: 人間の脳のオピオイド作動性メカニズム, *2)」というタイトルで2008年に公表されたドイツからの研究です。


研究参加者
研究対象となったのは平均年齢36.9歳(33〜40歳)の10人の男性マラソンランナーで、いずれも薬物の使用などない健康な成人で「ランナーズ・ハイの経験がある人」が選ばれました。研究参加者は安全に研究が遂行できるように日頃からのトレーニングを行っていることが条件とされ、実際に週平均8.6時間のトレーニング、8人がフルマラソン経験者、残り2人もハーフマラソン経験者でした。


・検査方法
検査は脳内物質エンドルフィンを調べるためのPET検査(*3, *4)と精神状態を調べるアンケート(*5)が行われました。
検査方法はランナーズ・ハイの状態を分かりやすく比較するために最初に「24時間以上スポーツしていない安静状態」で脳のPETスキャンと心理アンケートを行います。そして約4週間後に「20km程度のランニング練習を終えて30分後」に脳のPETスキャンと心理アンケートを行いました。もちろん参加者はこの時だけランニングするのではなく、日頃からランニングを行っており、最初の測定時の時だけランニング練習をしない状態で検査を受けました。

・脳PETスキャン測定原理
エンドルフィン(β-Endorphin)は細胞表面にあるμ(ミュー)-オピオイド受容体(μ-Opioid receptor)と結合することで効果を発揮します。この研究ではエンドルフィンと同じようにオピオイド受容体と結合する [18F]FDPN (tracer 6-O-(2-[18F]fluoroethyl)-6-O-desmethyldiprenorphine)という物質が標識物質(トレーサー)として使用されました(Figure 2A)。

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この[18F]FDPNというトレーサーは脳細胞の表面にあるオピオイド受容体と結合してPETスキャンで映るような信号を発します (*3, *4)。脳内物質のエンドルフィンが少ないとき (Figure 2B)、細胞表面には空席のオピオイド受容体がたくさんあるため、このトレーサーが受容体に多く結合してPETスキャンで信号が強くなります。

反対に脳内物質のエンドルフィンが多くなると (Figure 2C)、オピオイド受容体の多くがエンドルフィンと結合するため、[18F]FDPNは少ししか結合できずPET信号は弱くなります。この検査では“PET信号が弱くなった場所=エンドルフィンが多く結合している”ということが示されます。


・精神状態の調査
感情や気分は客観的評価が難しいのでこれまでのようにVAS (visual analogue scale)の一種でVAMS (visual analogue mood scale)という“0〜10の間の任意の位置で点数を示すスケール”で評価されました (Figure 3)。評価項目は“悲しさ(sadness)”, “緊張 (tension)”, “恐怖 (fear)”, “怒り (anger)”, “混乱 (confusion)”, “疲れ (fatigue)”, “幸福 (happiness)”, “活力 (energy)”, “多幸感 (euphoria)”という8項目が設定され、こちらも安静時とランニング後30分の時点で参加者によって回答されました。
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・結果:運動前後の気分の変化
まず研究参加者のランナー達が実際にランナーズ・ハイを起こすのか、またそれ以外の感情の動きが無いのか、という点について解析されました。安静時の気分とランニング30分後の気分を比較したグラフがFigure 4になります。

調査された8項目の中で有意差があったのが“幸福度 (happiness)”と“多幸感 (euphoria)”の2つでした(FIgure 4赤枠)。幸福度 (happiness)は元々高かったですが、ランニングの後にさらに増加しています。そして多幸感 (euphoria)についてはグラフを見ても2倍程に大きく増加していることが分かります。幸福度 (happiness)については「幸せ/満たされている」という日頃から感じている気分と思われますが、多幸感 (euphoria)については「込み上げる至福/笑い/陶酔感」のように普段の幸せを超えた溢れ出るような感覚と考えられます(*6)。

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そしてグラフを見ても分かるように、“恐怖 (fear)”、“混乱 (confusion)”、“悲しさ (sadness)”といった負の感情は有意ではありませんが減少していることがわかります。また、20km程も走った後ですが“疲れ (fatigue)”はほとんど増えてないか、むしろ減少しているように見えます。やはり“ランナーズ・ハイでは疲れも感じない”というのは本当のようですね。


・結果:脳内エンドルフィンの変化
Figure 5上段に[18F]FDPN PETスキャンの画像の一部を示します。この画像は「安静時とランニング後のPET画像を比較して信号が減少した部分(つまりエンドルフィンが作用した部位:Figure 2参照)」が赤く強調されています。これを見ると脳の様々な部位でエンドルフィンと受容体が分布していることが分かります。特に眼窩前頭皮質 (がんかぜんとうひしつ、OFC: orbitofrontal cortex)、前帯状皮質 (ぜんたいじょうひしつ、ACC: anterior cingulate cortex)、島皮質 (とうひしつ、INS: insula)という領域で顕著でした。
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そしてFigure 5下段の画像は「[18F]FDPN PET信号と多幸感スコアの逆相関が見られた部位」を可視化したものです。これらの場所で“多幸感 (euphoria)”のスコアとPET信号の減少 (エンドルフィンの活性) が相関していることが示されました (Figure 6)。これらの脳の部位が多幸感に直接関与しているかどうかはまだ断定できませんが、今後の研究の発展につながると考えられます。

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・この研究のまとめ
 - ランナーズ・ハイという現象は客観的に見て存在する
 - マラソンランナーではランニング後に多幸感が有意に増加する
 - ランナーズ・ハイでは疲労感はむしろ減少傾向であった
 - エンドルフィンは脳の広範な部位に作用していた
 - 多幸感とエンドルフィン活性が相関する部位がみられた
これらの結果を総合的に見て、「持続的な運動と多幸感(ランナーズ・ハイ)と脳内エンドルフィンには密接な関係がある」ということが言えそうです。


・注意喚起:“急なオーバーワークに注意”
ここまで読むと、すぐに運動したくなる、明日からやってみよう、と考える人もいるかと思います。ただし、焦らずによく準備をしてから始めるべきだということが以下に紹介する研究で分かると思います。

不用意にマラソンを行うリスクについて知っておくべき研究があります:「Myocardial injury and ventricular dysfunction related to training levels among nonelite participants in the Boston marathon(ボストンマラソンの非エリート参加者のトレーニングレベルに関連した心筋損傷と心室機能不全, *8)」。この研究では「フルマラソン参加者における、普段のトレーニング量と心筋へのダメージの関連」を調べています。

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Figure 7のグラフでは横軸に練習量、縦軸に心筋損傷のバイオマーカーである心筋トロポニンT (cTnT)の量を示していますが、赤枠で囲んだ“トレーニング量が最も少ないグループ”が心筋損傷の程度が飛び抜けて高いことがグラフからも分かります。このデータや他の研究からも「普段十分にトレーニングをしない人がフルマラソン完走など過酷な運動を行うと心臓リスクが高い」ということが示されているので注意しましょう (*7, *8, *9)。


・但し適切な運動習慣は健康に良い
ただ、以前から言われているように「運動習慣は健康・長寿をもたらす」ということは間違いありません。Figure 8は適度なエクササイズが“心臓死亡率・全死亡率”にどのような影響をもたらすかという表です(*10, *11)。

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これを見ると「適切な運動習慣を取り入れることによって全死亡率が27%減少する」「運動習慣で心臓死亡リスクが31%減少する」ということが示されています。しかもこの結果はコクラン・ライブラリーという医学界では“最上級のエビデンス”と認識されているデータベースから得られたのでほぼ間違いないデータと言えます(*12, *13)。



・適切な運動法
これまでの研究をまとめると持続的な運動は良い効果をもたらしますが、やり方を間違えるとかえって逆効果になるということです。良い効果を得るには適切な方法で運動に取り組む必要がありそうです。

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運動時の注意点まとめ
 ・急に始めない
 ・健康診断などで自分の状態を把握しておく
 ・適切な装備/服装で始める
 ・ストレッチを入念に行う
 ・急に全力を出さない
 ・まずは軽い準備運動から始める
 ・急に過激な運動をしない
 ・無理せず適度な範囲で運動を行う
 ・筋肉痛が起こることを計算に入れる
 ・突発的に始めたり止めたりしない
 ・軽い負荷でも継続する方が良い
 ・水分/栄養補給/適切な休息を摂る
これらが守られていれば健康長寿につながる適切な運動ができると思います。


今回は“ランナーズ・ハイとエンドルフィン”についての研究を紹介しました。「無理のない範囲で持続的な運動を行う」ことによって「脳内エンドルフィン放出が増加する」ことが分かりました。そして「脳内エンドルフィンの増加」が「多幸感、高揚感を増進させる」ことに関与してそうです。さらに「疲労感や恐怖感といった苦痛も感じにくくなる」といったデータも示されていました。

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幸せホルモン:エンドルフィン”は長時間走る肉体的負荷や疲労さえも「幸福感・多幸感」に変えてしまう魔法のホルモンのようです。このエンドルフィンを増やす一つの方法がマラソンのような“適度な負荷の持続的な運動”であることが分かりました。エンドルフィンを増やすことによって「幸福感を高め、苦痛や疲労を感じず、感情的に安定した」精神変化ももたらされるようです。この肉体と脳内物質エンドルフィンの関係をよく理解し、上手にホルモンを増やすことによって心と身体のバランスを健全に整えていきましょう。肉体と感情に支配されずに、逆に自分の意志が感情と肉体をコントロールしていくと心と身体の良い状態が維持され、どんな目標でも達成できそうですね。


引用:
https://note.com/newlifemagazine/n/n4ab203a16960
*2. Boecker H, Sprenger T, Spilker ME, et al. (2008). The runner's high: opioidergic mechanisms in the human brain. Cerebral cortex, 18(11), 2523-2531.
*3. ポジトロン断層法 - Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ポジトロン断層法
*4. PET-MRI, Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/PET-MRI
*5. Stern RA, Arruda JE, Hooper CR, et al. (1997). Visual analogue mood scales to measure internal mood state in neurologically impaired patients: Description and initial validity evidence. Aphasiology, 11, 59-71.
*6. 多幸感 – Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/多幸感
*7. Scharhag J, Herrmann M, Urhausen A, et al. Independent elevations of N-terminal pro-brain natriuretic peptide and cardiac troponins in endurance athletes after prolonged strenuous exercise. Am Heart J 2005;150:1128 – 1134.
*8. Neilan TG, Januzzi JL, Lee-Lewandrowski E, et al. Myocardial injury and ventricular dysfunction related to training levels among nonelite participants in the Boston marathon. Circulation 2006; 114:2325 – 2333.
*9. Schmermund, A., Voigtländer, T., & Nowak, B. (2008). The risk of marathon runners–live it up, run fast, die young?. European heart journal, 29(15), 1800-1802.
*10. Thompson PD, Buchner D, Pina IL, et al; American Heart Association Council on Clinical Cardiology Subcommittee on Exercise, Rehabilitation, and Prevention; American Heart Association Council on Nutrition, Physical Activity, and Metabolism Subcommittee on Physical Activity. Exercise and physical activity in the prevention and treatment of atherosclerotic cardiovascular disease: a statement from the Council on Clinical Cardiology (Subcommittee on Exercise, Rehabilitation, and Prevention) and the Council on Nutrition, Physical Activity, and Metabolism (Subcommittee on Physical Activity). Circulation 2003;107:3109 – 3116.
*11. Jolliffe JA, Rees K, Taylor RS, et al. Exercise-based rehabilitation for coronary heart disease. Cochrane Database Syst Rev. 2001;(1):CD001800.
*12. Cochrane. https://www.cochrane.org/ja/evidence
*13. コクラン(Cochrane)– Wikipedia.https://ja.wikipedia.org/wiki/コクラン_(組織)

画像引用: 
*a. Image by rauschenberger. https://pixabay.com/ja/photos/日没-スポーツ-ジョギング-3982753/
*b. Image by pikisuperstar. https://www.freepik.com/free-vector/hexagonal-futuristic-net-background_5765863.htm#from_view=detail_alsolike
*c. Image by kjpargeter. https://www.freepik.com/free-photo/glowing-abstract-virus-cell_6038275.htm#query=cell%20receptor%20cg&position=6&from_view=search&track=ais&uuid=813f2898-6c00-43a6-a022-78c3b3e7e62a
*d. Image by Phylum. https://pixabay.com/ja/illustrations/生成されたai-心臓-人間の体-8490212/
*e. Image by Dejan Kristevski. https://www.pexels.com/ja-jp/photo/1582161/
*f. Image by Ashford Marx. https://www.pexels.com/ja-jp/photo/8552345/
*g. Image by nensuria. https://www.freepik.com/free-photo/group-women-running-park_1623622.htm

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No.056 「動じない」幸せホルモン:“エンドルフィン”

今回は久しぶりに脳内ホルモンの話題を扱います。エンドルフィンとは人の脳内で分泌されるモルヒネのような作用をもつ物質であり“内因性オピオイド”とも呼ばれています(*1)。ホルモンの働きとしては“苦痛を和らげる”、“多幸感をもたらす”、“気分を落ち着かせる”、“集中力を高める”などといった効果があり、俗に言う”幸せホルモン”の一つとしても認識されています。


もう一つは「ストレス適応ホルモン」として知られる副腎ホルモン“コルチゾール”というものがあります (*2)。今回紹介する研究ではこのコルチゾールとエンドルフィンが同時に解析されました。今回はこのエンドルフィンとコルチゾールがどのような影響を与えるのか、またこれらの意外な関係性も明らかになった研究を解説していきます。


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今回紹介する研究は「HIGH SELF-ESTEEM, HARDINESS AND AFFECTIVE STABILITY ARE ASSOCIATED WITH HIGHER BASAL PITUITARY-ADRENAL HORMONE LEVELS (高い自尊心、たくましさ、感情の安定性は、下垂体副腎基底ホルモンレベルの上昇と関連する. *3)」というタイトルで1995年に発表された研究論文です。


この研究では「18〜19歳の健常な若い男子学生37人」を対象として行われ、アンケートによる心理分析採血による2種類の血中ホルモン測定検査が行われました。


・コルチゾール
採血で測定したホルモンは2種類あり、一つはコルチゾール (Cortisol, *2)という副腎皮質ホルモンです。言い方を変えると“ステロイドホルモン”と呼ばれる物質です。“ステロイド”という名前に賛否いろいろな意見を持つ人も多いと思いますが、炎症を抑える作用が強く医薬品としても幅広い疾患に用いられています。
このホルモンの性質は“ストレスホルモン”とも呼ばれていて、外的または内的なストレスに反応して分泌され、体をストレスに適応させようとする働きがあります。Figure 2右のようにストレスに反応して視床下部(Hypothalamus)−脳下垂体(Pituitary gland)−副腎(Adrenal gland)の順にホルモンが分泌される系はHPA軸と呼ばれています (*4)。結果として血糖値の上昇、脂肪の分解、末梢血管収縮、血圧上昇といった生体防御反応を引き起こします。

しかし慢性的にストレスにさらされるとコルチゾールの過剰分泌から高血糖、メタボリックシンドローム、不眠、胃十二指腸潰瘍、免疫力低下、不安・抑うつ等の精神症状が出る場合もあります。このような特徴から「不可欠なホルモンだけどもバランスを失うと両刃の剣になる」という性質のホルモンです。「朝起きてやる気を出す」というのもこのホルモンの重要な作用の一つであり、コルチゾールは活動し始める朝方に血中レベルが高くなるため、すべての被験者は午前の決まった時間に採血されました。

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・エンドルフィン
人体で生理活性を示すのは主にβ–エンドルフィン(beta-Endorphin)と呼ばれ、コルチゾール放出ホルモン(ACTH)と同じ脳下垂体から分泌されます (Figure 2)。内因性オピオイドという一種の“脳内麻薬様物質”として知られており、これが放出されると幸福感や快楽を得られたり、モルヒネの10倍以上強力な鎮痛効果を持つことも知られています。この研究ではコルチゾールとβ–エンドルフィンの2つの血中ホルモンレベルが測定されました。


・アンケート調査による心理分析
研究参加者らは「自尊心:Self-Esteem」、「たくましさ・頑強さ:Hardiness」、「感情の安定性:Affective Stability」の3つの心理的性質について専用アンケートで評価されました。


I) 自尊心:Self-Esteem
参加者らは自尊心の評価指標としてローゼンバーグ自尊心スケール (Rosenberg Self-Esteem Scale, Figure 3, *5)に回答しました。
調査票はの質問は以下のようなものが挙げられます。
1. 全体的に私は自分自身に満足している
 [強くそう思う(4) そう思う(3) そう思わない(2) 全く思わない(1)]
2. 時々、自分はまったくダメだと思うことがある
3. 私は自分には多くの良い点があると感じている
4. 私は他のほとんどの人たちと同じように物事を行うことができる
等(計10問)
回答に応じたスコアを合計していきますが、いくつかの設問(2/5/6/8/9)はスコアを反転して加算していきます。スコアが高い方が「自尊心が高い」傾向を示します。

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II) たくましさ・頑強さ:Hardiness
この性質を評価するのに以下のような「Hardiness スケール」というアンケート項目が用いられました(*6)。
1. 人生のほとんどは意味のあることである
 [全くそう思わない(0) あまりそう思わない(1) そう思う(2) 完全にそう思う(3)]
2. 一生懸命働くことで、ほぼ必ず目標を達成できる
*3. 普段の活動を変えるのは好きではない
*4.自分の人生にはなんだか意味が無いような気がする
5. 日常生活の変化は私にとって興味深い
6. 私の人生がどうなるかは私自身の行動次第である
(例文は15問バージョン、実際使用されたものは全30問バージョン。「*」がついた設問はスコアを反転する)
こちらも全ての回答のスコアを合計し、スコアが高いほど「頑強さが高い=耐性が強い」ということを表しています。

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III) 感情の安定性:Affective Stability
感情の安定性は「軽躁症状性格スケール (Hypomanic Personality Scale: HPS, *7)」によって評価されました。内容は以下のような質問票で構成されています。
1. 私は自分自身をほとんど平均的な人間だと考えている
2. 他の人の前でピエロを演じるのは緊張する
3. 私はよく「ハイパー」になりすぎて、友人に冗談で何か薬を飲んでいるのかと尋ねられる
4. ナイトクラブのコメディアンになれると思う
5. 時々、アイデアや洞察があまりにも早く思い浮かぶので、すべてを表現することができない
等々(回答は「はい = True」「いいえ = False」の2択。計48問。)
こちらは「どの項目をどちらに回答したか」で「躁病グループのデータベースと同じ回答で1点加算」されます。
例題ではQ1(はい→普通(0)、いいえ→軽躁(1))、Q2(はい→0、いいえ→1)、Q3(はい→1、いいえ→0)、Q4(はい→1、いいえ→0)、Q5(はい→1、いいえ→0)という配点になっています。
合計点数が高いほど「躁病の傾向が強く」、低いほど「躁病傾向が低い=安定性が高い」と評価されます。

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反対にスコアの低い群に「うつ病傾向の人」が混入するリスクがありますが、この研究に参加する事前アンケートで「病的なうつ病気質の人」は除外されています。
これらのコルチゾール測定、エンドルフィン測定、各種アンケートは初回と約2週間後の計2回行われましたが、「初回の方がストレスの影響が大きい結果が出る」ということが分かったため「安定した2回目のデータを集計」したとのことです。

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・結果:自尊心(Self-Esteem)とホルモンレベルの関係
この結果はFigure 6表の左側のようになりました。「自尊心が高いグループ」は表の赤い下線の部分が統計学的に有意差が出ています。自尊心の高いグループでは「たくましさ・頑強さ(Hardiness)」も有意に高いという結果が出ました(p<0.01: p値は小さいほど統計学的に有意)。

ホルモンレベルで見ると「自尊心が高いグループはコルチゾールレベルが有意に高い(p<0.05)」という結果が出ています。一方でβ–エンドルフィンレベルは差がありませんでした。


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・感情的安定性(Affective Stability)とホルモンレベルの関係
感情的安定性の評価はHPS(軽躁症状性格スケール)で振り分けられ、Figure 6表の右側に示され、有意差がある部分は緑の下線で印をつけています。「非常に安定しているグループ (Affective Stability = High)」 はHPSが平均6.6点と低いのに対して「普通のグループ (Typical)」はHPSが17.9点という差が出ています (p<0.0001)。

ホルモンレベルで見るとコルチゾールのレベルがこちらも高く、25.5 対 17.4 「安定したグループでコルチゾールレベルが有意に高い (p<0.05)」という結果が出ました。
また、こちらではエンドルフィンレベルも50.6 対 30.1と差が大きく、「感情的に安定したグループではエンドルフィンレベルが有意に高い (p<0.0001)」という結果が出ました。

・「自尊心が高い」性格とコルチゾール
「自尊心が高い」と言っても様々なケースが考えられます。
例として挙げると「常に気負っているタイプ」では「自分は他人より上でなければならない」「自分はやらねばならない」「常に結果を残さなければならない」というタイプも「自尊心が高いグループ」に入ると思います。
別な例としては「誇り高い、気高いタイプ」もいます。「周囲がどうであろうと自分らしく」「周りに流されず気高い誇り」「揺るがない信念」このようなタイプも「自尊心が高いグループ」に入ります。
また別の例として「プライドだけが高いタイプ」もいます。「実力が無いのにプライドだけ高い」「自分を大きく見せたい」「他人を見下したい、舐められたくない」というタイプも「自尊心が高いグループ」に入ります。

まだ他にもあるかもしれませんが「自尊心が高い」とは様々なスペクトルを含んだ集団であると考えられ、それぞれに「ストレスの程度」は変わってくると思われます。

コルチゾールは先に述べたように「ストレスホルモン」であり、ストレスや障壁を感じた時に分泌されるホルモンの一種です (*2)。「やる気を起こして何か行動する」のに必要不可欠なホルモンであり、うまく付き合っていくと「障壁に立ち向かい、壁を越えていく」のを助けてくれるでしょう。このような性質が「自尊心の高いグループ」においてコルチゾールレベルが高い理由と考えられます。


・「感情的安定性(Affective Stability)」とエンドルフィン
感情的安定性が高いグループはコルチゾールも高いレベル(p<0.05)でしたが、それよりも統計学的に非常に強い有意差が見られたのがエンドルフィンレベル (p<0.0001)でした。この基準となっているのが軽躁症状性格スケール(HPS)であり、「ペラペラ喋るタイプ」「大口を叩く(ビッグマウス)タイプ」「病的な自己優越感」「何にでも口を挟むタイプ」といった「せわしない/軽躁的な性格」は「感情的安定性の高いグループ」には含まれていないと思われます。


この結果を見るとエンドルフィンレベルが高い人達は「感情安定性が高い」と言えます。性格としては「周囲のことに一喜一憂しない」「感情が動かされない」「慌てたり取り乱したりしない」「常にマイペースを保つ」「何が起きても動じない」といった性質を持つ人達であると言えます。

例えば「営業成績が上位のセールスマン」であったとしても「さらに上昇志向タイプ」「近いライバルを意識するタイプ」「順位が落ちることに怯えるタイプ」「順位とか気にしないタイプ」などいろいろありますが、この中で感情が最も揺らがないのは最初か最後のタイプであり、こういうタイプがエンドルフィンが高そうと考えられます。


・コルチゾールとβ–エンドルフィンの高い相関
今回の研究でコルチゾールの血中濃度の高さとエンドルフィンのレベルの関係性が解析されましたが、その結果これら2つのホルモンは「非常に強い相関 (p<0.0001)」が見られた、つまりコルチゾールが高いとエンドルフィンも高い傾向にあるということが分かりました。

Figure 1に示されているようにコルチゾールは副腎から分泌されますが“コルチゾールを分泌させるホルモン”であるACTHというホルモンはエンドルフィンと同じ脳下垂体 (Pituitary gland) から分泌されます。ここに何か関連がありそうです。


・コルチゾール放出ホルモン (ACTH) とエンドルフィンは材料が同じ
Figure 7に示すようにβ–エンドルフィンはその前の材料(前駆体:ぜんくたい)がPOMC(プロオピオメラノコルチン, *9) から造られます。実はこのPOMCという物質はコルチゾールを分泌させるACTHの前駆体でもあります。

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つまり、エンドルフィンとコルチゾールは同じ材料で産生量が調節されていたことになるので、今回の研究でエンドルフィンとコルチゾールの相関関係が示されても偶然ではないことが分かります。


・コルチゾールのネガティブフィードバック
人体のホルモンバランスは必ずと言っていいほど「増加=アクセル」と「減少=ブレーキ」の調節システムによって制御されています。冒頭で述べたようにストレスを感じるとHPA軸(視床下部–下垂体–副腎系)が活性化されて「コルチゾール放出が促進」されます。これによって「血中コルチゾールレベルが上昇」して、「ストレスに対応する変化(血糖上昇、血圧上昇、脂肪タンパク質代謝の変化など)」が起こります。
しかし、そのままではコルチゾールが上がり続けてしまうので、今度は上昇したコルチゾールが自身を下げようとACTH (コルチゾール放出ホルモン) の産生を抑える負の調節(ネガティブフィードバック)が働きます (*4)。この調節がうまく機能しているときはホルモンバランスも良いのですが、これが乱れると健康に影響が出てきます。


・コルチゾールとエンドルフィンのバランスが崩れるとき
慢性的ストレス状態」:この状態では慢性的なストレスに曝されることで常にコルチゾールが高い状態になります。HPA軸が活性されながらコルチゾールによるブレーキもかかっている状態でホルモンバランスが常に緊張状態と言えます。さらに下垂体にブレーキがかかっているためエンドルフィンの分泌も抑えられます。

実はコルチゾールが産生過剰状態になると産生ホルモンのACTHだけではなくβ−エンドルフィンの産生も阻害してしまうことが判っています (*10)。つまり、エンドルフィン産生低下によって「感情的な安定性」「平穏な心」というのも失われてしまうということです。

副腎不全状態」:さらにストレス状態が持続して副腎が疲弊してしまうとコルチゾールが低下してしまいます(*11)。コルチゾールは「朝起きて活動を促す」「やる気を起こす」ホルモンなのでこれが欠乏すると「何もできなくなってしまう」という状況になる場合があります。


・コルチゾールとエンドルフィンが協調して働くとき
コルチゾールは前述の通り「ストレスに立ち向かう」ホルモンです。障壁に立ち向かい、厳しい環境に耐え、困難な状況を打開する、には不可欠なホルモンです。「高い自尊心」を維持しながら「たくましさ・頑強さ」を備えて前進する、目標を達成する、何かを成し遂げるには適したホルモンと言えます (Figure 8左)。

一方でストレスの中に生きていると「心のゆとり」を失い「不安・焦り・いら立ち・怒り・空回り」等々、といったネガティブな感情に囚われがちです。そのようなストレス環境であったとしてもエンドルフィンレベルが高い人は「周囲を気に留めない」「ストレスを意に介さない」「常に満たされている」「物事に動じない」状態でいられると考えられます (Figure 8右)。どんな状況でも「感情に振り回されない」性質というのが幸せホルモンと呼ばれる所以かもしれません。

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もちろんこの2つのホルモンだけではありませんが、このストレス適応ホルモンのコルチゾールと幸せホルモンのエンドルフィンがうまく強調して働くなら、どのような厳しい環境でも落ち着いた自信で乗り越えていけそうですね。


・注意点と補足
コルチゾールは「生存するために必要不可欠なホルモン」である一方で「副作用的な働き」も多く見られる「両刃の剣」のような性質があります。同じ作用の医薬品である「ステロイド剤」には賛否様々な見方があることが知られています。もし治療で必要と言われた場合はネット情報だけで先入観を持たずによく主治医と相談してください。この記事はステロイドホルモンやステロイド治療の是非を論じるものではありません。




今回は幸せホルモンの一つ“エンドルフィン”の作用を解説しました。エンドルフィンは「落ち着いた気分」「常に満たされている感覚」「揺るがない自信」といった性質に関連した脳内物質のようです。そしてエンドルフィンは「ストレス適応ホルモン」と呼ばれるコルチゾールの分泌とも関連が深いことが示されました。「適度な(ちょうど良い)ストレス」はコルチゾールの規則的な分泌によって「自尊心/忍耐強さ」や「行動力/実現力」を高めると同時にエンドルフィン分泌も促進することによって「充実感/安定感」も得ることができると言えそうです。

今後の記事では“エンドルフィンの更なる効果”や、“どのようにしたらエンドルフィンレベルを高められるのか”といった点にも注目して研究を紹介していきたいと思います。もちろん、この記事のテーマは瞑想ですので当然ながら関連した研究も出てきますので楽しみにしていてください。


引用:
*1. Erickson Bonifácio de Assis, Carolina Dias de Carvalho, Clarice Martins & Suellen Andrade (2021) Beta-Endorphin as a Biomarker in the Treatment of Chronic Pain with Non-Invasive Brain Stimulation: A Systematic Scoping Review, Journal of Pain Research, 2191-2200, DOI: 10.2147/JPR.S301447
*2. コルチゾール– Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/コルチゾール
*3. Zorrilla EP, DeRubeis RJ, Redei E. High self-esteem, hardiness and affective stability are associated with higher basal pituitary-adrenal hormone levels. Psychoneuroendocrinology, 20(6), 591-601. 1995
*4. 視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)- Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/視床下部-下垂体-副腎系
*5. Rosenberg M (1965) Society and the Adolescent Self-image. Princeton University Press, Princeton, NJ.
*6. Bartone PT, Ursano RJ, Wright KM, Ingraham LH (1989) The impact of a military air disaster on the health of assistance workers: a prospective study. J Nerv Ment Dis 177(6):317-328.
*7. Eckblad M, Chapman LJ (1986) Development and validation of a scale for hypomanic personality. J Abnorm Psycho1 95(3):21&222.
*8. Hartwig AC. Peripheral beta-endorphin and pain modulation. Anesthesia progress, 38(3), 75. 1991
*9. Proopiomelanocortin- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Proopiomelanocortin
*10. Boscaro M, Paoletta A, Giacomazzi P et al. Inhibition of pituitary β-endorphin by ACTH and glucocorticoids. Neuroendocrinology, 51(5), 561-564. 1990
*11. Papadopoulos, AS, Cleare AJ. Hypothalamic–pituitary–adrenal axis dysfunction in chronic fatigue syndrome. Nature Reviews Endocrinology, 8(1), 22-32. 2012

画像引用:
*a. https://www.pngall.com/wp-content/uploads/2018/04/Body-PNG-Clipart.png
*b. Image by kjpargeter. https://www.freepik.com/free-photo/human-brain_943893.htm#page=3&query=brain&position=39&from_view=search&track=sph&uuid=658aa9d2-33d3-4743-a7e0-b5ea0776e971
*c. https://all-free-download.com/?a=G&g=DL&id=6841528

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No.055 光より速いもの(1)

前々回の記事では約137億年前の光である “宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background: CMB)が現在でも観測できること(*1)、そして前回の記事では宇宙がループする有限空間だとするとCMBから宇宙の大きさが推定できる(*2)ということが示されました。

前回までの記事を読んだ方は宇宙の大きさがどれほどかを知っていることと思います。宇宙の大きさを知ると次に何が理解できるのか、知らなかった真実を一つ手に入れることができるかもしれません。今回も宇宙の法則を知ることで意識を進化させていきましょう。


・最初の疑問
今回は最初に問題を出しますのでそれを考えてみてください (Figure 1)。
Q. 光よりも速い速度で地球から遠ざかる星が存在するか?

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この問題についてはどのように考える人が多いでしょうか? 「確か学校では“光より速いものは無い”と習ったような気が、、、」という人もいるかもしれませんし、「でも宇宙は広いし、、、」「あってもいいような気がする、、」という人もいるかもしれません。逆に自信を持って「光速を超えることは物理的に不可能だ!」という人もいるかもしれません。これらの疑問を一緒に考えていきましょう。


・アインシュタインの相対性理論: Theory of Relativity
やはり光の速度に関する問題ではアインシュタインの“相対性理論 (Figure 2, *3)”を避けて通ることができません。もちろん、「数式や物理は苦手」という人もたくさんいると思いますが、「全然問題無い」です。「数式を理解する必要は無い」です。「記事を読んで内容がわかるだけで一つ賢くなる」ことができます。これは「受験のためのお勉強ではなく」、「自分の進化のための学び」なので「読むだけで吸収できる」ように書かれています。

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・光速度不変の法則: The principle of the consistency of the velocity of light
それでは順番に考えていきましょう。
アインシュタインの相対性理論の中に“光速度不変の法則 (Figure 3, *3)”というルールがあります。この法則は聞いたことがある人も多いと思いますが、「観測者がどのような速度であったとしても光の速度は常に一定である」という法則です。

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初めてこの法則を知った時に「あれ?」と疑問に感じた人も多いと思います。
時速60km/hrで走る車から時速80km/hrで走る車を見たら遠ざかる速さは時速20km/hrに見えるはず」ですし、実際にそのような場面ではスピードの差は時速20km/hrに感じます。光速度不変の法則をまだ知らない場合は「ならば光速の50%の速度の乗り物から光の速度を測れば光は50%の速度に見えるのではないか?」と考えるのが自然です。

しかし実際には「静止状態でも時速100km/hrでも、光速の90%の速度だとしても光の速度は一定」ということが実証されています。この現象について考察していきます。


・速度と時間の関係式
物質や観測者の“動く速度”とその“時間の進み方”の関係をFigure 4に示しています。ここでは “ローレンツ変換 (Lorentz transformations)”が時間座標と空間座標を結びつける関係式として導出されます(*3, *4)。Figure 4の上段には“時間(t)”と“速度(v)”と“光の速度(c)”の関係式が書かれていますが、これも計算式を理解しなくとも下の図を見てもらえれば大丈夫です。

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Figure 4下段には速度v(光速に対する%比率)と時間t(速度に対する相対時間)の関係が描かれています。表の見方としては、「速度が光速の10%で移動する物体では、静止状態での1秒が0.995秒に感じる」ということが見て取れます。同様に「光速の80%で動くものは、周囲が1秒経過しても0.6秒にしか感じられない」、「光速の99.99999%で動くものは、1秒がたった0.0004秒にしか感じられない」と言えます。


数字が苦手な人でも速度と時間の矢印の長さを見るとその関係が直感的に理解できると思います。例えば「光の速度の99.99999%の宇宙船に乗っていた場合、宇宙船内では1日しか経ってなくても外界では2236日=6年以上経っている」ということが起こります。このように古典物理学における「時間も空間も絶対的なもの」という概念は崩れ、「時間と空間は互いに相対的な関係が成り立つ」ということを理論化したことが相対性理論の大きな功績です。


・速度の足し算
「時速50kmの電車の中で進行方向に時速10kmで走ったら移動速度は時速60kmになる」はずです。それならば「光速の50%の宇宙船から光速の50%の速度で物体を射出したら光速 (100%)になるはずでは?」という推測は正しいでしょうか。これについてもFigure 5にその計算式があります。

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Figure 5左上にはその計算式が示されており、右側には実際の計算結果が示されています。この計算に従うと先ほどのような条件の場合「光速の50%で飛行する宇宙船から光速の50%の速度で物体を射出した場合」、実際は時間の進み方が変わりFigure 5右の計算結果のように「射出された物体の速度は光速の80%」ということになります。さらに「光速で移動する宇宙船から前方に光を発したとしてもやっぱり光の速度は同じ」という計算式が成り立ちます。

日常生活の超低速でもこの法則が成り立ちますが、誤差レベルに小さい値のため無視しても影響ありません。そのためFigure 5下段のように「時速100kmの車から時速100kmで投げられたボールは時速200kmになる」という単純な足し算でも成立しますし、「日常レベルにおいては古典物理学でもほぼ正確」と言えます。


・光速を超えるとどうなる?
Figure 4の上段の式をもう一度見てみます。これを見ると分母が √(1 - (v/c)^2)になっています。もし物体の速度(v)が光速(c)より大きくなってしまうとこのルートの中が負の値(マイナス)になってしまいます。そうすると“虚数”という実体のない値が出てきてしまいます。このため「光の速度を超えることは理論上不可能」「実際に現在まで光速を超える物質は見つかっていない」と言われています。それでは光速より速く地球から遠ざかる星は存在しないのでしょうか。


・宇宙全体を考えてみる
ここで前回の記事「原初の光“CMB”から分かる宇宙の大きさ (*2)」を思い出してみます。もし前回の記事を読んでない人がいたら宇宙の大きさの測り方が解説されているので読んでみてください。そこで求められた観測可能な宇宙の大きさは「おおよそ半径450億光年以上、直径900億光年以上」という値でした (*2, *5, *6)。仮に宇宙を球体としてイメージするとFigure 6 (*c)のようになります。

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より細かくみると観測可能な宇宙の半径は460億光年(46 Billion light year)以上になります。そして太陽系から観測可能な宇宙の端までを対数時間軸で表したイラストがFigure 7 (*d)になります。Figure 7の外側(右側)にいくほど古い時代の光になり、星や銀河が誕生する前の光になっていきます。そして一番外側が約137億年前の光:宇宙マイクロ波背景放射(CMB: Cosmic Microwave Background)を表しています。


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・宇宙の膨張速度
ここで改めてみると宇宙誕生から現在までの時間は約137~138億年とされています(*7, *8)。そして宇宙の半径は少なくとも460億光年以上という説が有力です。そうなると単純に[宇宙の大きさ]÷[宇宙の年齢]から[宇宙の膨張速度]が計算できます。もし[膨張速度=光の速さ]ならば宇宙の大きさは137億光年しかないはずです。しかし計算してみると、[460億光年÷137億年] = 3.36、つまりなんと“宇宙の膨張速度は光の速さの3倍以上(!)”という計算結果になりました。


・宇宙の膨張速度が光速を超えることは相対性理論に矛盾しないか?
ここはおかしいと思う人もいるかもしれません。しかし現時点では「いかなる物質も光速を超えられない」ということは成立していますが、「空間に対してはこの制限は適用されない」ということが言えます。そう考えると宇宙が137億光年よりずっと大きくても矛盾なく理解することができます。
「宇宙は光速の3倍以上の速さで膨張し、宇宙に満遍なく星が存在している」と考えるとFigure 1の問い「光速より速く地球から遠ざかる星」は「存在する」と言えそうです。


・宇宙の端では時間はどうなる?
しかし光速で地球から遠ざかる星があるとするとその星の時間はどうなっているのでしょうか?

A: 時間が止まったように感じるほど限りなく時間が遅く進む
B: 逆に“地球が光速で遠ざかっている”と考えると地球時間よりずっと速く進む
C: 上のどちらでもない
これに関して考えていきましょう。

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Figure 8に拡大する宇宙空間と星の位置関係が示されています。これで見ると「地球と中央の惑星は宇宙空間の膨張によって一定速度で遠ざかっている(後退速度:Regression velocity, *9)」ことが分かりますが、「どちらも空間的に移動しているわけではない」です。このため、地球も遠ざかっている惑星も「同じように時間が経過する(答え:C)」が正解です。

これに対してFigure 8右側の宇宙船は空間に対して移動しています。このためこの宇宙船は「移動速度に応じて時間が遅く進む」という法則通りになります。


・宇宙の全体像
“観測可能な宇宙”の全体をイラストにしたものがFigure 9 (*e)になります。これもFigure 7と同様に太陽系を中心に時空が対数軸で表されています。

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この画像は太陽系を中心に地球で得られる信号から再構成された宇宙のイメージ画像であり、辺縁にいくほど地球から遠い場所の画像を表します。1億光年離れた場所の画像は1億年前の状態、50億年離れた場所の画像は50億年前の状態を表しています。円の辺縁部に銀河がなく雲のようになっているのは130億年以上前、まだ星や銀河が誕生する前の宇宙を表しているからです。

この宇宙図は宇宙全体を描いていると同時に宇宙誕生から現在までの縮図でもあります。辺縁に行けば行くほど現在の真の姿とは時差が広がっています。辺縁領域は正確に情報が得られるわけではありませんが今現在は成熟した星や銀河が行き渡っていると考えられます。(ただし、光速より速く遠ざかっている領域からの信号は地球に届かないので確認することはできません。)


・冒頭の問いに対する答え
まとめると疑問の答えとしては「A. 光より速く遠ざかる星は存在する」。ただし「星が光速より速く移動しているわけではなく、宇宙の膨張によって光より速い速度で地球から遠ざかっている」というのが現時点における解になります。


・光速を超える物質は存在できないか?
先にも述べたように、もし光速cを超える速度vの物体が存在したとすると、Figure 4上段の時間の計算式の分母:√(1 - (v/c)^2) においてルートの中がマイナスの値になり「時間における虚数」が出現してしまいます。一般的には「虚数解が出てきた時点でその方向性は違う」と解釈されることが多いです。ただし、「物理学において虚数の時間は否定されていない」と言えます。


実際に「虚時間(きょじかん:Imaginary time, *10, *11, *12)」という概念が存在し、今回扱った特殊相対性理論において虚時間を導入すると「時間と空間の対称性」が非常に良く当てはまるようになります。実際に虚時間 (Imaginary time)を量子物理学的に研究した論文も多く公表されています (*13)。

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中学高校数学では「虚数は実在しない数」と習いましたが、「3次元以上の次元」や「有限宇宙空間の外側」「多次元宇宙」という概念が認知されてきている現在となっては「虚数の時間軸」があっても全く不思議ではありません。「光速を超える物質」は「我々が住む3+1 (空間+時間) 次元で見つかってない」だけで「普段認知されていない領域や形而上学的な領域」には存在しているかもしれませんね。


今回は「光速を超えるものは宇宙空間そのもの」であり「宇宙空間は現在も光速の3倍以上の速度で膨張し続けている」ということを覚えておいてください。そしてタイトルが「光より速いもの(1)」ということは、まだあるということかもしれませんね。そして今回のテーマは宇宙の膨張ですが、「宇宙はなぜ膨張するのか?」という根本的な謎が残されています。この理由や謎を考えながら日々瞑想してみてください。


引用:
https://note.com/newlifemagazine/n/n81e6c7a5cab8
https://note.com/newlifemagazine/n/nb2c1391e75ca
*3. Einstein's Theory of Relativity. By MAX BORN, translated by HENRY. L. BROSE, M.A. (Translation of third German edition, 1922). New York, E. P. Dutton and Co., 1924
*4. ローレンツ変換- Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/ローレンツ変換
*5. 観測可能な宇宙– Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/観測可能な宇宙
*6. Observable Universe- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Observable_universe
*7. Age of the Universe- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Age_of_the_universe
https://note.com/newlifemagazine/n/n4985749ff8b6
*9. 後退速度– 天文学辞典
https://astro-dic.jp/recession-velocity/
*10. 虚時間– Wikipedia.
https://ja.wikipedia.org/wiki/虚時間
*11. 虚時間– 天文学辞典
https://astro-dic.jp/imaginary-time/
*12. Imaginary time- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Imaginary_time
*13. Lynn, J. E., and K. E. Schmidt. "Real-space imaginary-time propagators for non-local nucleon-nucleon potentials." Physical Review C 86.1 (2012): 014324.

画像引用: 
*a. https://www.freepik.com/free-psd/mercury-planet-foreign-planet-isolated-transparent-background_93506963.htm#query=planet&position=0&from_view=keyword&track=sph&uuid=a43af5cf-fbbc-4c47-9f99-75f7a66c3cd1, Image by tohamina
*b. https://www.irasutoya.com
*c. Image by Richard Powell.
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ファイル:Observable_universe_atlasoftheuniverse.gif.
*d. Image by Pablo Budassi.
https://binaryfortressdownloads.com/Download/WPF/Images/23405/WallpaperFusion-the-observable-universe-3840x1080.jpg
*e. Image by Unmismoobjetivo .
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Observable_universe_logarithmic_illustration.png

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